有栖、ファッションショー


 にこにこと笑う女性店員を前にして、有栖になんと声をかけるべきか迷う零。

 無理はしなくていいだとか、取り合えず落ち着く時間を作ろうだとか、言いたいことは山ほどあったのだが、彼が声を発するよりも早くに話しかけてきた女性店員によって、その行動が事前に封じ込められてしまう。


「彼氏さんも楽しみですよね~? 彼女さん、可愛らしい方ですし、きっと水着も似合いますよ!」


「いや、あの、だから――」


 店員に対して自分と有栖はそんな関係ではないと言おうとした零だったが、それがなんの意味も為さないことを理解して途中で口を噤んだ。

 大方、それを言ったとしても照れ隠しとして受け取られるだけでむしろこの店員を調子付かせるだけだろうし、仮にその誤解が解けたとしてもだからなんだという話になるだけなのだから、意味がない。


 故に、彼女を相手にするよりも有栖の方に気を遣う方を優先しようと考えた零であったが……その目の前で、シャーッと子気味よい音を響かせながら試着室のカーテンが開き、その中の光景が露わになる。

 びくっ、とその音に反応し、顔をそちらへと向けた零は、オレンジ色の水着を身に纏った有栖の姿を目にして、一瞬言葉を失ってしまった。


 丸出しの肩と、そこから伸びる細い腕。小柄な体格に見合った小さな手に至るまでを当然ながら露出している有栖の肌は、真っ白な美しい色をしている。

 オレンジ色のフリルに隠された小さな胸と、これまた可愛らしいフリル付きスカートから覗く華奢な脚もまた上半身同様に羨ましく思うほどの美白さを誇っていて、エロスはないが可愛らしさに全振りされた彼女の水着姿によって、それを目にした零の思考能力は完全に停止してしまった。


「どう……かな……? 自分ではよくわからないんだけど……」


 恥ずかしそうに頬を染めながら、零へと感想を求める有栖。

 その言葉にはっとした零は、改めて彼女の格好を見つめた後、同じように顔を赤くしながら正直な感想を述べる。


「あ~……めっちゃ、似合ってると思うよ。可愛い、かな」


 なんとも気恥ずかしく、甘酸っぱい雰囲気の両者の様子を満足気に見つめる女性店員を挟んで、互いに視線を合わせないようにする零と有栖。

 これで一応、薫子から指示されたミッションはクリアしたことになるのだが……暴走気味の女性店員は、むしろここからが本番だと言わんばかりの勢いでトークを始める。


「う~ん、確かにとっても可愛いですね!! でも、他の水着も試着してみないと、これが最高かどうかはわかりませんし……取り合えず、次の水着にいってみましょうか!!」


「あ、いや、別にそこまでしなくても――」


「彼女さんも彼氏さんを喜ばせてあげたいですよね!? 折角の機会ですし、ここはサービスしてあげましょうよ!!」


「んっ……!! ……零くんが喜んでくれるなら、今日のお礼も兼ねて、頑張ってみる……!」


「え? あ、有栖さん? ちょ、えっ!?」


 羞恥心が限界に達しようとしている有栖をフォローしようとした零であったが、女性店員の一言に吹っ切れた様子の有栖はむしろ乗り気になっているようだ。

 もしかしたら、有栖は自分のために今日という1日を割いてデートに付き合ってくれた零に対するお礼をこのファッションショーの中でしようと思っているのかもしれない。


 彼氏さんが喜ぶ……という一言に触発された有栖はまだ恥ずかしそうにしながらもカーテンを閉め、女性店員がセレクトした水着へと着替えていく。

 こうなってしまっては強引に止めることも出来ないと、ただただ有栖(と女性店員)が満足するまで付き合うしかないと覚悟を決めた零の前で、彼女たち主導によるファッションショーが開催されていった。


「それじゃあまずは、露出低めのデザインで肩慣らしといきましょう! こちらは如何ですか、彼氏さん!?」


「う、うぐぉぉ……っ!?」


 カーテンが開き、新たな水着を纏った有栖の姿を見た零の口から謎の呻きが漏れる。

 有栖が纏っているのは非常に見覚えのある形のデザインをした紺色の水着……所謂、スクール水着というやつだ。


 胸に名前を書く用のゼッケンこそ貼り付けられていないものの、色も形も完璧にスクール水着であるそれを着ている今の有栖は、元々の低身長さもとい、ロリっぽさが際立っている。

 なんだかとてもマニアックというか、高校を卒業した年齢の人間が着るような代物ではないそれを身に纏った有栖の姿を見ていると、どうしてだかわからないが犯罪という文字が頭をちらついてしまう。


