上はパイナップル園、下は桃源郷


 先程と同じように腿を上げ、ランニングを行う沙織。

 ただ、数分前と違うのは、彼女の脚が上下する度にまたも上下しているということだ。


 露出度は激しいものの、スポーツウェアはスポーツウェア。割と洒落にならない痛みである胸の揺れを抑えるための機能もしっかりと有している。

 ……の、だが、揺れを完全に抑えることというのはまず不可能で、大きく体を動かせば動かす程に、沙織の胸に取り付けられた2基の核爆弾の振動もまた大きくなっていた。


『ぶっ、ふぐっ……!』


【あぁ~、ジッパーの降りる音ぉ~!】

【たらばがキャストオフしたのか!? バーストモードに変身したのか!? 野生大解放状態なのか!? 教えてくれ、くるるん!】

【たらばが脱いだと聞いて風呂の途中ですが出てきました。全裸なので早いところ実況と解説をお願いします】


 カメラに映る真正面から見た沙織の姿は、零の思考を粉砕する凄まじい破壊力を有していた。


 擬音にすればずしーん、あるいは、どたぷーん。

 激しく揺れているわけではないのだろうが、沙織自身の体が上下していることも相まって、零の目には彼女の胸の果実が大きく揺さぶられているように見えてしまっている。


【スネーク! なんでもいい、なんとか言ってくれ! 状況はどうなってるんだ!?】

【こればっかりはお前に頼るしかない! お前だけが頼りなんだ!】

【配信を観ているリスナー全員が約束するよ! この件に関してはお前を燃やさない! だから頼む、枢! リポートを! お前が見ている光景を! 俺たちに教えてくれ!!】


『よっしゃ~! ボスのHPも削れてきてるさ~! このままいけば、楽勝でクリア出来そうだよ~!』


【気付いてたら姉! ボスのHPよりも枢のHPの方がピンチなの!】

【耐えろ枢! 死ぬな、生きろ!!】

【芽衣ちゃんお願い、くるるんを助けてあげて! あと少しで20万人を突破して、配信を終われるんだから!!】

【次回、蛇道、死す。デュエルスタンバイ!!】


 沙織のボルテージが上がっていく度に、また別の意味で興奮を昂らせていくリスナーたちのコメントが超高速でコメント欄を流れていく。

 どうしてこれが3D配信ではないのかと、血涙を流さんばかりの勢いで悔しがる者たちが声を上げる中、そんな彼らの理性(と零)にトドメを刺す瞬間が遂に訪れた。


『おっ、防御のターンね。ポーズは……な~んだ、【半分の立位前屈のポーズ】かぁ! これなら楽勝、楽勝~!』


 そう言いながら、沙織が宣言通りに楽々とゲームから指定されたポーズを取る。

 さて、ここで沙織が指示された【半分の立位前屈のポーズ】がどういうものかについて解説しておこう。


 本当に簡単に言ってしまえば、膝と背中を真っ直ぐに伸ばしたまま前傾姿勢を取り、両指先を床につける。そういうポーズである。

 沙織は楽勝と言っているが、このポーズをそのまま再現するには相当に体が柔らかくなくては難しいわけで、それを楽にこなせる彼女の柔軟性の凄さが再認識出来るわけだが……今はそんなことはどうだっていい。


 問題は、この【半分の立位前屈のポーズ】の姿勢と、沙織の現在の格好が組み合わさって出来た光景だ。

 改めて説明するが、沙織のトレーニングウェアは上はタンクトップ型のへそどころか胸の谷間までもが見えてしまうトップス。下はホットパンツのようなお尻にぴったりと張り付き、形がくっきりと浮かび上がるタイプのボトムスである。

 そんな服装の彼女が、前屈みになった上でお尻を突き出すような体勢を取ったのなら……どうなるかなんて、想像に難くないだろう。


『ひゃわわわわ……!?』


 有栖の呻きが、彼女の見ている光景の凄まじさ(素晴らしさともいう)を物語っている。

 零の方もまた、言葉を失ってただただ目の前の沙織の姿を見つめ続けることしか出来ないでいた。


 後方から見れば、大きく形のいい沙織の尻がぷりっという柔らかな擬音を響かせんばかりの勢いでこちらへと突き出されている。

 ぐぐぐっ、と更に突き出されていく尻を見れば、そこにうっすらと下着のラインが浮かび上がっており、それがまたよろしくない妄想を掻き立てる刺激となっていた。


 モニターに映る前方から撮影された沙織の姿を見れば、前屈みになっているが故にはっきりと見えるようになった彼女の胸の谷間の景色がこれでもかと強調されているではないか。

 熱っぽい息を吐き、僅かに疲れを感じさせる沙織の表情がどことなく官能的に見えることも相まって、それら全ての材料が日に焼けた健康的な双房の谷間を曝け出す彼女の姿をどうにも卑猥に彩っているのだ。


 肌を伝って流れる汗が、荒く熱い吐息の音が、ただのフィットネスゲーム配信の空気を途轍もなくいかがわしい雰囲気へと変貌させてしまっている。

 幸か不幸か、配信を観ているリスナーたちにはスタジオのその空気を感じることや、現在の沙織の姿を見ることは叶わないのではあるが……彼らが見ている配信画面にも、【半分の立位前屈のポーズ】というものがどういうものであるかはばっちりと表示されていた。

 それはつまり、彼らが現在の沙織の姿勢を妄想出来る材料が揃っているということであり、そんな彼らが取る行動といえば――


【枢、逃げろーっ! 体が言うことを聞かない! 俺の意志とは無関係に、お前に火炎瓶を投げ込もうとしている! 俺がお前を燃やす前に早く逃げてくれ、枢ーっ!!】

【撃つんだ、俺を撃てっ! 今のお前を襲うくらいなら、死んだ方がマシだっ! 俺のことは気にするな! 早く撃つんだ、枢っ!!】

【そろそろ湯冷めして寒くなってきたので早くたらばの上半身のパイナップル園と下半身の桃源郷についての報告をお願いします】


 ボスの攻撃が通常の敵よりも長いのか、あるいは、この状況で自分の感覚が狂い、時間が長く感じられているだけなのか、零にはもうわからなかった。

 彼が出来たことは、ただ目の前にあるその光景の感想を直接見ることが出来ないリスナーたちに告げることだけであり……多くの人々の期待に応えるようにして、零はシンプルであるが故にそれを聞いた者が事細かに状況を理解出来るであろう想いを述べる。


『でっけぇ、てか、やっべぇ……!!』


【把握、感謝。お前はよくやったよ、枢……!¥10000】『ニヤニヤニーヤさん、から』

【お前は英雄だ。お前の名は、俺たち蟹民の間で永遠に語り継がれるだろう……¥10000】『ママイヤさん、から』

【人間は自分の理解を超えたものに出会うと言葉を失う。そういうことなんだな、枢ッ!?¥10000】『なかとみのかまあしさん、から』

【デカくて、ヤバい。伝わったよ、くるるん……!¥10000】『PINEAPPLEさん、から』

【情報提供感謝ァッ!! 枢、お前の行動に、俺は敬意を表するっ!!¥30000】『南国蟹民さん、から』


 零の呟きを皮切りにして雪崩れ込んでくる高額スパチャには、リスナーたちからの感謝の言葉が添えられている。

 絶対にこれまでで1番危険な話題だというのに、それに触れた結果炎上するどころかリスナーたちから感謝されるという奇妙な事態に陥ったことにも気付けないでいる零は、沙織がボスを倒すまでの間、有栖と一緒に呆然としたまま、ゲームをプレイする彼女のことを見つめ続けたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る