夢が終わり、夢が始まる
「李衣菜さん、それは――」
「なにも言わないでよ。あなたたちだってわかってるでしょう? 沙織が【SunRise】を脱退した理由……2年前から続いていた、私たちを苦しめる重石であったそれは、同時に私たちを繋ぐ最後の鎖でもあったのよ。でも、もう全ての謎は解けた。私たちはようやく、この重石と鎖から解放されてそれぞれの道に進むことが出来る。沙織がVtuberとして、私たち【SunRise】はアイドルとして、別々の道に進む時が来たの」
折角の再会を、わだかまりが解消された関係性を、このまま捨て去ってしまうことに異論を唱えようとした恵梨香を優しく制しながら、己の考えを述べる李衣菜。
既に自分たちは、沙織の幻影に縋ることを止め、新生【SunRise】としての道を歩き出したはずだ。
ならば、Vtuberという新たな道へと進んで行くかつての仲間のこれからを応援するためにも、その進む道に陰りを落とさないためにも、必要以上の関わりを持つことは避けた方がいい。
少なくとも、こういった問題が起きてから暫くは、良くも悪くもお互いに世間からの注目を浴びることになるだろう。
花咲たらばも、【SunRise】も、デビュー直後という大事な時期。なあなあの関係性を維持することを選んだせいで、その大事な時期を棒に振ってしまっては元も子もないのだ。
「いつかまた、騒動が落ち着いたら顔を合わせるようになる日が来るかもしれない。でも、それがいつになるかもわからないし、本当に来るかもわからないわ。だから、これが最後だって気持ちで話をしましょう。さよなら、そしてありがとう、沙織。あなたは私のライバルで……自慢の親友よ」
「李衣菜ちゃん……!」
このまま、【SunRise】は潰れてしまうかもしれない。そうなったら、メンバーも2度と再起することは叶わないかもしれない。
先も見えない不安定な道を進む自分のこれからを考え、アイドルという夢を断念する可能性があることを理解している李衣菜は、沙織に今生の別れのつもりで心の中にある想いを吐露した。
ライバルであり、親友。2年前から何一つとして変わっていない自身への友情と信頼を窺わせるその声に沙織が声を詰まらせる中、続けてメンバーたちが次々に自身の想いを口にしていく。
「また、沙織さんがステージの上に立ってくれて、嬉しかったです。李衣菜さんと沙織さんのパフォーマンスが見れて、本当に嬉しかった……!!」
「私も、私もっ! 沙織さんの歌が聞けて、また新しい目標が出来ました! いつか必ず、沙織さん以上の歌が披露出来るように努力します! 誰もが驚くような、凄い歌を歌えるアイドルになってみせます、から……っ!」
「私だって、沙織さんに負けないくらいに見ている人に元気をあげられるダンスを身につけてみせる! この逆境を吹き飛ばすくらいのパワーで、これからも突き進んでみせます!!」
「……【SunRise】は終わらせません。私が、私たちが、絶対に守り抜いてみせます。だから、沙織さんもVtuberとして頑張ってください。私たちは、ずっと応援しています」
「恵梨香ちゃん、羽衣ちゃん、奈々ちゃん、祈里ちゃん、みんな……!!」
これが最後の別れになるかもしれない。だが、誰一人として諦めている者はいない。
これから先の苦境を理解しながらも、それを乗り越える覚悟と強さを秘めた眼差しを見せる彼女たちの様子に頼もしさを感じた沙織は、小さく微笑みながら頷くと、真正面に立つ親友へと視線を向ける。
もしかしたらこれが、最後の会話になるかもしれない。だが、絶対にそうはさせない。
自らもそんな強い意志を胸に抱きながら、2年間ずっと抱えてきた想いをようやく吐き出せる機会を得た沙織は、真向いの李衣菜へとこう話を切り出した。
「ねえ、李衣菜ちゃん。2年前にした約束……2人で叶えようって言った夢のこと、覚えてる?」
