試着後、レストランにて
「……ごめんね。水着の代金、出してもらっちゃって……」
「いいって。薫子さんから貰ったお金だし、気にしないでよ」
それから暫くして、零と有栖はモール内にあるお洒落なイタリアンレストランで少し遅めのランチタイムと洒落込んでいた。
料理が運ばれてくるまでの間、先程の店で購入した水着たちが包まれている袋を後生大事に抱えていた有栖は、その代金を零に払わせてしまったことを申し訳なく思っているようだ。
そんな彼女の暗い気分を笑い飛ばした零は、同時に彼女のケアを行うようにして会話を続けていった。
「でも、いい物見れちゃったな。有栖さんの水着姿、本当に可愛かったよ」
「あぅ……そんな、からかわないでよ……」
「からかってなんかないよ。本当に可愛かったって思ってる。最初に指令を見た時はどうしようかと思ったけど、今は薫子さんに感謝してるくらいには本気だよ」
そう言いながらアイスコーヒーを1口飲み、有栖の反応を探る零。
彼女が顔を真っ赤にして、予想外の褒め言葉に恥ずかしそうにしている様を目にした彼は、自分自身が随分とらしくないことをしているなと心の中で苦笑しながらも、有栖が少しだけ嬉しそうにはにかんでいることを確認して安堵の気持ちを抱いた。
「……零くんがそう言ってくれたなら、頑張った甲斐があった、かな……本当はもう少し、胸があった方が良かったんだろうけどさ」
「そういうのは気にしません。なにせ、スク水以外を着た女の子の水着姿なんて、初めて見るからね」
「……じゃあ、喜屋武さんと比べても私の方がいいって言える?」
「あ~、それは~……約束は出来ないかな……」
「……しょ~じきもの。でも、そこで嘘を吐かれても気を遣われてるってわかるから逆に虚しいだけだしね。1番じゃなくっても、可愛いって褒めてもらえて嬉しかったよ。ありがと、零くん」
「こちらこそ、頑張ってくれてありがとうございます、有栖さん」
若干、ジトッとした目で有栖から睨まれた零であったが、彼女は即座にその眼差しを引っ込めて愛らしい笑みを浮かべてくれた。
やっぱり、有栖に対しては基本的には正直に本音で向き合った方がいいんだろうなと思いつつ、零は綱渡り気味の自分自身の言動を素直に褒めてやることにする。
「……これ、オフレコにしておいてね。うっかり配信で喋られたりしたら、間違いなく炎上するから」
「う、うん、そうだよね。私の発言で零くんが燃えたりしたら、申し訳ないもん……」
有栖なら心配はないと思いつつも、一応彼女に釘を刺しておく。
自分が彼女とデートに出掛けたというだけでもかなり危険な状況なのに、そこで更に水着の試着に立ち会ったなどという話が出回ってしまっては、燃えカスになるまで燃やされる気しかしない。
インターネットスレのあの反応が全て嫉妬と怒りに変換されて自分の下に押し寄せてきたら、それこそ大炎上間違いなしだ……という恐怖に零が背筋を震わせる中、そんな彼と対面している有栖が、躊躇いがちになりながらも口を開いた。
「あの、ね……ちょっとだけ恥ずかしかったけど、私も楽しかったよ。零くんに褒めてもらえて楽しかったし、女の店員さんともちょっとだけだったけどお話も出来た。お仕事のための経験を得つつ、強い自分になるっていう夢を叶えられてる実感も一緒に感じられて、本当に嬉しかったな」
「そっか。それは……よかった」
上手く言葉が見つからないが、本心から有栖の言葉に同意と喜びを感じる零。
出会った頃はまともに会話も出来なかった彼女と、こうして2人きりで出掛けられるくらいまで関係を深められたことにも喜びを感じている彼へと、有栖は更に感謝の言葉を重ねていく。
「こうやって毎日が楽しいって思えるようになったのも、零くんのお陰だと思うんだ。勿論、他にも沢山の人のお世話になってるけど……零くんと出会ってなかったら、最初の炎上の時にVtuberを引退しちゃってたと思う。あの事件を解決するために動いてくれて、今日まで寄り添いながら一緒に歩んでくれたあなたがいたから、私も少しは強くなれたんだと思う」
