というわけで、決定


「経験する? そのシチュエーションを?」


 沙織の言葉に首を傾げながら、彼女の発言をオウム返しする零。

 そんな彼に向けて小さく頷いた後、沙織が詳しい解説を行う。


「人間、経験したことのないことに対しては、ついつい頭でこんな時だったらどんな反応をするんだろう? って考えちゃいがちだけど、実際に経験したことなら、自分の経験則から感情の判別がつけられるよね? 今の有栖ちゃんの場合、色んなことで頭がいっぱいになっちゃってるからお芝居が上手くいかない。なら、頭で考えるんじゃあなくって、素の自分を出すような演技が出来るようになれば大丈夫なんじゃないかな~、って」


「ああ、なるほど。そういうことっすか……」


「まあ、これって使える状況が限られてるんだけどね。自分の性格と全く違う人物を演じる際には全く役に立たないし、そもそもファンタジーなお話や犯罪に手を出すような作品だと、実際に経験するもなにもないんだけどさ」


 理由と問題点を解説した沙織が、そこでお茶目に肩をすくめる。

 ふむふむと頷いて彼女の話を聞いていた零は、なんとなくではあるがその助言の意味を理解出来るようになっていた。


 要するに、役作りの一環としてそのキャラクターと同じことをしてみろ、ということだ。

 沙織の言う通り、プレッシャーで鈍くなっている頭でこの場面をどう演じるかを考えながら収録を行うよりも、反射的に出た素の自分の姿を晒す演技の方が今の有栖には合っているかもしれない。


 沙織が挙げた問題点も、今回の場合ならば実現不可能というわけでもないし……と、そこまで考えた零であったが、ふとそこでまた別の問題点に気が付いてしまった。


「いや、でも、これって実質不可能なんじゃないっすか? だってその場合、俺と有栖さんが……ねぇ?」


「……? 何か問題があるの~?」


 役作りの方法に無理があると述べた零へと、きょとんとした様子で視線を向けながら理由を問い質す沙織。

 若干の気まずさを感じながら、言葉を選ぼうとして、沙織が相手だと遠回しな発言が意味をなさない可能性に思い当たった零は、溜息を1つ口にした後にその理由を告げる。


「だって、実際にそれを経験するってことは、有栖さんが俺と2人でどっかに行くってことじゃないっすか。流石にそれはマズいと思いません?」


 そう、そういうことだ。

 今回の『CRE8Animation』の内容は、枢と芽衣が2人でショッピングモールを回るデート回。それを実際に経験するとなると、有栖は零とデートをすることになってしまう。

 恋人でもない男女が役作りのためだけにそんなことをするのは気が引けるし、万が一にもこのことがファンにバレたらまた炎上する危険性がある。

 そういった諸々の事情を含めて、沙織の提案を却下しようとした零であったが……そんな彼に対して、目の前の女性とその隣に居る自身の叔母が、全く同じ言葉を口にしてきた。


「「え? なんで? むしろ好都合じゃない?」」


「……はい?」


 発言の内容も、声を発するタイミングも、全く一緒。

 示し合わせたんじゃないかと思えるくらいに息ぴったりな言動を見せた沙織と薫子の様子に嫌な予感を覚えた零が、2人へと訝し気な視線を向ける。


 そんな中、彼女らは顔を見合わせると、零の意見を真っ向から否定するようにして自分たちの考えを述べ始めた。


「だって零くんと有栖ちゃんでしょ~? 今更デートの1回や2回でどうこう言われる仲じゃないって~! 有栖ちゃんのご飯も作ってあげることもあるんだし、お家デートがお外に出掛けるデートになっただけだよ~!」


「いや、別にお家デートもしたことないですからね? 俺たちはただの同僚であって、そういう関係じゃあないんですからね?」


「わかってるよ~! でも、2人なら安心してデートに送り出せるというか……万が一のこともないだろうし、あったとしても別に大丈夫かな~……って思えるじゃない?」


「思わないでください。あと、万が一の可能性にも思い当たらないでください」


 からからと笑いながら危ない発言を繰り返す沙織に冷静な突っ込みを入れる零。

 ファンたちだけでなく、同僚からも自分たちはそんな風に見られているのかと気恥ずかしさを感じた自身の顔が熱くなることを感じる中、今度は薫子が口を開く。


「沙織の言うことはちょっとズレてるが、大まかな部分では私も同意するよ。あんたの性格は熟知してる。この機に乗じて有栖をどうこうするような下種な考えを持つ男じゃあないってこともわかってるから、安心してこの役目を任せられるさ」


「いや、でも、薫子さん――」


「これも仕事の一環だよ、零。マズいと思ったら秘密にしとけばいいだけだし、たったそれだけの行動で収録が上手くいくんだったら、お前も協力すべきだとは思わないのかい?」


 ギラリ、と鋭い視線を自分に向ける薫子の姿に、零が言葉を詰まらせる。

 確かに彼女の言うことも間違ってはいないし、世間に顔を公表しているわけでもない自分たちが2人で出かけたところで、正体が露見した上にそのことが拡散されて炎上するだなんて可能性はほぼほぼ皆無に等しいだろう。


 その程度のリスクを負うだけで有栖の収録が楽になるというのなら、自分も協力しなくもないが……と思いつつ、やはり若干の気後れを感じてしまう零。

 はてさてどう返事をしたものかと悩んでいた彼であったが、何者かにくいくいと服の袖を引っ張られる感触にそちらを見やった彼は、自分以上に顔を赤くした有栖が上目遣いでこちらを見ている姿を目にしてどきりと心臓の鼓動を跳ね上げる。


「あの、その……本当に、零くんには迷惑をかけるし、私みたいな子と2人で出かけるだなんて嫌なんだろうなとも思ってるし、凄く自分勝手なお願いだってこともわかってるんだけど……やっぱり、これ以上スタッフさんや薫子さんに迷惑をかけなくするためにも、少しでも自分にやれることはやっておきたいの。だから、その、零くん――」


 1つ1つの言葉を選び、緊張で声を震わせながら、涙目になった有栖が長い前置きを口にする。

 前髪の隙間から覗く彼女の目に、本気の願いを感じ取った彼の心臓が数秒間停止する中、意を決した有栖がその願いを彼へと告げた。


「私と、デート……してくれませんか?」


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