試着、ついでに余計なお節介
……それから数分後、妙に落ち着いた雰囲気の2人は、モール内にある洋服店の前に立っていた。
夏を目前とした今の季節にぴったりの薄着の衣類や、今年の新作水着が飾られているガラスショーケースを軽く流し見しながら、先程までの緊張は何処へやらといった様子の零が口を開く。
「なんか、黄瀬さんのお陰で気分が落ち着いたっていうか、どっと押し寄せた疲労感に緊張が負けたっていうか……」
「う、うん……でも、お互いに覚悟が決まったって点はいいところ……だよね……?」
先の祈里との対面によって大きく体力と精神力を消耗した零と有栖であったが、彼女の言動に振り回されたお陰(せいともいう)で、逆に気分が落ち着くという予期せぬ収獲も得ていた。
ある意味ではとんでもない被害なのだが、今の彼らにとってはありがたいことこの上ない事態だ。
というわけで、この気持ちが掻き消えない内に最大の難所を突破してしまおうと考えた2人は、有栖の水着の試着のためにモールで1番お洒落な洋服店へとやってきたというわけである。
「れれれ、零くん。私、こういうお洒落なお店に来たことってないんだけど……!?」
「俺もだよ。っていうか、完全に女物の衣類がメインの店だから、アウェー感が半端ねぇ……」
値段もお手頃で可愛らしい服が並んでいる店内を見回した2人が、それぞれまた別の意味で緊張を覚えながら話し合う。
双方にとっても初めてである洋服店を見て回るという行為に若干の怯えを抱きつつも、こうしてまごまごしているとまた緊張感がぶり返してしまうと判断した2人は、意を決すると水着コーナーへと向かって歩き始めた。
「と、取り合えずさ、新衣装に近いタイプの水着を試着してみればいいんじゃない? あんまり過激なデザインを発注したわけじゃあないでしょ?」
「うん、そうだね……ワンピース型の水着にしたから、近いデザインなのは……これとか、かな……?」
そう言いながら有栖が手に取ったのは、オレンジ色をした上下が一体になっているタイプの水着だった。
胸の部分とスカートにフリルをあしらったその水着は、過激さを控え目にしつつ可愛らしさをよく引き出したデザインになっている。
このタイプの水着ならば有栖や羊坂芽衣にも似合うだろうなと考えながら、試着室を探すために周囲を見回す零。
こういったことは手早く済ませないと余計なトラブルが起きる気しかしないと、何かを焦るようにして目的のものを探す彼であったが、その行動自体がマズかったようだ。
「あ、お客様、何かお探しでしょうか~!?」
「げっ……!?」
「ぴえっ……!!」
周囲を見回して何かを探している零の姿を目にした店員が、満面の笑みを浮かべながらこちらへと近付いてくる。
100%の善意を胸に、店員としての使命を果たすために客である零たちの下にやって来たその女性店員は、有栖が手にしている水着を目にすると早速営業トークを始めた。
「水着をお探しなんですね!? そのタイプも可愛らしくて素敵ですけど、折角の機会ですし、色々と試着してみるのは如何です? 今年の新作とか、いいデザインの物が沢山入荷してるんですよ~!」
「あ、いや、その……こ、これにしようかな~って思ってたところで、試着室に案内さえしてくれれば、それで――」
「そんな恥ずかしがることないですよ、彼氏さん! こんなに可愛い彼女をお持ちなんですもの、どうせなら色んな水着を着た恋人の可愛い姿を見たいって思うのは変な話じゃないですから!!」
「か、彼氏っ!?」
「こここ、恋人……っ!?」
全くこちらの話を聞いていなさそうな女性店員の言葉に一気に顔を真っ赤にする零と有栖。
確かにまあ、周囲から見れば今の自分たちの姿は恋人同士にしか見えないんだろうなと今更ながらそんな気付きに至った2人が恥ずかしさに思考を停止させる中、これ幸いにと店員が有栖を拉致し、次々と商品である水着を手に取りながら試着室へと向かっていく。
「あっ、ちょっと! 店員さんっ!?」
「これと、これに、これも似合いそうですね~! 彼女さんも、折角なら彼氏さんが1番喜んでくれる水着を買いたいですよね? なら、色々と試さないと!!」
「あぅ、あぅ、あうぅ……」
エネルギッシュな女性に置いてきぼりになる零と、彼女に圧倒されたままの有栖。
特に有栖の方は元来の気弱な性格に加えて女性恐怖症と先の彼女の発言による動揺が組み合わさり、何一つとして抵抗の出来ないまま大量の水着と共に試着室へと放り込まれてしまった。
やっと零が彼女たちに追い付いた頃には、試着室のカーテンが音を立てて閉まっており……その中へと有栖を放り込んだ店員は、満面の笑みを浮かべて零へと話しかけてくる。
「では、少々お待ちくださいね。彼女さん、今、着替えてますんで!!」
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