2人だけの、秘密


「あ、有栖さんがいいって言うのなら、別に構わない、けど……」


 実質的に自分からそうしておきながら、それを受け入れられたことに動揺する零。

 元は勘違いであったはずなのに、どうしてこんな甘酸っぱく気恥ずかしい真似をしているのか……? と、現状に困惑し続ける彼の耳に、プリ機から響く女性の声が届いた。


『はい、ポーズ!』


 続けて、パシャッ! というシャッター音が撮影スペースの中に響き渡る。

 全く準備をしていなかった2人はその声に反応出来ず、1枚目のプリクラは恥ずかしそうに顔を赤く染めた2人が見当違いの方向を見ているだけのものとなってしまった。


「やばっ、1枚無駄にしちゃった!」


「だ、大丈夫だよ、まだ何回か撮影があるはずだし……」


 有栖の言葉通り、この1回だけで撮影が終わるわけではない。

 ここから気を取り直せばいいだけだというご尤もな意見に頷きつつも、腕の中に納まる有栖の小さな体の感触と温もりが、零に冷静さを取り戻させてくれないでいる。


 やっぱり有栖を放すべきなのではないか? でもそれをすると、抱き締めていても構わないと言ってくれた彼女の意志を無下にすることになってしまうのではないか?

 と、ぐるぐると渦巻く思考に困惑し続ける零であったが、不意に右の頬をぷにっと指で突かれる感触を覚えた彼は、はっとして顔を上げる。

 そして、画面に表示される自分たちの姿を見た彼は、自分の頬を上げた右手で突っつきながら、いたずらっぽい笑みを浮かべる有栖の姿を目の当たりにして、小さく息を飲んだ。


「ほら、そろそろシャッターが切られるよ? 笑って、零くん!」


「あ、ああ……」


『はい、ポーズ!』


 2回目の撮影は、若干ぎこちなさを残しながらも笑みを浮かべた状態で迎えることが出来た。

 新たに追加された画像を見て、自分自身の表情の酷さに苦笑してしまった零は、そのまま画面に映る有栖と映像越しに目を合わせると、次の撮影までの時間に会話を行っていく。


「あのね……今日は本当に楽しかったよ。こんなに楽しい思い出を作れたのも、全部零くんのお陰だと思う。同じVtuberっていう仕事をして、隠すことなく夢のことを話せて、初めて胸を張って友達だって言えるあなたがいてくれるから、私も少しずつ変わっていけると思えるんだ」


「有栖、さん……」


「レストランの時も言ったけどさ、きっと私はこれからも零くんに迷惑をかけると思う。色んなことでフォローしてもらって、うじうじしてる私の背中を押してもらって、沢山の負担をかけちゃうと思うけど……そんな私でも、これからも友達でいてくれますか?」


 そう質問する有栖の瞳の中に、不安の感情は一切ない。

 零が自分の問いになんと答えるかを理解し、それが故に彼に深い信頼を寄せているということが、彼女の表情から見て取れる。


 有栖のその言葉を聞き、今の彼女の表情を目の当たりにした零は、段々と自分の心が落ち着いていくことを感じていた。

 そうした後、自分よりも随分と大胆で強い有栖の目を映像越しに見つめ返しながら……小さく笑みを浮かべて、言う。


「もちろん。こんな俺で良ければ、だけどね」


「よかった! ……じゃあさ、また今度こうやって遊びに行こうよ! 買ってもらった水着もあるし、プールとか海とかにさ!」


「それももちろん構わないけど……うっかりバレたら、また炎上しちゃわない?」


「なら、これは私たち2人だけの秘密にしよ! ファンのみんなにも、薫子さんにも、喜屋武さんにも内緒の約束……ね?」


 しーっ、と鼻の前で人差し指を立て、有栖が小悪魔のように笑う。

 それに釣られて笑みを浮かべた零もまた、彼女との間に出来上がった秘密の共有を面白く感じながら受け入れた。


 そうやって、完全にリラックスした状態で、いい笑顔を見せるようになった2人は、お互いに片手を相手の顔の横に寄せ、Vサインを作った。

 零は有栖の左肩に手を乗せ、有栖は伸ばした右手を零の頬に寄せる。

 プリ機のカメラは、そんな風に最高に仲睦まじい姿を見せつける2人の姿をカメラに収めると……その一瞬を逃すことなくシャッターを切り、最高の思い出と共に記録と記憶に残す。


 撮影後、ペンで文字を書き、スタンプやデコレーションで飾ったプリクラが現像されて出て来た時、有栖はその内の1枚を手に取ると、楽し気に笑って零へと言う。


「秘密、だよ? 私たちだけの、内緒なんだからね」


 零の目には、最後の最後でデートをリードしていた自分を振り回してみせたその有栖の姿が、今日見たどんな彼女の姿よりも輝いて見えていた。

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