面倒臭くなる理由を知ってるか?


 びりびりと室内の空気を震わせるような叫びを上げた零が鋭い目で静流を睨む。

 その威圧に怯え、一瞬にして怒りを霧散させられた彼女へと、零は尚も言葉を投げかけ続けた。


「確かにあんたの言ってることに共感出来る部分はあるさ。誰にも愚痴を言えない立場や、こっちの事情なんて考えずに勝手に暴走するファンたちが面倒だって思う気持ちは俺にだって理解出来る。もしかしたらあんたもそういうストレスでおかしくなっちまった被害者なのかもしれねえよ。でも、でもな……だからといって、あんたのしたこと全てが許されるわけがねえだろ!」


 吐き捨てるように、言い聞かせるように、自分よりも年上の女性へと叫びかける零。

 彼の声に、言葉に、びくびくと震える静流は、目に涙を浮かべながらも首を左右に振って拒絶の意を示し続けている。


 零は、そんな彼女に己の罪を自覚させるように……はっきりとした言葉をぶつけていった。


「こんなことになるとは思わなかったって言うのなら、どうして2年前に自分がやっちまったことを仲間や事務所に打ち明けなかった!? 本当にメンバーのことを想うのなら、どうして自らグループを脱退しようとしなかった!? あわよくば秘密を隠し通したまま、被害者の体で新しい活動に取り組みたいと思ったからだろ!? 全部他の誰でもねえ、自分のために取った行動だろうが!!」


「う、うぅ、うぅぅぅぅ……」


「なにがずっと苦しんだだ、なにが誰もそれを理解しようとしないだ!? あんたは、あんたのせいで夢を諦める羽目になった喜屋武さんの気持ちを考えたことがあるのか? 大切な友達に置いていかれた小泉さんの気持ちを考えたことがあるのか!? 自分がやっちまったことから逃げて、そのせいで苦しんでいる人たちからも目を逸らして……そうやって何もかもから逃げ続けてきた奴が、世界でてめえだけが不幸だとか勘違いしたような台詞吐くんじゃねえ! あんたの周囲には、あんたのせいで2年間も苦しみ続けた人たちがいることを忘れんじゃあねえよ!」


「零、くん……」


「阿久津くん……」


 お前が背負った苦しみは、全て自分自身の行動のツケが回ってきただけの自業自得の代物だと、自身の周囲で苦しみ続けてきた人々の気持ちを考えることがなかった彼女が被害者面をするなと、零が静流へと言い放つ。

 彼女の身勝手な行動のせいでアイドルという夢を諦めざるを得なくなった沙織と、その沙織との突然の別れに苦しみ続けた李衣菜たちの気持ちを代弁するかのような彼の言葉に、2人を見守る者たちは何も言えずに押し黙ってしまっている。


 自分を睨む、純然たる怒りの感情を燃え上がらせる零の瞳に怯える静流。

 憎悪とも、軽蔑とも、憐憫とも違う真っ直ぐな感情を自分へと向ける彼の言葉に心を揺さぶられながら、彼女は抗うことも出来ずに零の言葉を聞き続けた。


「……あんたの言う面倒臭いファンたちが、どうしてあんなに面倒臭くなるのか知ってるか? どうして息をするように数万もの投げ銭を送ったり、掌返ししてこっちを叩いてきたり、こっちの意志を無視して好き勝手に暴れるかわかるか? ……だよ。あいつらは本気で、自分の推しを応援してる。自分が好きになったアイドルを、タレントを、そいつらが抱えてる夢を、本気で応援しようとしてるからこそ、あいつらは時に死ぬほど面倒臭くなるんだ」


 少しだけ静流を抑える腕の力を緩めた零が、静かながらも力強い声でそう語る。

 自身がVtuberとして活動し、幾度となく炎上を繰り返したからこそ理解出来たその心理を静流へと伝えながら、彼女に最も伝えたいことを伝えていく。


「それが100%良いことだなんて俺は思えねえ。だがよ、ファンたちの存在やその本気の想いが俺たちタレントの力になってるのは間違いねえだろ? 2年前、1番のアイドルになるっていう夢を本気で追っかけてた喜屋武さんには、その夢を本気で応援するファンたちがいた。そして、【SunRise】には今でもあんたたちの活動を本気で応援してくれるファンたちがいる。喜屋武さんも、小泉さんも、他のみんなも、ファンたちも……全員本気だった。そうじゃなかったのは、あんただけなんだよ。あんたは2年前からずっと、そんなファンたちの想いを裏切り続けた。喜屋武さんの夢と、その夢を応援したいっていうファンたちの夢を、あんたがぶっ壊したんだ!」


「う、う……」


「あんたに裏切られた人たちと、あんたがぶっ壊した夢を抱えてた人たちの想いを、俺が勝手に代弁してやるよ……代永静流、。あんたは、やっちゃいけないことをしたんだ。何百回、何千回、何万回でも言ってやる。他の誰でもない、あんた以外の誰の責任でもない。悪いのはあんただ!! あんたが、沢山の人の夢を壊したんだ!!」


「うぅぅぅぅ、うぅぅぅぅぅぅ……」


 泣き顔を浮かべて顔をくしゃくしゃにした静流が呻きを上げる中、彼女の体を壁へと押さえつけていた零がゆっくりとその場から離れる。

 拘束から解き放たれ、ようやく体を動かせるようになった静流は、そのまま力なくその場へとへたり込むと、蹲って涙を流し始めた。


「……喜屋武さんを傷付けて、夢を呪いに変えたあんたの罪は重い。その罪と向き合え、そして噛み締めろ。それが、2年間沢山の人を裏切り続けたあんたが、今、絶対にしなくちゃならないことだ」


「うっ、うっ、うっ……うあぁぁぁぁぁぁ……」


 少女のように泣きじゃくり、嗚咽を漏らす静流。

 ようやく……見苦しい言い訳を剥ぎ取り、己の罪を認め始めた彼女の姿を呆然と見つめる【ワンダーエンターテインメント】の重役へと、同じ芸能事務所の代表である薫子が言う。


「……本来、うちのタレントが彼女にしたことは、あなた方がすべきことだったはずです。2年前……いや、今、この瞬間に至るまでのどこかであなたたちが適切な行動を取っていれば、また違う未来があったことでしょう。悪いのは彼女だと、うちのタレントは言いましたが……私は、あなたたち【ワンダーエンターテインメント】にも責任があると思います。あなたたちも、自分たちの過ちを認め、真摯に向き合うべきでしょう」


「………」


 薫子の言葉に俯き、何も言えなくなった【ワンダーエンターテインメント】の重役が泣きじゃくる静流をちらちらと見やる。

 彼女に全ての罪を被せてどうにか自分たちの被害を抑える方法を考えているのか、はたまた彼女の姿に自分たちの現在の境遇を重ねているのか、その眼差しの意味は、他の誰にも窺い知れることではない。


 だが……少しでも甥の言葉がこの男の心にも届いていることを期待しながらも、薫子は、万が一の時に備えての準備を開始するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る