それが嫉妬だなんてことは、わかっている


 問題なく会議が終わって、次回の話し合いで何を決めるのかも決まって、順調そのものといった雰囲気で同期コラボに関する2度目の話し合いが終わったその日の夜、秤屋天は実に不機嫌だった。


 あまり掃除されていない、電気も点いていない真っ暗な部屋の中で晩酌もといヤケ酒を嗜んでいる彼女は、新たに飲み干したビール缶を思い切り握り締めるとテーブルの上に叩きつける。

 よくよく見てみれば、既に空になっている同じビールの缶が5つはテーブルの上やらその周辺からに転がっており、その飲酒量に比例するかのように天の顔も真っ赤に染まっているではないか。


「うっ、ひっく……! なに、よぉ……急に、キラキラしだしてさぁ……! チャンネル伸び始めたからって、調子乗ってんじゃねえぞぉ、ガキがぁ……!!」


 プルタブを押し上げ、プシュッという気味のいい音を鳴らした天が、そんな悪態を吐きながらまたしてもビールを胃の中へと注ぎ込む。

 全てを忘れるように、込み上げてきそうな嫌な気分を押し流すようにして数秒も経たないうちに缶の中身を飲み干した天は、それを握り潰すと背後へと放り投げ、自身は机に倒れ込むようにして顔を伏せる。


「どいつもこいつも、幸せいっぱい今が絶頂期~、みたいな顔しやがって。どうせ私なんか見向きもされない影薄Vtuberですよ~。バズりのバの字も見受けられない、2期生の面汚しですよ~、って、うるせえっつーの!!」


 酔っているせいか、あるいはこれまでの活動による精神的な疲弊のせいか、粗暴で自虐的な言葉を口にした天が拳を強く机へと叩きつける。

 だんっ、という音と共につまみとして用意していたポテトチップスが机の上から飛び散るが、今の彼女にはそんなことを気にする余裕すらないようだ。


「……なにやってるんだろうな、私。年下の子供にブチギレて、メンタルぶっ壊して、ヤケ酒飲むことしか出来ないでさ……こんな、こんなはずじゃあなかったのにな……」


 自嘲……というよりも、憐みが深い嘆きを口にする天。

 その目には薄っすらと涙が浮かんでおり、追い詰められつつある彼女の心の苦しみがそこに表れている。


 机にうつ伏せになったまま溜息を吐いた彼女は、酔いが回ってきた頭の中でくだらない自分自身の悩みについて考え始めた。


「わかってるん、だっつーの。これが、ただの嫉妬だって……! 自分より年下の女の子がモテ始めたことが面白くなくって、ただむしゃくしゃしてるだけのケツの穴の小さい大人だってことは、自分自身が誰よりもわかってますよーだ」


 デビュー直後は、そこまで差はなかった。むしろ自分の方が上にいて、幸先のいいスタートを切れたと思っていた時期もあった。

 それがいつの間にか、自分は最下位に位置するようになっていて……下だと思っていた同期たちは、全員自分の遥か先に進んでしまっている。


 そして今、唯一自分と並んでいた落ちこぼれの同期が伸び始め、遂に自分は1人ぼっちになってしまった。

 声優の卵であり、一生懸命に努力を重ねてきた自分だけが最後尾に取り残される形になってしまった現実を、天は受け入れられずにいるのだ。


 わかっている、これが醜いにも程がある嫉妬だというのは。

 だが、それを理解していても止められない感情というものがあるというのが、人間という生き物だ。


 あのスイが……積極性を欠片も見せず、歌以外の企画も配信もやろうとせず、無口さのせいで自分も含めた周囲の人間たちに迷惑を掛けまくり、仕事を舐めてるとしか思えないあのスイが、リア・アクエリアスが……急にファンたちからの支持を得て、人気を獲得し始めた。

 その一方、自分は何も変わらなくて、むしろそんな彼女と比較されて笑いものにされることが増えてきて、2期生最下位という不名誉極まりない称号を勝手に与えられて……そんな現状を思い返した天が、強く強く拳を握り締める。


 大人の世界は、仕事というものは、結果が全て……それはわかっている。

 どんなに頑張っていても自分が結果を出せなくて、どれだけ仕事を舐め腐っていてもスイは結果を出している。

 だから、彼女の方が優れていると判断されるのは何も間違っていない。


 わかっている。わかっている。わかっている……これが全て、身勝手な嫉妬だなんてことは理解出来ている。

 だが、しかし、どうしたって……こんな時、込み上げてきてしまう感情があるのだ。


 それを必死に押し殺すために、胸の内に押し留めておくために、天は先程からずっと狂ったように酒を飲み続けていた。

 欠片も美味しくない、ただただ自分の中にある感情を整理するために浴びるように苦いビールを飲み続けた彼女は、帰り際に購入したそれが底を尽きたことに気が付くと大きく舌打ちを鳴らす。


 もうこれ以上は飲めない。だが、飲まないとやってられない。

 今から外に出て追加のビールを買いに行く余力はないが、それでも心の中で渦巻くこの毒々しい感情を掻き消すためには酒が必要だとアルコールが回った頭で考えた空が呻く中、消灯していたスマートフォンの画面に明かりが点いた。


 ぼやけた視界で、回らない頭で、そこに流れる通知を読み、その意味を考える天。

 彼女の視界の先には、リア・アクエリアスがSNSに投稿した短くも長くもない文章が表示されていた。


【チャンネル登録者数、10万人を突破しました。上手く言えないんですが、応援してくれてありがとうございます。これからも、頑張っていきますね】

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