柳生しゃぼん、加峰梨子

 それから数時間後、想像を絶する苦難の果てにようやくごみ屋敷を人間の住処レベルの状態へと戻した零たちは、すっかり見違えた家の2階にある仕事部屋と思わしき場所にいた。


 梨子と呼ばれていたあのパンツ一丁の女性と対面しながら、薫子の手によって彼女と引き合わされた零は、まるで仲人のような立ち位置で話を進める薫子の話に耳を傾けつつ、謎の女性との初顔合わせを行っていく。


「そんじゃ改めて……零、このパンイチ痴女の名前は加峰 梨子かぶ りこ。【CRE8】1期生Vtuberである柳生やぎゅうしゃぼんの魂を担当してる女だよ」


「先程は、自分なんかのだらしないチチやら薄汚いケツやら、大の大人が精神錯乱するやらの見苦しいものをお見せして、本当に申し訳ありませんでした……」


「あ、いえ、俺は気にしてないんで……むしろこっちこそすいません。その、事故とはいえ、女性が半分以上裸の状態になってる姿を見ちゃったわけですし……」


「気にすんな。そんな格好でいたこいつが悪いし、そもそも犯罪者になることを覚悟で私から逃げようとしたんだから自業自得だよ」


「自分の方こそすいませんねぇ。もっとぴちぴちの女の子のすっぽんぽんだったらラブコメ的な感じになったんでしょうけど、色々と醜い自分の半裸じゃあ勃つものも勃たなかったでしょ! あっはっはっはっは!」


「……人の甥に軽くセクハラしてんじゃないよ。っていうかあんた、そんな風に調子に乗ってられる状況じゃあないってことを理解してるのかい?」


「あひいっ!? ゆるちて、ゆるちて……」


 土下座せんばかりの勢いで謝罪したかと思ったら、次の瞬間には自虐的な言葉を口にしながら自分の醜態を笑い飛ばしてみせる。

 かと思ったら薫子からの叱責を受けた瞬間に怯え切った子供のように半泣きの状態になる梨子の姿を見た零は、色々と落ち着きがない人だなあという印象を彼女に抱いた。


 狭くはないはずの一軒家の内部をごみでいっぱいにしてしまったり、薫子から逃げるためとはいえ、下着姿よりも過激な格好で迷いなく外に出ようとするなど、梨子は中々にぶっ飛んだ……というより、だらしのない性格をしているらしい。

 そういえば、彼女が薫子から逃亡しようとした理由もなにかの締め切りを守れずに仕事が仕上がっていないからだったな、と少し前の梨子との会話を思い出した零は彼女の性格に妙な納得を感じると共に、柳生しゃぼんという名前に聞き覚えがあることに気が付いて首を大きく捻った。


 1期生ということで名前を知ってはいるのだが、それ以外にも自分と彼女とはなにかしらの関係性があった気がする。

 それがなんであるかを思い出すために必死に頭を働かせ、記憶の書庫を辿った零は、不意に答えを見つけ出すと共にポンと手拍子を打ち、梨子へと言う。


「柳生しゃぼんって、蛇道枢のデザインをした絵師さんのことじゃないっすか!?」


「そうだよ。つまりこいつは、あんたの母親ママってことになるね」


「ひぃぃ……! 息子との初対面がこんな情けないものになるだなんて……もっと頼れるママになりたかったのにぃ……」


 そう、そうなのだ。今、所属事務所の社長に叱られて小さくなっているこの女性は、零の分身である蛇道枢を世に生み出した張本人なのである。

 蛇道枢のイラストレーター欄に薫子と並んで記載されていた柳生しゃぼんの名前を思い出した零が驚きに叫びを上げる中、薫子は、大きな溜息を吐くと共に彼をここに連れて来た理由を説明し始めた。


「まあ、そろそろ察しがついてきた頃だと思うけどね、お前をここに連れてきたのは、蛇道枢の新衣装についての話をするためなんだよ」


「新衣装って、夏の水着衣装のことっすよね? え、ちょっと待ってください。確か加峰さん、全くブツが仕上がってないってさっき――」


「うぅぅ……そんな目で自分を見ないでほしいっす……駄目なママを許して、枢坊や……」


 まさか、という表情を浮かべながら零が梨子へと視線を向ければ、息子からの驚愕の眼差しに耐え切れなくなった彼女は更に体を小さくすると共に情けのない言葉を口にする。

 既に季節は夏と呼べる時期に突入し、【CRE8】に所属している他のVtuberたちも間近に迫った水着衣装のお披露目配信のための準備を行っているというのに、蛇道枢に関してはそれがほとんど出来上がっていないときた。


 それは、つまり……かなりマズいのではないか? という零の考えを肯定するように、薫子も神妙な表情を浮かべている。

 三度土下座せんばかりの勢いで床に這い蹲る梨子と、自分の分身の生みの親である彼女の言葉に驚きを隠せていない零を順番に見つめた後、薫子は端的に現在の状況を甥へと告げた。


「零、このままじゃあ蛇道枢の新衣装が用意出来なきゃ、13名のVtuberたちの中であんただけが水着衣装なしってことになる。あんだけ大々的に告知しといて、リスナーたちの期待を裏切ることになったら――」


「ま、また……炎上するじゃないっすか!? 嘘でしょう!? なんで俺だけがそんな目に!?」


――――――――――


近況ノートの方でも報告させていただきましたが、この小説が第6回カクヨムWEB小説コンテストにて、キャラクター文芸部門の特別賞を受賞しました。


これもすべて皆さんの応援のお陰です。

本当にありがとうございました。


……でもこんなめでたい日に投稿されたお話がこんなので大丈夫なのかなぁ?

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