SunRise、陽はまた昇る
『――そうね。正直に言えば、ワンダーを抜けて別の事務所に移籍するって話も出たわ。このタイミングで独立したりする人もいたし、そういう人から一緒にどうって誘われたこともあったし、今回の件でお世話になった【CRE8】さんの社長からも、私たちが望むならば知り合いの芸能事務所を紹介するって言ってもらえたしね』
【やっぱりそういう話も出てたんだ。どうしてワンダーに残ったの?】
【いっそのこと、沙織ちゃんみたいにVtuberになるのも悪くなかったんじゃない?】
『う~ん……まあ、幾つか理由はあるけど……【SunRise】でいたかった、っていうのが大きな理由かしら』
カラン、と氷の転がる音を響かせながらグラスを傾けて泡盛を口に含む李衣菜。
彼女に代わり、他の【SunRise】メンバーたちが自分たちの心境と決断について話していった。
『みんなも知ってると思うけどさ、【SunRise】ってグループ名は、私たち全員の名前のイニシャルを取って名付けたものなんだよね。だから、結構思い入れがあるっていうか、なんていうかさ――』
『いなくなってしまった人もいる、アイドルを続けられなくなってしまった人もいる。だけど、その人たちの想いも【SunRise】の名前を掲げている限りは、私たちが背負えるんじゃないかって思うの』
『他事務所に移籍したら、この名前もそのまま使えるかどうかわからないですからね。いなくなってしまった人たちも、姿は見えずとも一緒にいる。【SunRise】っていうアイドルグループでいる限りは、私たちはずっと一緒にいられるって思えるからこそ、その名前に拘っているんです』
【でも、結構大変じゃない? 今のワンダー、人が抜けたり炎上したりでガタガタだしさ】
【みんなが決めたことなら応援するけど、正直に言えばワンダーから離れて再出発を図ってくれた方が安心出来たかな……】
『そういう人たちの意見も受け止めた上で、私たちはこれからも今の事務所で頑張っていきたいと思ってます。確かに今、【ワンダーエンターテインメント】は大変な状況かもしれないけど……私たち【SunRise】がそれを立て直して、むしろこれまで以上に凄い事務所にする勢いで活動していくつもりです!』
『よく言った! それでこそ世界一のアイドルを目指す【SunRise】のメンバーよ!!』
『えへへ~! 李衣菜さんに褒められちゃいました~!』
【恵梨香ちゃんかわよ。やっぱこの姉妹感のあるコンビ最高やな】
【恵梨香ちゃんもそうだけど、騒動を経験してみんな逞しくなったよね。見てて強くなったのがわかる】
【ワンダーの立て直しも、世界一のアイドルになる夢も、みんななら絶対に叶えられるよ!】
『ありがとう! ……必ず、世界一のアイドルになってみせるわ。そして、その先で必ず……!!』
遠い遠い海の果て、同じ道を真逆の方向に進んだ親友のことを思いながら、李衣菜は決意を新たにする。
それは本当に遠い回り道で、何よりも困難な道のりで、踏破するのに途轍もない労力と時間が必要となる道なのだろう。
それでも、自分は信じている。この道の先には、親友と立つ最高のステージがあるということを。
必ず、彼女はそこに辿り着く。
バーチャル界で1番のアイドルになるという夢を叶えて、遠い遠い回り道を突き進んで、世界を半分回って、そのステージにやって来る。
だから自分も進むのだ、この途方もない回り道を。
暗く深い海の底を、信じられる仲間たちと共に、親友が待つ煌く夢のステージに向かって進み続ける、そう決めた。
沙織と交わした約束を現実のものとするためになら、どんな困難だって乗り越えてみせる。
だって、そう、自分たちは――
『私たちは【SunRise】、昇る太陽よ。何度沈もうとも、雲に遮られようとも、必ず空高く舞い上がってみせるわ。そして、この世界を照らしてみせる……絶対にね』
【李衣菜さん、カックイイーッ! 流石は世界一のアイドルになる女!】
【センター兼リーダーになって大変だと思うけど、頑張ってください!】
【これからもずっと応援し続けます! SunRise最高!!】
『ふふっ、みんなも応援ありがとうね。私たち全員で、これからも一丸となって頑張っていくわ。応援、よろしくね』
騒動を乗り越え、深まったのはメンバー同士の絆だけではない。
あれだけのことがあって、脱退者まで出した自分たちを変わらずに応援し続けてくれるファンたちとの関係性もぐっと近づいたことにはにかみながら感謝の言葉を告げた李衣菜は、無数に送られてくる彼らの応援の声に胸を弾ませていた。
『なんかホント、色んなことがあったよね……ちょっと前まで下手をしたら解散かも、みたいな状況だったとは思えないや』
『私もそう。でも今になって思えば、こっちの方が普通なのよね。異常な状況に身を置いてると、それが普通に思えちゃって……って、やつだったんじゃない?』
『いつの間にか本当に仲が悪くなってましたもんね。今はすっかり元通りですけど、一歩間違えていたら【SunRise】解散、みたいなことになっちゃってたかもしれないって考えたら、今の状況は奇跡ですよ』
