本日最後の、わがまま
その後の零と有栖のデートは、前半とは打って変わってなんのトラブルも起きない平和なものとなった。
クレープを片手にショッピングモールを見て回り、パフォーマンスを観賞して笑い合ったり、他愛のないお喋りで盛り上がったり……としている間に、時間は瞬く間に過ぎていく。
楽しい時間はすぐに過ぎるという言葉通り、零と有栖は2人で過ごすこの時間を心の底から楽しんでいた。
昼前から始まったこのデートも気が付けば時刻は夕方。そろそろ、寮に戻らなければならない時間である。
「もうこんな時間か……水着の試着も、他の諸々の指令も大体はクリア出来たし、このお出掛けの目的は達成出来たね」
「うんっ! ……ぬいぐるみ、取ってくれてありがとう。大事にするね」
零がゲームセンターのクレーンゲームで獲得した、大きな蛇のぬいぐるみを大事そうに抱えながら有栖が言う。
ぎゅっ、とそれを抱き締める彼女の姿を見て、胸に不思議な暖かさを感じた零もまた笑みを浮かべると、気恥ずかしさを隠すようにしながら帰りの電車について調べ始めた。
「次の電車、もう少ししたら来るみたいだよ。今から急げば間に合うと思う」
「そっか。なら、やり残したこともないし、そろそろ帰ろうか」
検索結果を表示する画面を有栖に見せ、彼女に急ぎでの帰宅を提案する零。
有栖の言う通り、やり残したこともない。もう十分に楽しめたはずだし、収録のために必要な体験もすべてこなすことが出来た。
本当に……今日という日は楽しい1日だったと、そう零は思う。
最初は緊張感があったが、段々とそれも解れて純粋に友人と一緒に出掛けたような愉快な気持ちで有栖と共に過ごすことが出来たことを喜びながら、どうか彼女もそうであってほしいと願う零。
でも、そんな心配は必要ないのだろう。今の有栖の顔を見れば、彼女もまた自分と過ごしたこの1日を楽しんでくれたということがわかるのだから。
待ち合わせの時には緊張でぎくしゃくしていた彼女の表情も、今はリラックスした楽し気な笑顔に変わっている。
この笑顔を引き出せたのは自分なんだと、少しは自惚れてもいいだろうか……と思いながら、流石にそれは行き過ぎた考えかと、自分自身に対する苦笑を浮かべた零は、背後の有栖へと駅までの道を急ごうと声をかけようとしたのだが――
「っ……?」
自分が振り向くよりも早く、背後からくいっ、と弱々しい力で服の裾を引っ張られる感触を覚えた零が驚きながら有栖を見やる。
どこか恥ずかしそうな顔をした彼女は、何度か口をもごもごと動かした後、か細い声で零へとこんなことを言ってきた。
「あ、あの、あのね……帰ろうって言った直後にこんなことを言うのもあれだとは思うんだけど……最後に1つ、我儘を言ってもいい、かな……?」
「えっ? あ、うん、別に、俺は構わないけど……」
前言を撤回するような有栖の言葉に戸惑いつつ、彼女の言う我儘を内容も聞かないうちに承諾する零。
有栖の様子を見るに、やり残したことがあるというよりかは、ここにきて最後の最後でやりたいことを見つけたという雰囲気があり、それはきっと、今日という日にしか出来ないことだということが何となく察することが出来た。
「それで、なにをしたいの? 電車の時間は気にしなくていいから、言ってみてよ」
「う、うん。あの、えっと……今日、零くんと一緒に出掛けて、色々なことをして、1日を過ごして……本当に、楽しかったよ。ちょっと前まで引きこもりだった私がこんな風に同い年の男の子とデートするだなんて想像もしたことなかったから、最初は緊張しちゃったけど……今は、零くんでよかったって思えてる。お仕事とはいえ、こんな私に付き合って、時間を割いてくれてありがとう、零くん」
「別に、お礼を言われるようなことはしてないよ。俺だって有栖さんと遊べて楽しかった。エスコートのエの字も知らない俺じゃあ相手としては力不足だったかもしれないけどさ、そんな風に言ってもらえて、本当に嬉しいよ」
「そっか、零くんも楽しんでくれたんだ。よかったぁ……! じゃ、じゃあ、あの、その、さ……楽しかった今日の思い出の記念というか、振り返った時、温かい気持ちになれる何かが欲しいっていうか、その、あの――」
本当に……心の底から安堵したように溜息を漏らし、嬉しそうに笑った有栖がしどろもどろになりながら自分の我儘を零へと伝えようとする。
自分が、彼が、お互いに人生で初めてのデートを心の底から楽しんだという思い出を残すために、共有するために、その記念となる物を欲している彼女は、左腕に零から貰ったぬいぐるみを強く抱き締めながら、右腕でゲームセンターの奥にある箱型の機械を指差し、(自分では意識していないが)零が絶対に抗えなくなるあの上目遣いを見せて、彼へと本日最後の我儘を口にした。
「ぷ、プリクラ、一緒に、撮ってもらって、いい、かな……?」
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