短編・新衣装ってめんどくせえ!

玄関で、ばったり


「着いたよ、降りな」


「ここが目的地? 誰の家なんすか?」


 ある日のこと、薫子からの頼みを受けた零は、彼女の車に乗せられてとある民家を訪れていた。


 何の変哲もない、小綺麗なその家の外観を眺めた後、玄関へと続く門を開け、敷地内へと足を踏み入れる薫子の後を追う零。

 表札に書いてあった『加峰』という苗字を暫し見つめていた彼であったが、チャイムを鳴らした薫子の乱暴な言葉にびくりとして彼女の方へと視線を向ける。


梨子りこ! いるのはわかってんだよ!! とっととここ開けな!!」


「か、薫子さん? ちょ、ちょっと乱暴過ぎません?」


「あいつはこんくらいしなくちゃ駄目なんだよ。物凄く手間のかかる奴なんだ。今回も居留守を使ってるみたいだし……仕方がない」


 小さく舌打ちを鳴らした後、ポケットからこの家の合鍵を取り出した薫子が素早い動きで玄関を開ける。

 バタン、という大きな音を響かせながら開いた扉の向こうにある景色を見た瞬間、零は思わず顔を顰めてしまった。


 玄関から伸びる廊下の至る所に置かれている、大量のごみ袋……中身がぎっしりと詰まっているそれが、ここから見えるだけでも10個以上は置きっぱなしにされている。

 夏の暑い気温も相まって、僅かに腐臭を漂わせるそれの不潔さに愕然とする零であったが、薫子はそんなものは慣れたもんだと言わんばかりの勢いで家に上がると、そこで一度立ち止まって零へとこう言った。


「零、あんたはそこで待ってな。何かあったら、大声で私を呼ぶんだよ。わかったね?」


「あ、うっす……」


 玄関で待機するよう零に命じた薫子は、状況についていけていなさそうな甥がそれでもといった様子で自分の指示に頷きを見せたことを確認してから、どすどすと大きな足音を響かせて家の奥へと進んでいった。


「梨子ーっ! 観念しな! 今日という今日は私も本気だよ!!」


 相手を威嚇するような発言を繰り返しながら、この家の主と思わしき人物を見つけ出しに奥へと向かう薫子。

 そんな彼女を見送り、断続的に聞こえる咆哮を聞きながら、いったい自分は何をしにここに連れて来られたのだろうかと、零が状況の意味不明さに困惑していた、その時だった。


「……うん?」


 きしっ、きしっ……と、床の軋む音が聞こえる。

 その音に気が付いた零が目を細め、家の中をよくよく見つめて音の出所を探ろうとした時、彼の目に衝撃的な光景が飛び込んできた。


 薫子が進んでいった廊下とはまた別の方向から伸びる廊下から、1人の女性がそろりそろりと慎重な足取りで玄関へと歩んできたのだ。

 唐突に至近距離に登場したその女性に驚いた零であったが、彼を更に驚かせたのはその女性の出で立ちだ。

 なんとまあ、その女性は……パンツ一丁という、とんでもない格好で零の前に姿を現したのである。


 非常に洒落っ気のない、ベージュ色の下着のみという刺激的なんだかそうでもないんだかわからない格好で突如として零の前に出てきたその女性もまた、そこで玄関に立つ彼の姿を目にして動きを止めた。

 手入れをしていなさそうなぼさぼさの長髪と、野暮ったさが満載の黒縁眼鏡が特徴的な彼女は、沙織ほどではないが十分に大きな胸とややだらしなさが見える腹を丸出しにした状態で零と暫しの間見つめ合う。


 完全に不意を打たれたことと、異常事態の連発に思考能力を停止させてしまっていた零であったが、流石にほぼ全裸の女性をこのまま見つめ続けてはマズいと判断して、彼女から視線を逸らそうとしたのだが――


「は、はい?」


 ――それよりも早く、全ての感情が死んでしまっているかのような無表情を浮かべたままの女性が、流れるような動きで玄関で土下座した。

 あまりにもスムーズで無駄のない素晴らしい土下座体勢への移行に零が目を点にする中、パンツ一丁のその女性が途轍もない早口で彼へと言う。


「すいません見逃してください、なんでもしますから」

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