「……買いかぶり過ぎだよ。俺は大したことはしてないさ。むしろ、俺の方こそ有栖さんに感謝してるんだ。男だからってだけで大炎上かましてた時期に声をかけてくれて、紆余曲折ありながらも今日まで仲良くしてくれてさ……それに、有栖さんのお陰で俺は自分がVtuberとしてすべきことを見つけられたんだ。出会ってなかったら引退してたのは、間違いなく俺の方だよ」
あの日、アルパ・マリによる扇動によって配信に押し寄せたファンたちからの重圧で倒れた有栖から、それでも自分はまだVtuberを続けていたいという本心を吐露されたあの時、零の運命は大きく変わった。
目標を見い出せず、ただただ自分の現状に流されるまま、お金を稼ぐ仕事として『蛇道枢』になって生きていた彼は、『羊坂芽衣』という存在に己の夢を懸ける有栖の想いを知って、その夢を守りたいと心の底から思うことが出来た。
誰かの傷に、心の闇に、自分という存在が寄り添うことで、その人物が夢を叶えるための力になれるというのなら、どれだけの罵声も怖くないと……そんな覚悟を決めることが出来たのは、自分にはない強さを持っていた有栖のお陰だ。
有栖が零に感謝しているように、零も有栖に深い感謝の気持ちを抱いている。
2人にとって、お互いの存在は絶対に欠かすことの出来ないパートナーであると、そういった意味で2人の意識は共通していた。
「……なんだか恥ずかしいね。こうして改めて感謝の気持ちを伝える機会って、なかなかなかったからさ」
「うん、水着の感想を聞かせてもらった時よりも恥ずかしいかも……」
こうして面と向かって、お互いの気持ちを伝え合うということを意外にもこれまでしていなかった2人が、気恥ずかしそうにしながら笑う。
余談だが、周囲の席に座る客たちは、声を潜めてこの甘酸っぱいカップルのように見える2人の会話に耳を澄ませていた。
「……これからもさ、結構迷惑かけると思うし、色々と面倒なことに巻き込まれると思うけど……一緒に頑張ってくれる?」
「もちろん! 私の方こそいっぱい迷惑かけると思うけど、これからもよろしくね!」
これまでの感謝と共に、これから先の未来を共に歩むことを約束する零と有栖。
満面の笑みを浮かべながらこれからもよろしくと言ってくれた彼女の反応に零も表情を綻ばせ、嬉しそうに笑う。
色々と面倒臭いVtuber界だが、こんなに頼もしく可愛い同期がいれば、きっとそんな世界でも強く生き抜いていられると……そんな想いを零が心の底から抱いたのと同時に、注文していたパスタが運ばれてきた。
「お待たせしました。こちら、カルボナーラ2人前とケーキになります」
「え……? あれ? ケーキは注文してないと思うんですけど……?」
「こちらは当店からのサービスになります。それと、こちらのコーヒーはあちらのお客様から、こちらのフライドポテトはあちらのお客様からの贈り物で――」
「え? えっ!? お店と他のお客さんたちから? なんで!?」
「甘酸っぱい青春を思い起こさせていただいた感謝の気持ち……とのことです。どうぞ遠慮せず、お召し上がりになってください」
「えぇ……?」
パスタと飲み物しか頼んでいないはずなのに、テーブルの上にはサイドメニューからデザートに至るまでの大量の料理が並んでしまっている。
この状況と、これらの料理を他の客たちが自分たちに奢ってくれたという状況に困惑する2人は、未だに気が付いていない。
今の今まで自分たちがしていた会話が、どこからどう考えてもカップル成立に至るまでの告白にしか聞こえないということに。
これからも一緒に頑張ってくれるか? という零の問いかけに対して、私の方からもよろしく、と答えた有栖の反応は、傍から見れば完全に告白が成功してカップルが成立したやり取りにしか思えない。
今、2人のテーブルに並べられている料理は、無事に告白が成功して恋人同士になった彼らへのレストランや客たちからのお祝いの気持ちが形になったものであることなど理解出来るはずもない零と有栖は、2人してこの料理スパチャが送られてくる状況に困惑し続けるのであった。
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