禍を転じて、福と為す


「う、うわ……中、思ったより広いんだね。ちょっとびっくりしちゃった」


「そうだね。中も意外と静かだし、想像とは大分かけ離れてるんだなぁ……」


 数分後、ゲームセンター内に立ち並ぶプリクラを吟味した2人は、自分たちにはそもそも何がどう優れているのかを判断する基準である経験がないということに気が付き、適当に選んだ筐体のカーテンを捲って中に入っていた。

 タッチペンとパネルを使い、慣れないながらもきゃいきゃいと騒ぎながら設定を決めていく彼らの姿は、初々しいカップルそのものだ。


「えっと、人数は2人で、背景は……っと。え? 美白機能に小顔機能? こういうのって前もって設定しておくものなの?」


「へぇ、このカメラって動かせるのか。なんか駅前の証明写真撮る機械と似たようなものだと思ってたけど、やっぱり色々と進化してるんだなぁ」


 自分たちの想像を遥かに超越した多様性とエンタメ性を持つプリ機に感心しつつ、決めることの多さに困惑する零と有栖。

 人生初のプリクラは、思ったよりも初心者に優しくないな……と四苦八苦しつつも背景をはじめとした様々な設定を決めていった彼らは、最後に表示されたポーズの指定を目にして眉をひそめた。


「うえっ? ポーズの指定まであんの? いやまあ、証明写真機でも背筋を伸ばしてとか、顎を引いて撮影してくださいとかあるけどさあ……」


「て、定番ピース? 小顔ポーズ? ど、どれがいいのかな……?」


「どれでもいいとは思うけど……な、なんか、物凄い場違い感があるように思っちゃうのは俺だけ?」


 ポーズの内容と共に、サンプルとして画面に表示されている女子たちの姿は、どうにも自分たちとかけ離れた華やかな存在であるように思えてしまった零が呟く。

 有栖も若干その言葉に頷きつつも、これもまた経験であると考えた2人は、改めて画面と睨めっこしつつポーズを選択するために知恵を絞っていった。


「あ、なるほど。顎を隠すと顔が小さく見えやすいんだね。だからピースでも何でも顎を隠してるんだ」


「盛るとか映えるとかわかんないしなあ。適当でいいんじゃない?」


「うん、私もそう思うんだけど……ここで1つ、困った問題に気が付いちゃった」


 そう言うと、有栖が右腕を大きく上げて屈んでいる零の頭へと手を伸ばす。

 有栖の突然の行動に驚いた零であったが、彼女がもう片方の腕を自分の頭へと置いている様を目にして、有栖がなにを訴えようとしているかを理解した。


「身長差、結構あるよね……私が小さいのが悪いんだけどさ……」


「あ~、なるほど。確かに横に並ぶと結構目立つかな」


 中学生か、あるいは小学生に間違えられるくらいの身長である有栖と、高校生時代は同級生たちと比べても十分に背の高い方であった零。

 両者の間には結構な身長の差が存在しており、ツーショット写真を撮る際にはその差が目立ってしまうという問題点があった。


 一応、自分が思いっきり屈んだり、あるいはカメラを引いて床に座るポーズでの撮影を行えば問題はないとは思うが……と、苦笑しながらその問題への解決法を有栖へと提案しようとした零であったが、彼が口を開く前に、何かに気が付いた彼女が先に声を上げる。


「あっ! こ、これっ! これならいけそうじゃない?」


「え~っと、どれどれ……っ!?」


 きらきらと目を輝かせ、自分なりの解決法を導き出した有栖がペンで指し示す位置へと視線を向けた零は、そこに表示されている文字を目にして硬直してしまった。

 なにせそこには、『カップルおすすめポーズ上級編!』という派手なテーマと共に、なかなかに大胆なポーズが映し出されていたからだ。


「う、、ねえ……?」


「うんっ! これなら横に並ばないで済むから、身長差も気にならないでしょ?」


 どうやら有栖の目には『カップルおすすめ~』の文字は見えていないのか、自分の見つけたポーズによる撮影を名案だとばかりに零へと提案する彼女は今、緊張や羞恥とは無縁の状態のようだ。

 そもそも、男性が女性を抱き締めるなんていうのはかなり大胆な行為であるし、それこそ本当に恋人同士でないと取らないポーズなのではないか……と思いつつも、ここまで1回も有栖の提案を断れていない男こと零には、嬉しそうにはしゃぐ彼女にその事実を指摘することは出来なかった。


