エピローグ、へびつかい座は今日も燃える
「……ああ、今日もいい天気だなぁ……!!」
カーテンを開け、外から差し込む眩しい日差しを浴びた零が誰に聞かせるわけでもない独り言を呟く。
清々しい朝の訪れと、窓の外に見える慌ただしい日常の風景に笑みを浮かべた彼は、そっとベッドに腰掛けながら物思いに耽っていった。
「ようやく喜屋武さん絡みの問題も解決したし、休んでた配信も復帰出来る目途が立った。諸々の騒動のお陰でチャンネル登録者も増えに増えて5万人も余裕で突破して10万人目前だし、なんだかんだで色々と上手く収まったな」
再び、独り言をぽつり。
沙織や【SunRise】メンバーを中心とした各事務所を巻き込んだ事件もようやく解決を迎えた。
2年前からかけられていた沙織の嫌疑も晴れ、【SunRise】も再出発を切り、完璧とまではいえないが十分にハッピーエンドと呼べるような結末は迎えたはずだ。
その余波というか、瓢箪から駒が出たというべきかはわからないが、炎上に巻き込まれた零たちのチャンネル登録者も1か月前と比べて倍近くにまで跳ね上がっている。
特にその色が顕著なのが沙織こと花咲たらばで、おそらくは過去のファンや現在も【SunRise】の追っかけをしているファンたちを取り込んだ結果、なんと2期生で初のチャンネル登録者数10万人突破という偉業を成し遂げているくらいだ。
しかも、そんな彼女に次いで登録者数2位につけているのがまさかまさかの蛇道枢とくれば、もう驚きに言葉を失うしかない。
デビュー直後は男性だというだけでボコボコに叩かれ、【CRE8】史上類を見ない大炎上を引き起こした自分が、今や同期たちの中で2位。
未だにこれは夢なんじゃないかという思いに駆られながら、確かに脈打つ心臓の鼓動に現実を感じた零は、ふぅと大きく息を吐くと視線を窓の外の景色から部屋の内部へと移す。
「さ~てと、独り言はここまでにしてっと……取り合えず――」
遠く、物悲し気な眼差しを、窓の外からサイドボードへと……その上に置いてあるスマートフォンへと向ける零。
明るい内容であるはずの独り言に反した、非常に無機質な笑みを浮かべている彼は、自分の仕事用のスマートフォンを見つめながら、小さく呟く。
「――
通知、通知、通知、通知……止まることのない通知が、事の異常性を物語っている。
この数か月のVtuber活動の中で習得した第六感がけたたましい警報を鳴らしていることから察するに、これは間違いなく碌でもないことが起きているパターンだ。
ようやく問題が解決したのに、今日からまた活動に戻ろうと思っていたのに……その第1歩目からいきなり障害にぶち当たったような感覚を覚えた零は、口元をひくつかせながら大声で叫ぶ。
「また……炎上かよぉぉぉっ!?」
なんだかこんなことが1か月前にもあったような気がする。というか、そっくりそのまま同じことが起きていないだろうか?
よもや、自分はタイムリープして同じ場面を繰り返しているのではないか……という疑念を抱いてしまうほどに覚えのある場面に遭遇した零は、キリキリと胃が痛む感覚から現実味を味わいながらも、この現実がどうか夢であってくれと全力で願っていた。
「よ~し、わかった。今回は俺も相当に暴れたからな。炎上する材料は揃ってたんだ、甘んじてこの扱いを受け入れてやるよ」
どうかこれが悪い夢であってくれと神に祈りながらも、これが紛れもない現実であることを理解している零は、数度の深呼吸の後にそんな言葉を吐きながら覚悟を決めたようだ。
信じられないくらいに通知音を響かせるスマートフォンを手に取り、寄せられている暴言メッセージを想像しながらSNSを開いた彼は、そこに寄せられているファンたちからの言葉をしっかりと読み込んでいった。
【Vtuberとアイドルを同時に攻略するな。お前はハーレムでも作るつもりなのか?】
【死ね! 取り合えず死ね! もげて爆発して死ね!!】
【SunRiseのピンチを救ってくれたことには感謝しますが、その最中で新しい炎上の火種を作ってしまっては何の意味もないのではないでしょうか? あなたはバーチャル世界のVtuberであり、彼女たちは現実で活動するアイドルです。双方が必要以上に絡むことは避けるべきであり、恋愛関係を想起させるような親しい交流なんて以ての外だと考えるべきでしょう。その辺りのことを弁えて活動してください】
「……はぁ、はぁ、ほう?」
【枢、見損なったぞ! お前はおっぱいに負けるような男だったのか!? 芽衣ちゃんへの愛はどうした!?】
【Vtuberに転生した俺、燃えながら超人気コンテンツに成り上がる! ~同期もアイドルもお姉さんもファンも、全員俺のガチ恋勢!!~】
【お前が誰を選んでも俺の気持ちは変わらないぞ。芽衣ちゃんか、たらばか、俺か……枢の好きな相手を選んでくれ】
「ははぁ~、なるほどね……」
本気の怒りが込められた暴言&殺害予告&長文メッセージが半分。明らかにネタだと一目で理解出来る面白おかしいクソメッセージが半分。
これを見た時、なんとなく零はこの炎上の火種がわかったような気がした。
