なかなかの、難題

日曜日、2話連続投稿です!!


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「あ~……え~……有栖さん、このメモに書いてあることだけど……」


「う、うん……私が水着を着て、零くんに感想を聞けって書いてあるね……」


「ッスーー……そう、だよねぇ……」


 言葉にならなくなった声が口から空気として抜ける、なんとも情けない音を響かせた零が硬直した表情のまま有栖の言葉に同意する。

 どうか自分の見間違いであってくれという願いを一瞬で棄却された彼がちらりと有栖の様子を確認してみれば、赤くなった頬の熱を冷まそうとするかのようにストローに吸い付き、容器の中のレモネードをちびちびと飲んでいる彼女の姿が目に映った。


 なんという爆弾を投下してくれたんだという薫子への怒りと動揺が半分ずつの感情を抱きつつ、ポケットからスマートフォンを取り出す零。

 そこにデータとして収納されている『CRE8Animation』の台本を確認した彼は、アニメの山場となる騒動の展開を口の端をひくつかせながら確認していく。


『今回のアニメは、夏の新衣装に向けた羊坂芽衣の水着カットをお披露目回も兼ねる予定。本デザインは採用しないが、視聴者に期待を持ってもらえるような愛らしいデザインの水着を複数発注して――』


 ……と、そこまで台本の注意書きを読んだ零は、ここまで敢えてアニメの中身を確認しなかったことを後悔していた。

 よもや、こんな展開が待っていると知っていたら、有栖だって自分とデートすることを望まなかっただろうに……と考えながらも、もうここまで来てしまったのだから、どうしようもないと彼は思う。


 一応、このデートは薫子の指示の下に行われている仕事の一環だ。

 であるならば、社長である彼女の命令に従わないというのは、彼女の会社に所属する立場の人間として取ってはいけない行動だろう。


 問題は、それを自分たちがどう受け入れるかということだが……と、零がそこまで考えを深めたところで、中身のレモネードを飲み干した容器を有栖がテーブルの上に置く、トンッ、という音が小気味よく響いた。

 その音に反応して顔を上げた零は、先程よりも顔を真っ赤に染めた有栖がもごもごと口を動かしながら何かを言おうとしている様子を目にして、ごくりと息を飲む。


「あの、その……何か食べるのは、水着の試着が終わってからでいい? お腹、ぽっこりしちゃってるところを見られるの、恥ずかしいから……!」


 ややあって、羞恥に悶えるようにしながら声を絞り出した有栖が、涙を浮かべた瞳でこちらを見つめながらそんなお願いを口にする。

 デートに誘われた時と同様の破壊力抜群の上目遣いに一瞬意識を持っていかれた零は、その直後にがくがくと首を振ると、無言で彼女の頼みを了解してみせた。


「あぅ、あぁ……どうしよっか? 1着だけで許してもらえるかなぁ……?」


 恥ずかしがりながらも、心配しながらも、既に有栖は自分の水着姿を零に見せることを覚悟しているようだ。

 一度こうと決めたらそれを貫き通すだけの強さを持っている有栖の前向きさに感心した零は、自分もまた覚悟を決めるようにしてテーブルの下で拳を強く握り締める。


(か、考えてみりゃあ、見るだけの俺よりも下着姿とほぼ変わらない格好を見せる有栖さんの方が恥ずかしいに決まってるよな。それなのに、俺の方がびくびくしててどうするよ?)


 羞恥の度合いでいえば、まず間違いなく有栖の方が数段上であるはずだと考え直した零は、彼女の覚悟に応えるためにも自分がどっしりと構えていなければと気持ちを強く持った。

 しかし、即座に開き直ったり、美少女の水着姿を間近で見られるぞ~、と大喜び出来るだけの思い切りの良さを持っているわけでもない彼は、先程有栖がしていたように、ストローに吸い付いてレモネードを一心不乱に飲み干すことで冷静さを取り戻そうとする。


 初めてのデートで、女の子の水着姿を確認して、その感想を伝える……なんとも過酷で役得なミッションを課してくれたものだと、零は薫子に対して感謝したらいいのかそれとも恨めばいいのかわからなくなっていた。

 しかして、レモネードを飲み干すごとに心を少しずつ落ち着けていった彼は、空になった容器をテーブルの上に置きながら、緊張しているであろう有栖へと声をかける。


「と、取り合えず、さ……お互いに覚悟を決めるために、速攻で水着の試着に行くってのは止めておこうよ。ゲーセン行ったり、パフォーマーさん探したり、どこでご飯を食べるかを決めるために、まずはショッピングモールをぶらぶらするってことで……どう?」


「そ、そうだね。まだここに来たばっかりだし、ここを見て回りつつ心を落ち着かせて、その後に……あぅ」


 自分の水着姿を、零に見てもらう。その一言を発することに羞恥を限界まで振り切らせた有栖は、耐え切れない恥ずかしさに空になっている容器のストローに再び吸い付いてしまった。

 ずぞぞ~、という滑稽な音が響き、ちょっとだけ情けない姿を見せてしまったことに更に羞恥を募らせた彼女は、気恥ずかしそうに俯くともじもじと指を絡めたまま顔を真っ赤に染め、何も言わなくなってしまう。


「と、とにかく落ち着こう! これはあくまで仕事のためにするわけであって、俺たちには恥ずべき点は一切ないんだから! ね? ねっ!?」


 有栖だけでなく、自分自身にも言い聞かせるようにそんな言葉を口にした零は、激しく脈打つ己の心臓の鼓動に自分が平常な状態でないことを感じ取っている。

 この山場をどう超えるべきかと頭を悩ませながら、突如として出現した強敵に恐れ戦きながら……それと同時に、有栖の水着姿を見られることに期待している自分自身がいることにも気が付いてしまった彼は、これまでとはまた違った意味で顔を赤く染めるのであった。


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