 そんな零の思考を読み取ったのか、にやにやとした笑みを浮かべた女性店員が彼へとそっとこんな耳打ちをしてみせた。


「流石にこれはレジャーで着る用の水着ではないですね。主な使用用途としては……こんな風に彼女さんに着てもらって、目の保養として楽しむ、とかでしょうか?」


「っっ……!?」


 とてもいかがわしい意味を感じさせる彼女の言葉に顔の赤みを増させつつ、有栖へと視線を向ける零。

 露出も少なく、これまでの人生で着たことがある水着だからか、先のワンピース型の水着を着ていた時よりも落ち着いている様子の有栖は、その場でくるりと回ってみせながら零へと感想を求める。


「ど、どうかな? 外で遊ぶ用の水着としては華やかさは足りないけど、こういう感じの水着も悪くないんじゃないかなって……」


「これにラッシュガードを合わせるといい感じになりますよ! 男性用の取り扱いもありますし、ご一緒に購入なされてみては如何です? ちょっと身長差はありますが……それはそれで、丈の余った上着を着た彼女さんの姿を楽しめる、かも……!?」


 見た目通りの犯罪級の可愛さを見せる有栖の姿に声を詰まらせる零へと、営業トークを交えながら再び耳打ちを行う女性店員。

 その言葉に、ぶかぶかの袖を持て余したスク水姿の有栖を想像してしまった零は、一瞬湧き上がってきた邪念を必死に振り払いながら感想を口にする。


「あ~……可愛いとは思うけど、やっぱレジャー向きではないね。あと、本気で小学生に間違えられそう」


「むぅぅ……自分でもそうは思ってたけど、他人に言われるとちょっとショックだなぁ……」


「まあまあ! そんな水着も可愛く着こなせてしまえるっていうのも彼女さんの魅力ってことで、ね!? では、次の水着にいってみましょ~!」


 可愛いという言葉を零から賜りつつも、その後に続く言葉に軽く傷ついた有栖をフォローした女性店員がカーテンを閉める。

 そうした後彼女はごそごそしゅるしゅるという着替えの音を響かせる試着室の方を見ながら、零へと小声で叱責をしてみせた。


「彼氏さん、そこはべた褒めしないと駄目でしょう? 彼女さんは恥ずかしいのを我慢してあなたに喜んでもらうために頑張ってるんだから、凹ませちゃいけませんよ」


「あ、はい……す、すいません……」


 どうして自分は怒られているんだと思いつつも、確かに彼女の言うことは正しいと納得出来なさそうで出来るその注意に頷く零。

 ここで自分がダメ出しを続けて有栖を凹ませてしまっては今回のデートの目的である楽しむことが達成されないと気が付いた彼は、気持ちを切り替えると女性店員に言われたように有栖をべた褒めすることに決めた。


 そうやって、着々と店員の掌の上で2人が転がされる中、また新たな水着に着替え終わった有栖が試着室のカーテンを開け、その姿を零へとお披露目してみせる。


「あぅ……これは、流石に、恥ずかしいよぉ……」


 白くふわふわとした、まるで羊毛を思わせるようなフレアレースを飾った、真っ白なビキニ。

 慎ましやかな胸と、可愛らしいお尻を隠すだけの少ない布地だけを身に纏った有栖が、その羞恥にか細い声を漏らす。


 これまで着た水着の中では最大の露出を誇り、ずっと隠されていたお腹をも曝け出した格好の彼女の姿に赤面しながらも、必死に有栖を褒めるための言葉を探す零。

 だがしかし、天使のような愛らしさに加えて激しい露出によるエロスを加えた格好をしている有栖を前にするとほぼほぼ語彙力が消失してしまい、結局は月並みな言葉を発するだけに留まってしまう。


「に、似合ってるよ。か、可愛いと思う、な……!!」


「うぅ……っ! でもこれ、お腹が丸見えだし……私、スタイルに自信がないから、やっぱり恥ずかしいよ……」


「そんなに気にする必要なんてありませんって! 彼氏さんもそう思うでしょう!?」


「え、ええ……まあ……」


 剣幕に押され気味なので若干弱々しくはあるが、零は女性店員の言葉に心の底から同意していた。


 おそらく、有栖は自身の水着姿の比較対象として、沙織を引き合いに出しているのだろう。

 世の男性たちが望むであろうボン、キュッ、ボンの体型をしている彼女と、ぺたっ、すとん、ちまっの擬音がぴったりの自分自身の体型を比較しているからこそ、有栖は自信を持てていないのだ。


