エキセントリック、レディ


「えっ? いや、その――」


 ほぼ全裸の女性が口にしたなんとも意味深な言葉に冷や汗をかく零。

 いかがわしい映像作品か漫画なんかの1シーンとしか思えないこの状況に困惑しつつも、取り合えず頭を上げてほしいと彼女へと声をかけようとしたところ、それよりも早くに顔を上げた女性は、必死の形相を浮かべながら極限までボリュームを落とした声で更なる懇願を口にしてきた。


「大きな声を出さないで! あ、悪魔に、悪魔に見つかる!! あの鬼に見つかったら、どんな恐ろしい目に遭わされるか……!?」


「あ、悪魔? 鬼? それって、薫子さんのことですか?」


「そうっすよ! 今の自分にはあの人の姿が悪魔か鬼のように見えてるっす! 捕まったら間違いなく死ぬより酷いことをされるに違いないんすよ~!!」


 声を殺しながらもこれ以上ないほどに嘆き悲しみ、零の憐みを誘うように必死の懇願を行う女性。

 人の叔母を散々に言ってくれることもそうだが、現在の格好やせわしなく変わる表情、そしてごみ屋敷といって差し支えない室内の状況からも察するに、この女性は中々にエキセントリックな人物らしいと零は思う。


 なんだかもう、色々と丸見えの状況なのに全くそんな気分にならないことにも若干納得してしまいながら、零はおそらくは年上であろう彼女へと、落ち着かせるようにして言葉を投げかけた。


「あの、その格好のまま外に出るんですか? 流石にそれはマズいんじゃないですかねぇ……?」


「承知の上っす! 薫子さんに捕まるくらいなら、自分はマッパで外に出て警察の御厄介になる道を選ぶっすね!!」


「えぇ……? なんていうか、その……どうしてそこまで必死なんですか?」


「そりゃあもちろん、自分が当初の締め切りを破った上に散々延長をお願いしたっていうのに、全くブツが出来てないから……って、そんなことはどうでもいいんすよ! すぐに逃げないと、あの悪魔に八つ裂きに――」


「へぇ……? 誰が悪魔なんだい? もう一度言ってごらんよ、梨子」


「ひ、ひぃいいいぃいいっ!?」


 自身の背後から響いた声に分かりやすいくらいに反応し、びくーん! と跳ね上がる女性。

 申し訳ないが、今のやり取りを見ていると悪魔呼ばわりされるのも納得だな……と思う零の前で、見苦しくも逃走を図ったほぼ全裸の女性を悪鬼と化した薫子が取り押さえる。


「ぎにゃあああっ! こ、殺せぇぇぇ!! 嘘ですすいません殺さないでぇぇっ!!」


「安心しな、依頼の品が出来上がるまでは生かしといてやるよ。その後でどうなるかはお前の仕事っぷり次第だけどねぇ!!」


「ひいぃいいぃっ! い、嫌だぁぁぁっ! 地下の強制収容施設で馬鹿みたいに安い賃金でこき使われるような人生は嫌っすぅぅっ! だぢげで! だじゅげでぇっ!!」


「うっさいんだよ、あんたは! っていうか、人の甥になんてモンを見せびらかしてるんだい!!」


「あふんっ!?」


 子供のように泣きじゃくり、迷子になった情緒のままに暴れまわって……そんな風に騒ぐ女性がパンツ一丁の格好であることと、すぐ近くに零がいることに今更ながら気が付いた薫子が彼女を張り倒す。

 情けない悲鳴を上げて廊下に倒れ伏し、色気もへったくれもない下着を纏った尻をこちらへと向ける格好になった女性の姿に心の底からの溜息を吐いた零は、何もしていないのに既に満身創痍の状態になっていた。


「あの、薫子さん? この人って……」


「ああ、色々と話したいことはあるが、それは後回しだ。零、取り合えず私はこいつを着替えさせてくるから、悪いけどあんたはこのごみの山をどうにかしてくれ。終わったら私たちも手伝うよ。3人で協力すれば、今日中にはどうにかなるだろ」


「こ、このごみを片付けるんすか? 廊下だけでも結構ありますけど……!?」


 ギリギリ人が住んではいけない分類に属しているごみ屋敷の内部を確認した零がげんなりとした表情で薫子へと言う。

 彼女が自分をここに連れてきた理由はこの家の片付けのためだったのかと、雑用のために時間を浪費する羽目になったことにうんざりとする零であったが、女性を引き摺る薫子は、去り際にそんな彼へとこんな言葉を残していった。


「安心しな……って言っても無理だろうが、別にあんたをここに連れてきた理由は掃除のためだけじゃあないよ。ちゃんと仕事に関する話もあるからなんだ」


「そ、そうなんすか?」


「半分は手伝いっていうのは間違いないけどね、もう半分はきっちりVtuber関連の話さ」


 そう言いながら、薫子がのびている女性の足を掴み、廊下の奥へと引き摺っていく。

 その光景と、周囲に転がるごみ袋を目にした零は、何がなんだかわからないが取り合えずこれは無給でやる仕事じゃないぞと思いつつ、社長に命じられるがままに片付けを始めるのであった。

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