……ごめん、そういう配信だったかも


『ほっ、ほっ、ほっ、ほっ! ふっ、ふっ、ふっ、ふっ! ん~っ! いいね、この感じ! 体動かしてるって気持ちになるさ~!』


 軽快に脚を動かし、余裕綽々といった様子でゲームをプレイする沙織は、一切苦戦することなく順調にステージを突破していく。

 有栖が苦戦した戦闘も難なくこなし、不安だった防御のポーズもまったくセンシティブさのない『立ち木のポーズ』だったため、零にとっても炎上の危険のない安心出来るものとなってくれた。


【たらば、バランス感覚が凄い。重心が一切ぶれてないじゃん】

【鍛えてんなぁ。インナーマッスルとかヤバそう】

【ムキムキマッチョのたら姉もありだと思います!】


『確かにそうだな。ぴしっとして全然ぐらついてないもん。すげえよ、たら姉は』


『あのポーズって見た目の割には難易度が高いって聞いたことあるけど、流石だなぁ……』


 右脚の裏を、左足の内腿につけ、真っ直ぐに伸ばした両手を頭の上で合掌させるポーズ。

 これだけ聞くとなんてことなさそうではあるが、実際にやってみるとこの体勢をキープし続けるというのは思っているよりも何倍も辛い。

 そんな『立ち木のポーズ』をインストラクター顔負けの安定性と共に披露する沙織の姿に、配信を観る者たち全てが感嘆している。


『ふ~っ……いいね、これ! 筋トレもヨガも1本で出来るみたいだし、家でもやってみようかな?』


【この鬼畜難易度のフィットネスゲームをサクサクプレイするとは……たら姉も人外の者であったか……】

【くるるんは運動の出来る男の人って感じだったけど、たらばはそれとは一線を画してる感じがある】

【女性が男性と同じくらいの運動を出来てる時点で十分に凄いんだよなぁ】


『あはっ、そうかな~? 割とこの程度なら、誰だって出来ると思うけど、なっ!!』


 筋トレをしながらもコメントへの反応を見せる余裕まである沙織の様子には、零と有栖も流石に驚きを禁じ得ない。

 既にこのゲームをプレイした2人は、その過酷さが身に染みて理解出来ている。

 故に、そのトレーニングを平然とこなしてみせる沙織の凄さというか、異常という表現に片足を突っ込んでいる彼女の身体能力がどれだけ凄いものなのかも、同じく理解出来ているのだ。


 そりゃあ、李衣菜だって嫉妬するし、認めもするだろう。

 こんな化物じみた身体能力、まるっきりチートではないか。


 容姿端麗、明朗快活。おまけに運動神経抜群の文武両道である上に、家事全般も余裕でこなせるのだから、まさに非の打ち所がない女性としか表現しようがない。

 沙織自身の生まれ持った才能もあるだろうが、大半はとんでもない努力の末に身に付けた技術なのだろうなと改めて沙織へと尊敬の念を抱く零であったが、リスナーたちの中には、そんな彼女の凄まじい身体能力ではなく、他の何かに注目している者もいるようで……?


【スネーク、こちら大佐。目標の動きはどうだ? 報告を頼む】

【核弾頭が2基、非常に不安定な状況だと聞いている。スネーク、状況を報告してくれ!】

【情報量は先払いだ、取っとけ¥3000】『南国蟹民さん、から』


『あ~……はいはい、そういうことね。うん、お前らの気持ちはわかるよ。とてもよく理解出来る』


『……蟹民さん、最低です』


【芽衣ちゃんからの蔑みの言葉! ご褒美です!!】

【目線こっちに下さい! もっと見下して!!】

【おや? なんだか胸の内が熱くなってきたぞ……?】


『お前ら、これ以上は芽衣ちゃんに悪影響だから悪乗り禁止な? 今は俺たち3人それぞれのファンが集まってるわけだし、各個人の配信のノリをそのまま持ち出すのはあんま良くないと俺は思うぞ』


【了解、把握。悪かった、枢】

【芽衣ちゃんもごめん。たらばが普段寛容だから調子に乗っちまった】

【こいつは慰謝料だ、受け取ってくれ¥3000】『南国蟹民さん、から』


『ああ、いや、ごめんな。俺も気持ちはわかるし、たら姉の無防備さもわかってるから、あんまり責めるつもりはねえよ。ただほら、少し手加減してもらわないとこの配信の後で俺が燃えちまうからさ』


 毎日の配信でたらばへの接し方に慣れてしまっている蟹民かにんちゅたちのセクハラをやんわりと止めた零は、苦笑しながら本音交じりの想いを吐露した。

 少しだけ、配信の空気が重くなってしまったことを感じ取った彼は、若干のいたずら心を胸に、リスナーたちへとこう話題を切り出す。


『まあ、残念ながらお前らの期待には応えられそうにないな。だってたら姉、パーカーみたいなトレーニングウェアを着てるからさ……今回は防御力ばっちりなんで、の様子は確認出来ません。報告終わり』