前者の洒落にならないメッセージを送っているのは花咲たらばや【SunRise】のファンである人間たちで、後者はその炎上に乗っかってネタを送り込む枢のリスナーたち。つまりは、アイドルファンとVtuberファンが手を組んで、自分を攻撃()しているのだ。
おそらくは、沙織や李衣菜たちが不用意に蛇道枢について言及し、ガチ恋勢の逆鱗に触れるような発言をしてしまったんだろうな~……という、完全なる答えまで辿り着いた零は、大きく溜息を吐いた後に1か月前のように防音室へと向かう。
のそのそと部屋の中に入り、扉を閉め、大きく呼吸を繰り返しながら……改めて、彼はファンの心理というものを考え直していた。
自身が静流に語ったように、ファンたちがこんな行動を取るのは彼らが本気で自分や沙織、【SunRise】の面々を応援してくれているからだ。
全力で、本気で、タレントとして活動している自分たちを推してくれている彼らには本当に感謝しているし、その行動が引き金となって巻き起こる炎上に関しても、彼らの熱が凄まじいものだからこそそうなるのだと、零も一定の理解を示している。
だが、しかし、やっぱり……こうしてその炎の中に自分が巻き込まれ、しかも自分に殆ど非がない状態で多数の火炎瓶を投げ込まれるという状況に陥った時には、正直に言ってこれ以外の言葉が出てこない。
「やっぱ、お前ら、全員……クッソ、めんどくせぇぇぇぇぇぇっっ!!」
防音室に零の本気の絶叫が響き渡る。
こんなことになるのなら、ファンたちの面倒臭い行動を擁護するんじゃなかったと本気で思いながら、想像を絶する勢いで投げ込まれる大量の暴言メッセージへの対応に四苦八苦する零は、何もかもがどうでもよくなるような倦怠感を覚えながらも必死に火消し作業に没頭するのであった。
……なお、【SunRise】と深い関わりを持ったことで炎上した蛇道枢に対して、アイドルファンたちは『太陽に近付き過ぎた男』、『燃えても堕ちても生きてるイカロス』等々の異名を付け、ある種の尊敬の念を送るようになったそうな。
そして、古参の蛇道枢ファンであるリスナーたちは、炎上は切っても切れない関係性にある枢の本気の炎上に『それでこそ俺たちの枢だ!』と何故だか歓喜していたという。
常に燃えて煌々と赤い光を放ち続けるへびつかい座は、今日も沢山のファンと仲間たちに囲まれながら、その輝きを以て自身の存在を証明し続けるのであった。
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ここまで本作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。
『Vtuberってめんどくせえ!』第2部、これにて終幕です。
新キャラを出しつつ、前世や魂といったVtuberならではの炎上について描いてみたお話は如何だったでしょうか? 皆さんに楽しんでいただけるような、満足してもらえるような物語として仕上がっていると思えていただけたなら幸いです。
思えば、2部の投稿を始めたのが2月の中旬くらいで、そこからおよそ2か月もの間、皆さんには自分の書くお話に付き合っていただいたことになります。
毎日投稿なんて出来ない! なんて思っていましたが、昨今のご時世のお陰(こういってはいけませんね)で在宅時間が長くなり、カクヨムコンの読者選考を突破出来たことでテンションが上がり、なんだかんだでモチベーションを高く維持出来たからか、最初から最後まで出来ちゃいましたね(笑)
モチベーションを維持出来たのも、大半は皆さんからの応援があってのことです。
毎日のように沢山の感想を頂き、面白い、楽しい、続きが気になる……とのお言葉が、自分を励まし、奮起させてくれました。
本当に、ありがとうございます。それ以外の言葉が出てきません。
このままこれからも毎日投稿を! ……といいたいところなのですが、やはり緊急事態宣言が解除され、日常が平常に戻りつつある今、自分も仕事をはじめとした私生活が忙しくなり、なかなかに執筆の時間が取れなくなっています。
3部のお話もざっくりとは考えてはいますが、これを更にブラッシュアップするには時間が必要ですし……近いうちに、この連続投稿の日々にも終わりが訪れそうです。
ですがご安心を! 3部に入る前に皆さんからいただいたマシュマロを消化する配信や、今回出番が少なかった有栖(芽衣)をメインとしたお話、更には【CRE8】1期生をちょろっと出すようなお話を書き切るまでは、もう暫く投稿を続けるつもりです!(少なくともGW期間は途切れさせません! これは絶対です!!)
詳しくはまた近況ノートの方で報告すると思いますので、気が向いたら自分のユーザーページを確認してみてください。
最後にもう1度改めてここまでこの小説を読んでくださった皆さんに深い感謝を。
皆さんの応援に恥じない、楽しいお話をこれからも書き続けることで、感謝の気持ちを表したいと思っています。
長くなりましたがあとがきも以上です! 本当の本当に、ありがとうございました!
烏丸英
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