「ああ、うん……いいんじゃないかな、うん」


「ホント!? それじゃあ、このポーズで設定するね!」


 声が裏返りそうになりつつも、有栖の提案を承諾してしまった零は、取り合えず覚悟を決めた。

 ここで自分が変に動揺したりすれば、デートの最後の最後で有栖に嫌な思いをさせてしまう。なんとしても、それだけは避けなければならない。


 とにかく平静を装うのだ。

 少なくとも、有栖は変に意識せずにプリクラの撮影を行おうとしているのだから、それに乗っかってノリで楽しむ雰囲気でいけば問題はないはずである。


 そう、自分自身に言い聞かせ、ざわつく心を零が必死に静める中、撮影設定を終えた有栖が、カメラの位置を確認しながら零へと声をかける。


「それじゃあ、失礼します……!」


「っっ……!?」


 ぽすっ、と音を立てて自分へと背中を預けた有栖の体が零の腕の中に納まる。

 その小ささ、軽さ、触れたら壊れてしまいそうなくらいの繊細さに怯えつつも、彼女と密着していることを意識してしまった零の心は、妙な興奮に昂っていった。


(やっべぇ……わかってたことだけど、有栖さんって普通に可愛いわ……!!)


 小動物のような愛らしさを持つ有栖の容姿と性格を振り返った零が、改めて彼女の可愛さを噛み締める。

 仕事が絡んでいるとはいえ、そんな彼女が自分と2人きりでのお出掛けやプリクラ撮影に加えて、ここまで触れ合うまでに気を許してくれていることに感謝とも喜びともまた違った複雑な感情を抱きながら、零は込み上げてきた緊張感にごくりと息を飲んだ。


(後ろから、ハグ……後ろから、ハグ……!!)


 ……そう、プリ機が指定したポーズはこれで完成ではない。まだ、零にはやることが残っている。

 後ろからのハグ、抱擁なのだから……彼は今から、自分に背中を預けた有栖の小さな体を、抱き締めなければならないのだ。


 慎重に、場所を選んで、両腕を有栖の体を包み込むようにして回していく零。

 胸には触れないようにだとか、顔に腕が被らないようにしなくてはだとか、そんな諸々の気遣いを行いながら回された腕は有栖のお腹の辺りで交錯し、緩やかながらもしっかりと彼女の体を抱き締める体勢が完成する。


 これでよし、有栖の期待にも応えられた……と、安堵する零であったが、そんな彼の耳にひどく驚いたような有栖の声が響いた。


「ひゃんっ……!? れ、零、くん……?」


「え? あ、え……?」


 悲鳴にも近しいその声と、驚きを露わにした表情を浮かべながら自分を見つめる有栖の顔を目にして違和感を感じた零は、そこで自分が先走ってしまったことを理解する。

 もしかして、いや、もしかしなくとも……有栖は零にハグされることなど、最初から想定していなかったのだ。


 身長差を誤魔化すために縦に並んだ状態を作るという目的を達成するためならば、別に彼に抱きしめてもらう必要などこれっぽっちも存在していない。

 彼女からしてみれば、自分が零に背中を預けた時点で目的は完遂されており、その状態の両者の体勢として最も近しいものとして『後ろからハグ』のポーズを設定しただけであって、本当にハグしてもらうつもりなど欠片もなかったのだろう。


「ご、ごめんっ!! ぽ、ポーズの名前だけ見て、本当にハグしなきゃいけないんだってなぜか思い込んじゃって……ホント、ごめんっ!」


 だから全く緊張していなかったのか……と、先の有栖の言動の理由に気が付いた零は、自分がやらかしてしまったことに気が付き、血相を変えた。

 落ち着けと何度も言い聞かせていたのに気を逸らせて、最後の最後で有栖に不快な思いをさせてしまったと、自分の最大のミスを謝罪しながら腕の中から彼女の体を解放しようとした零であったが、その行動を他ならぬ有栖が止める。


「ま、待って! ……平気、だから。ただちょっとびっくりしちゃっただけで、その……嫌じゃないよ、零くん、なら……!」


「え……っ!?」


 恥ずかしそうに俯きながら、顔を真っ赤に染めながら……有栖が、自分のお腹辺りで組まれている零の腕に、自らの手を添える。

 先程よりも深く零へと体重を預け、すっぽりと彼の腕の中にその小さな体を収めながら……真上に見える零の顔を見上げた彼女は、これまでの何倍も破壊力を増した上目遣いを見せながら、彼へと言う。


「このまま、撮ろ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る