かに座の心に、Vサインを


『はいた~い! みんな、久しぶり~! 花咲たらばの配信、はっじまっるよ~!!』


【待ってた! お帰り、たらばちゃん!】

【ゆっくり休めた? もう大丈夫そう?】

【久しぶりのたらばの配信、楽しみにしてたよ!】


 一方、同じ頃。沙織こと花咲たらばも自身のホームグラウンドである配信プラットフォームにて、長い休止からの復帰配信を行っていた。

 【SunRise】の配信と同じように多くのファンたちからの温かいコメントに迎え入れられながらも、彼女たちの配信とは真逆に件の事件について触れようとするリスナーたちはいない。


 当然だ、彼女は花咲たらばであって、喜屋武沙織ではないのだから。

 Vtuberは中の人の存在を認めるわけにはいかない。故に、魂について言及することも出来ない。

 たらばのリスナーたちもその辺りのことを弁えているため、彼女に【SunRise】や【ワンダーエンターテインメント】との関わりについて問い質す真似をしようとする者はいないのだ。


 そしてそれは、たらばこと沙織自身も同じだ。

 どれだけ李衣菜たちとの和解が嬉しくとも、彼女たちと交わした新たな約束と夢について語りたくとも、それを表立って話すことは出来ない。


 それが、Vtuberに課せられた面倒臭い制約というやつなのである。


『色々と悶着があった歌配信から結構間が空いちゃったからね~。本当にみんなにはご迷惑をお掛けしました、ごめんなさい。また楽しく観てもらえるような配信が出来るよう、頑張っていくさ~!』


【頑張って! 応援してる!!】

【歌配信観たよ! 実質2期生コラボになってて凄かった!】

【今度は全員が揃っての配信が見たいな!!】


『やっさー。2期生のみんなにも協力してもらえて、本当に良い配信が出来たって私も思ったよ~。改めてだけど、同期のみんなにもお礼を言わないとだね~』


 しみじみとそう語りながら、自分が得た新しい仲間たちのことを思う沙織。

 李衣菜たちとはお別れになってしまったが、Vtuberに転生した自分には【CRE8】で得た頼りになる仲間たちがいる。


 自分のために炎上覚悟で音声データを送ってくれた4人の同期たちに改めて感謝の気持ちを抱いた彼女は、その中でも一段と感謝している人物の名前を出した。


『特に枢くんには感謝しないとね。色々と、迷惑かけちゃったからなぁ……』


【確かに巻き込まれて炎上したけど、枢はそんなの気にしてなさそう。あいつ、漢気あるから】

【ウホッ、いい男……!!】

【割と冗談抜きにCRE8のメイン盾になってる感あるよね。炎上してるところから同僚を助け出すレスキュー隊員みたいな活躍してるし】


『あはは、確かに! こりゃあ、芽衣ちゃんが頼りにして当然って感じだよね~!』


 思えば、本当に零には迷惑をかけた。

 自分を燃やそうとした静流が前準備段階に彼を利用して炎上を引き起こしたことから始まり、李衣菜たちとの仲介や自分が過去と向き合うための心の整理をつけるための手助け、更にはライブに潜入して【SunRise】メンバーにメッセージを伝えた上に、自分と李衣菜との疑似的なデュエットステージのお膳立てまでしてくれたのだ。


 本当に……幾ら感謝しても足りない。言葉だけではこの恩は返し切れない。

 これから先、零にはVtuberとしての活動を通じてこの感謝の気持ちを表していこうと、沙織はそう固く胸に誓った。


『……これから先もね、いっぱい迷惑かけるし、心配もさせちゃうと思うけど、一生懸命頑張るから、みんなにも応援してほしいな。おっきい会場でみんなの声援を浴びながらライブすることを目標に、花咲たらば、勝利のVサインを合図に頑張ちばっていくさ~!!』


【うんうん、ちばりよ―!!】

【たらばなら絶対に目標を達成出来る! 俺、信じてるから!】


にふぇーでーびるありがとう、みんな! さてさて、その夢を叶えるためにも、まずは3Dの体を手に入れなきゃいけんよね~。そのためにはチャンネルの登録者さんを増やさなきゃだし……まあ、要は頑張っていくしかないってことさ~!』


【たらば3Dか……炎上で注目浴びたお陰か滅茶苦茶登録者増えたし、そう遠くないうちにゲット出来そう】

【3Dモデルになったらたらばの南国果実も忠実に再現されるんですか!? もぎたてフレッシュぱいんぱいんなんですか!?】


『あははははっ! 正直なのはいいことだ! まあ、普通に考えればそうなるはずさ~。逆に萎むことってあるんかね?』


【他箱だと2Dモデルは巨乳なのに3Dになったら貧乳になった子とかいたな。それはそれでどっちも楽しめるからありだって箱推しファンは言ってたけど】

【たらばのキャラクター的に小さくなることはないでしょ。問題は、どのくらいのサイズになるかだ】

【間違いなく2期生ではNo1の巨乳。あとは1期生が誇る爆乳たちに太刀打ち出来る大きさなのかどうか……!?】


『お~……確かにその辺のことは気になるね~。でも、私には自分と他の人とのおっぱいの大きさの差っていうのがいまいちわからないんだよな~……しょうがない、ここはそういうのに詳しそうな枢くんに聞くさ~!!』


【おっとぉ、これは……?】

【ヤバい、逃げろ枢!! また燃やされるぞ!!】

【真の敵は味方のふりをしている、はっきりわかんだね】


 何気なく、普段の軽いノリでかなり危険な発言をした沙織は、まだリスナーたちの反応に気が付いていない。

 彼女からしてみれば、男性であり、自分の胸の大きさをよく知っているであろう零に先輩Vtuberとのサイズの差を聞こうという純粋な気持ちからの行動なのではあるが、周囲の人間から見れば、それは爆薬を容量いっぱいに詰め込んだ倉庫に火炎瓶を投げ込むような凶行であった。


『いや~、でもどうかな~? 枢くんも私と芽衣ちゃん以外のおっぱいの大きさは知らないだろうしな~……もうちょっとして、先輩たちと関係を持ってから改めて質問することにする?』


【やっぱりくるるんは芽衣ちゃんのバストサイズを知ってるんですね、解釈通りです】

【奴は巨乳派なのか、それとも貧乳派なのか? それによって我々の取る行動が変わってくる】

【巨乳派ならば俺たちは許す。だが、貧乳派のこいつらが許すかなぁ!?(俺たちの行動が変わっても枢の運命は変わらない模様)】

【先輩と関係を持ってからって、なんかえちちですね!!】


『お~? ん~? あれぇ……?』


 そこでようやく流れてくるコメントが少しずつ不穏な空気を纏い始めたことに気が付いた沙織は、なんだか前にもこんなことがあったような気がするなというデジャヴを感じると共に小さく唸る。

 マズいことになっているぞと直感を覚え、何処に問題があったのかなと視線を上にあげてこれまでの発言を振り返った後、取り合えず自分はいきなり恩人に迷惑をかける羽目になったようだと判断した彼女は、それらを誤魔化すような明るい笑みを浮かべながら、こう言った。


『もしかして私、またなんかやっちゃった?』

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