そして、残された者たちは


「……終わったんだね、全部。やっと、終わったんだ……」


「うん、そうだね……」


 【CRE8】と【ワンダーエンターテインメント】、2つの芸能事務所によるタレントをも巻き込んだ話し合い……いや、2年前から続く一連の事件の犯人探しが終わった応接室の中で、李衣菜と沙織が呟く。

 スタッフたちは薫子の促しによって退室済みで、悪行を暴露された静流も【ワンダーエンターテインメント】の重役たちと共に新たな話し合いのためにこの場から消え去っている。


 今、この部屋の中にいるのは、双方の芸能事務所の所属タレントのみ……つまりは、【SunRise】のメンバーとVtuberたちだけということだ。


「この短い期間に色んなことがあり過ぎたよ。ホント、まだ全部夢だったんじゃないかって思うくらいだ」


「私もそうさ。これで全部の決着がついたって、まだ思えていないもの……」


 Vtuberとして転生した親友との再会。

 そこから始まった2年前の事件の掘り返しと、対立したファンたちによる炎上。

 双方の直接対決だと言われたライブと歌配信のぶつかり合いに、そこで行われた2年ぶりの変則デュエットと、その中で改めて実感した本当の自分の想い。

 そして……【SunRise】の歯車を狂わせていた裏切り者の特定と、彼女との決着。


 これがほんの数週間という短い期間に立て続けに起きたのだから、渦中に放り込まれた者たちが終息を実感出来なくてもおかしくはない。

 【SunRise】とVtuber、それぞれの代表ともいえる李衣菜と沙織の呟きが、それをよく表していた。


「沙織と阿久津くん、それに入江さんだったわね? ……色々と迷惑をかけてごめんなさい。あなたたちには世話になったわ」


「そんなこと、気にしなくていいよ。それより、李衣菜ちゃんたちの方こそ大丈夫なの? これから先、きっと【SunRise】は悪い意味で世間から注目を浴びるよ。デビューしたての大事な時期に、そんなことになったら――」


「それはあんたも同じでしょ。今は自分のことだけ考えてなさい。お互い、少なからずショックは受けたんだしね」


「……うん」


 2年前の事件の全てが世間に明るみになることはないだろう。

 しかし、このまま静流が【SunRise】のメンバーとしてグループに在籍し続けることは、絶対にあり得ないはずだ。

 彼女のしでかしたことから考えれば、グループからの脱退は勿論、【ワンダーエンターテインメント】からの退所処分も十分にあり得る事態である。


 このタイミングで、メンバーの1人が抜けたということになれば……どんなに勘の鈍い者でも、これがどういう意味を持つかが理解出来るはずだ。


 件の裏切り者は代永静流で、彼女は自分のしたことへの責任を取るor取らされるために実質的に引退へと追い込まれた。

 そうなった時、残された【SunRise】メンバーの進退はどうなるのか? グループ自体は存続するのか? そして、被害者である沙織は何を語るのか? という部分に注目が集まるのは間違いないだろう。


 双方共に、これから世間からのあまりよろしくない注目を浴びるわけだが……沙織の方は、どうとでもなる。

 Vtuberは魂の問題に対して自分から何かを発信することは出来ない。故に、これまで彼女や零はそういった疑惑に対して反論を許されなかったわけだが、それは逆を返せば、言及しない尤もな理由が存在しているということになるのだ。


 この件についてしつこく聞き出そうとするファンやアンチがいても、答えることが出来ない理由が明確に存在している以上、誰もそれを沙織に強要することは出来ない。

 これまで彼女たちを苦しめていたデメリットがメリットへと形を変えたお陰で、沙織こと花咲たらばが受けた被害は最小限に抑えることが出来ているが……問題は、【SunRise】メンバーの方だ。


 静流の脱退に関しての質問責めや、今後の活動に関しての説明のための会見、進退をどうするかということもファンに解説しなければならないし、騒動は少なく見積もっても1か月は続くだろう。

 デビュー直後からとんでもない躓きを喰らった彼女たちの今後を考えれば、この事態は致命的な被害と言って差し支えない。


 それでも……李衣菜は、そんな自分たちのことなどを心配するなと沙織に告げた。

 これ以上はもう彼女を巻き込むことは出来ないと、過去の事件やそこで受けた傷の痛みを乗り越えて再びアイドルとして舞台に立つための夢を叶えるためにVtuberへの転生を果たした彼女の足を引っ張ることだけはしたくないと、李衣菜は、自分たちの問題は自分たちで解決する意思を見せているのだ。


 多少は素直になったものの、どこかぶっきらぼうに沙織を突き放す李衣菜の態度は、彼女との決別の意志を表しているのかもしれない。


 2年前に途絶えた自分たちと沙織との関わりが、数奇な運命の果てにほんの少しだけ交わった。

 だが、それはほんの一瞬のことで、ここから先は別々の道を歩んでいくことになる。


 バーチャルと、現実。活躍する舞台が違う自分たちの道は、もう2度と重なることはないのだろう。

 だからこそ……あと少しだけ、と願ってしまう自分の弱い心を振り払うように、李衣菜は沙織との関わりを必死に絶とうとしているのかもしれなかった。


「……2年前、あなたが私たちの前から消えた理由を知ることが出来た。【SunRise】の中にあった不和の原因を知ることも、それを取り除くことも出来た。そしてなにより――」


 あなたともう1度、一緒に歌うことが出来た。

 その言葉を口にしたら後悔が込み上げてきそうで、どうしても沙織への想いを全て吐露出来なかった李衣菜が、声を詰まらせながら口を閉じる。


 それでも、ようやく向き合うことが出来た親友を心配させたくないと、せめて最後くらいは笑顔で別れようと、無理に笑みを浮かべた彼女は、目の前のソファーに座る沙織へと、別れの言葉を告げた。


「ありがとう、沙織。もう何の未練もないわ。これで……お別れね」

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