【うぐ、そうか……まあ、そうだよな。仮にも男のくるるんがいるんだし、その辺は流石にたらばも弁えてるか】

【気を遣ってくれてありがとうな。ちょっと風呂行ってくるけど、この先も配信頑張って! 枢と芽衣ちゃんのチャンネルも登録させてもらいました!】

【俺からの感謝の気持ちだ、遠慮せずに貰ってやってくれ¥3000】『南国蟹民さん、から』


『さっきからなにをしてもスパチャ投げてくれる奴いない? ありがたいけど、そこまでする必要ないからな』


『普通に配信を観てくれてるだけで嬉しいので、無理してお金を払わないでくださいね~!』


【くるるんも芽衣ちゃんも優しい……! スパチャ投げたいけど2人を心苦しくさせそうなので止めておきます……】

【くるめいはまだガンに効かないがそのうち効くようになる(確信)】

【天国はここにあったんやな、って……】


『大袈裟だっつーの! ほら、たら姉がステージクリアしたみたいだし、ゲームの方に集中しろって!』


 僅かに淀んだ配信の雰囲気を有栖と共に持ち直させた零は、和やかさを取り戻し始めたコメント欄の様子を確認しながらほっと安堵の息を吐いた。


 自分の炎上も不安といえば不安だが、3人の配信者とそのリスナーたちが集まっている場というのは、ちょっとしたことでファン同士の衝突が起きてしまうこともある。

 折角の記念配信で自分たちのファンが意見の食い違いでぶつかって喧嘩なんてことになったら、それこそ全てが台無しだ。

 そうならないよう、本格的に争いが起きる前におかしな空気をどうにか出来たことに安心した零であったが……彼はこの時、大きなミスを犯してしまっていた。


『ふぃ~っ! 次はボス戦か~っ! このまま私がやってもいい?』


『ええ、もちろんっすよ。俺はまだしも、芽衣ちゃんはまだ膝ガクガクの状態なんで』


『私たちの代わりにやっつけちゃってください。お願いします~……』


『よっしゃ~! 燃えてきた~っ! 思いっきりやってやるから、みんなも目を離さないでよ~っ!?』


 ステージクリアの区切りの際、汗を拭いたり水分補給をしたりと数分の休憩時間を取った沙織は、ボス戦も継続してプレイすることに意欲を燃え上がらせている。

 この人の体力は底なしだな、と苦笑しながらそんな彼女を見守る零であったが、直後に沙織が発した言葉を耳にした瞬間、その笑みが超速で凍り付いていった。


『よし! じゃあ、ちょっとだけ待ってて! 私、!!』


『……はい?』


 あまりにも堂々と、一切のおくびもなく、むしろリスナーたちにも聞かせるようにしてそんなことを言い放った沙織が、着ているトレーニングウェアのジッパーを降ろす。

 ジジジーッ、という小気味のいい音が響くスタジオで、目を丸くして硬直する零の目の前で、あっさりと上着を脱ぎ捨てた沙織は、続いて下に履いているジャージも脱ぎ始めた。


『うわ~、汗びっちょりだよ~! さっきから気になってて、動きにくかったんだよね~!』


『う、うご、うごごごご……!?』


『はわわわわわわ……!?』


 お揃いの水色をしたトレーニングウェアの上下を脱ぎ捨てた沙織は、丁寧にそれを畳むと小刻みにジャンプをしたり、屈伸をしたりしながら、ボス戦に臨む前の準備運動を行っている。

 そんな彼女の姿を目の当たりにしている零と有栖は、自分たちでも気が付かないうちに呆然とした悲鳴のような呻きを口から漏らしていた。


 オレンジカラーの、ほぼスポーツブラと変わらないデザインをしたトップスと、形のいいお尻の丸みが一目瞭然になるくらいにぴったりと張り付くホットパンツ型の運動着姿になった沙織は、花咲たらばの衣装とほぼ変わらない肌面積を晒しながら再び台座の上に立つ。

 リスナーたちには見えない、あまりにもセンシティブなその出で立ちに言葉を失った零は、そこでとても大事なことに気が付く。


 先の柔軟運動の際もそうであったが、沙織は自分と有栖に対する好感度が高過ぎる。

 信頼度、と表現した方が正しいのかもしれないが、首の傷を隠さなくなったことからも彼女の自分たちに対する深い友情や愛情の念が伝わってくるだろう。


 その高い好感度に、沙織の開けっ広げで天然な性格が加わったらどうなるのか?

 答えは今、この瞬間、沙織自身が証明してくれていた。


(しまった……! 色々あって忘れてたけど、喜屋武さんも十分に危ない人だった……!!)


 炎上を引き起こす原因としては、もしかしたら梨子にも負けていない……というか、恐らく自分の周囲の人間の中で最強格といっても過言ではない沙織から、目を離すべきではなかった。

 リスナーたちの反応に気を取られ、ゲームに集中していた彼女がここまでの会話の流れを聞いていなかったことに気が付かなかった零が、自身の最大の失敗に顔を青ざめさせる中……振り向いた沙織が、あまりにも皮肉が過ぎる一言を口にする。


『さあ、ここからは目を離さないでね~! お姉さんの格好いい姿、見せちゃうぞ~っ!!』

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