『まあ、その奇跡を起こせたのは私たちだけの力じゃ……って、そうよ、祈里! あんたに聞きたいことがあったの!』
『はい? なんでしょうか?』
『いや、視聴者のみんなも含めて全員が思ってるわよ。後ろの、何!?』
そう言いながら、珍しくテンションが上がった李衣菜がPCに取り付けられているWebカメラに向かって指を突き付ける。
彼女が何を言わんとしているかを理解した祈里は、キラリと眼鏡を輝かせると……自身の背後にある壁に額縁に入れて飾っていた1枚の色紙を手に取り、それを配信を観ている全員に見せつけながら、李衣菜からの質問に答えた。
『何って、サインですよ。今回私たちが色々とお世話になった蛇道枢さんのサイン』
『いや、どのタイミングで描いてもらったのよ!? っていうか、完全に見せつけるために後ろの壁に飾ってたでしょ!?』
『ええ、まあ。【CRE8】さんとの関係性が良好である証明になるかな、と』
『……本音は?』
『自慢です、はい』
おくびもなく本音を口にした祈里に対して、【SunRise】メンバーも配信を観ているリスナーたちもついつい噴き出すと共に気持ちを弾ませたようだ。
真剣な話題から楽しい話題へと状況が移り行く中、メンバーたちは謎に包まれていた祈里のプライベートな部分について話し始める。
『いや、でもびっくりしたわよ。あんたってばVtuberが好きだったのね』
『観てて面白い配信ばっかりですよ。特に【CRE8】さんは2期生が入って勢いが増してますし、1期生の先輩たちも素晴らしい方々ばかりですので』
『で、その中の推しが今回私たちがお世話になった蛇道枢くんだと?』
『はい。【CRE8】初の男性Vtuberにして、数々の炎上を乗り越えてファンたちの信頼を勝ち取った、色んな意味で熱い方です。調べてみると、応援したくなると思いますよ』
『うわ、ガチじゃん。そこまでゾッコンだともう恋じゃん』
『ああ、安心してください。私はガチ勢ですけど、ガチ恋勢ではないので。むしろくるめい過激派なので、そういった心配はせずとも大丈夫です』
『わかんない、わかんない! あんたの言ってること、何一つとして私たちに伝わってないから!』
どっ、とミステリアスな雰囲気を崩し、親しみやすさとオタク気質を全開にして蛇道枢について語る祈里の姿にメンバーが笑いながら突っ込みを入れる。
そのまま話の流れはなんというべきか、ある意味では沙織よりも深く関わることになった蛇道枢(零)についての話へと続いていった。
『いや~、でも本当に枢くんにはお世話になっちゃったよね。特に恵梨香、あんたは感謝すべきでしょ!』
『それはどっちかっていうと私たちの方じゃない? 彼が恵梨香を受け止めてくれなかったら、あそこでライブが中断されてたかもしれなかったんだし……』
【え、なにそれ? なんか新情報出てる?】
【恵梨香ちゃんを受け止めたってなによ? 物理的に? 精神的に?】
『改めて考えてみると、蛇道さんが色んな部分で私たちに手を貸してくれたからこそ、こうして色んなことに決着がついて、新しいスタートを切れたんですよね。いつか機会があったら、お礼言わないとな……』
『なんか私もサイン欲しくなってきちゃったな~……祈里~、どうして私たちの分も描いてもらわなかったのよ~!?』
『そこは頑張った自分自身へのご褒美ってことなんで。欲しければ奈々さんも機会を改めて頼んでみてください』
【悲報・SunRise全員Vtuberに攻略されている模様】
【蛇道枢……許せねえ……!!】
きゃいきゃいと楽し気に騒ぐ【SunRise】メンバーの様子を微笑ましく見守りつつも、リスナーの間には段々と妙な空気が漂い始めている。
そんな彼らの様子にも気付かず、純粋に今回のMVPとも呼べる零への感謝を告げようとした李衣菜は、抜群のルックスを活かした如何にもアイドルらしい完璧な行動でそれを行い、画面の前のリスナーたちを悶絶させてみせた。
『ありがとうね、枢くん。今度【SunRise】のライブに招待して、最高のパフォーマンスを見せてあげるわ。楽しみにしてちょうだい、ちゅっ♡』
気障っぽく、可愛らしく、人差し指と中指を唇に当ててからの投げキッスを飛ばす李衣菜。
ウインクも付けた半分ネタ、半分本気のその言動を目の当たりに出来たリスナーたちは大いに喜ぶと共に……李衣菜からの感謝の気持ちを一身に浴びる男へと、言いようのない気持ちを燃え上がらせていく。
祈里をはじめとした【SunRise】メンバーをここまで夢中にさせ、妹分の恵梨香を抱き留め、センターであり自分たちから絶対の憧れを寄せられる李衣菜にここまで言わせた彼に勿論感謝はしているが……若干、苛立ちの方が勝ったようだ。
自分たちの行動が零を着実に追い詰めているということを、これっぽっちも気付かずにいる李衣菜たちは、そこからも楽しく配信を行い、リスナーたちやメンバー間の交流を深めるひと時を堪能するのであった。
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