 だがしかし……零の目から見れば、有栖も十分に魅力的な女の子であることに間違いはない。

 確かに大人の女性としての魅力という部分では有栖は沙織に完敗しているが、彼女には彼女にしか持ち得ない武器があることも確かなのだ。


「ほら、頑張った彼女さんを褒めてあげてください! それが彼氏さんの務めでしょ!?」


「う、うっす……!!」


 小声で女性店員から促された零は、体育会系の返事を口にしながら1歩前に出る。

 そうした後、今度は多少落ち着いて気持ちを整理しながら、有栖へと褒め言葉を投げかけていった。


「あ~……本当に、可愛いと思うよ。ウエストも十分細いと思うし、胸とかお尻の大きさは俺は気にしないからさ」


「うぅ、でも――」


「自信を持って! 有栖さんには喜屋武さんにはない魅力があるし、すっごく可愛いって本気で思ってるから! 滅茶苦茶似合ってる! 天使みたい! きっと薫子さんたちもそう言うよ!!」


「あうぅ……そんなに褒めないで……それはそれで恥ずかしいから……」


 多少の恥は覚悟の上で、有栖を励ますために大袈裟にはしゃぎながら彼女を褒めた零の言葉に、有栖は気恥ずかしさを感じながらも同時に喜んでもいるようだ。

 もじもじと落ち着かない様子を見せながらも、顔を真っ赤にして俯きながらも、ここまで零がテンションを上げてくれたのなら、頑張った甲斐があったと……そんな風に思っているであろう有栖の姿に零がほっと一安心する中、背後で2人以上の盛り上がりを見せていた女性店員が更に大量の水着を手にして会話に割り込んでくる。


「いや~、いいですねえ! それじゃあ、この調子で他にも色々試着してみましょうか! ビキニも着ましたし、今度はもう少し大胆なやつも試してみません?」


「え、いや、あの――」


「ちょ~っと過激なんですけど、こちらの布地小さめのビキニとか、あとは猫耳と猫尻尾が付いてるタイプの猫ビキニもありますし、セーラービキニなんかもおすすめですね! 全部彼女さんに似合うと思いますし、取り合えず試すだけでも如何です?」


「はわわわわ……!? こ、これは流石に、無理ぃ……!!」


 ほぼ紐としか言いようがなかったり、明らかに遊ぶ際に着るためのデザインをしていない観賞用の物であったり……女性店員から渡された完全にアウトな代物を目にした有栖が、顔から火が出るのではないかと思わせるくらいの真紅に頬を染め、涙目になりながら悶える。


 このままでは、女性恐怖症の彼女が押し切られて新たなトラウマを作りかねないと判断した零は、楽しいお出掛けを守るため、勇気を振り絞って暴走する店員へとストップをかけた。


「あの! ……もう結構です。試着した水着は全部買うんで、会計お願いします」


「そうですか? でも、他にも色々といい物が――」


「こ、この後にも予定があるんで、それはまたの機会に!! 取り合えずここで試着はお終いってことで、お願いします!」


「そう、ですか……わかりました。ではワンピース型と競泳水着型、ビキニタイプの水着3着をご購入ということで。夏の日差しからお肌を守る麦わら帽子やサングラス、ラッシュガードなんかの取り扱いもございますが、ご一緒に如何でしょうか?」


「それもまたの機会で! 彼女が着替えている間に、会計を!!」


「はいは~い、了解いたしました~! では、レジへご案内しますね~!!」


 押しの強い店員だが、引き際も弁えているようだ。

 これ以上は時間をかけても零が迷惑がるだけだと判断した彼女は、即座に彼の要望を叶えるべく商品を手にレジへの案内を開始する。


 というより、もう十分に見たいものは見れたから満足したといった感じの彼女の反応に祈里と邂逅した時以上の疲労を感じながら、未だに頬を赤く染めている有栖へと振り返った零は、弱々しい笑みを浮かべながら彼女へと声をかけた。


「と、取り合えず、会計してくるから……有栖さん、着替えてレジで合流しよう。俺、待ってるから」


「あ、うん……ご、ごめんね、零くん……」


 謝る必要はない、十分に目の保養になったから。

 そんなことを言ったら有栖がパニックになる未来が訪れることを理解していた零は、口から出かかったその言葉を必死に飲み込んで笑みを見せる。

 そうした後、有栖が音を立てて試着室のカーテンを閉めたことを確認した彼は、大きな溜息を吐いた後に会計を行うべく、女性店員が待つレジへと歩いていくのであった。

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