「世界一のアイドルになる、でしょう? ホント、馬鹿デカい御大層な夢を掲げちゃって……!」
「でも、小泉さんは喜屋武さんと一緒なら、その夢を叶えられるって本気で信じてるんですよね? そう、言ってたじゃないですか」
茶々を入れた零の言葉に顔を赤くしながら、恨めしそうに彼を睨む李衣菜。
零は、その恐ろしくも可愛らしい様子に、これ以上は口を挟むことは止しておいた方がいいと判断して、苦笑しながら口を閉ざした。
「……私も、ずっと信じてるよ。李衣菜ちゃんと一緒なら、絶対に世界で1番のアイドルになれるって、今でもずっと信じてるさ」
「でも、私たちは一緒にはいられない。別々の道を歩んでいくんだもの、その夢のことは忘れましょう」
「うん、そうだね。もう私は【SunRise】のメンバーじゃあないし、喜屋武沙織として李衣菜ちゃんと同じステージには立てない。2年前に交わした約束は果たせなくなっちゃった。……だからさ、ここで新しく約束しようよ。私たち全員で叶える、また別の夢の約束!」
別れの悲しみを吹き飛ばすような明るい笑みを浮かべた沙織が、李衣菜と仲間たちへとそんなことを言う。
握り締めた右手を顔の高さまで上げ、小指だけを立ててそれを李衣菜へと向けながら、彼女は更に言葉を重ねた。
「約束する、私は、花咲たらばは、【CRE8】のみんなと一緒にバーチャルの世界で1番のアイドルになる! 3Dの体も手に入れて、正真正銘の歌って踊れるバーチャルアイドルになって、おっきな舞台でコンサートしてみせるさ~!! 絶対の絶対、この夢を叶えてみせるよ!」
スケールの大きな、荒唐無稽な夢を本気の熱を込めて沙織が語る。
その様子から、本気度合いから、彼女が何を言わんとしているかを理解した李衣菜は呆れたように首を振ってから……親友と同じように、満面の笑みを浮かべて、言った。
「だったら私は、私たち【SunRise】は、現実の世界で世界一のアイドルになってみせるわ! 武道館だって、海外の巨大なコンサートホールだって、私たちのファンで埋め尽くしてみせる! あんたたちには負けないわよ、沙織!」
「うんっ! それでもし、お互いの夢が叶ったらさ、その時は――!!」
「その時には……現実とバーチャル、2つの世界のトップを取ったアイドル同士で、同じステージに立ちましょう! 今度こそ、正式な形で、あんたと多くのファンの前に立ってみせるわ! 約束よ、沙織。私とあなたの2人でじゃなく、私たちとあなたたちでこの夢を叶えるの!」
沙織の小指に自身の小指を絡ませ、誓いの言葉と共に李衣菜が指切りを行う。
2年前からの誓いを更新し、更に壮大で怖れ知らずな夢を掲げた2人は、半泣きの表情を浮かべながらもこの上なく幸せそうに笑っていた。
「……な~んか、あの2人の夢に巻き込まれちゃってませんかね、俺ら?」
「ですね。でも……いいんじゃないでしょうか。私たちにとっては、今更な話ですし」
「そうそう! どうせ目指すなら一等賞が良いに決まってるじゃん! 現実世界とバーチャル世界のW制覇! う~ん、燃えてきたっ!!」
「もう1度、親友と同じステージに立つ……それが、喜屋武さんがVtuberとして叶えたい夢。新しく見つけ出した、本気で叶えたい夢……!」
そんな2人のやり取りを見つめながら会話をしていた零たちは、その壮大な夢に自分たちが巻き込まれようとしていることに苦笑していた。
それでも、この2人ならば絶対にその夢を叶えられるのだろうなと、これからもたっぷり2人の夢に巻き込まれ続けるのだろうなと、大変そうな未来を想像しながらも彼らの表情もまたどこか楽しそうだ。
「約束だよ、李衣菜ちゃん! 私たち絶対、世界一のアイドルになろうね!」
「ええ! 必ずよ!! 世界中をあっと言わせるトップアイドルになってみせるわ!」
小指を絡ませながら、誓いを新たにしながら、お互いの夢を確かめ合う沙織と李衣菜。
2年前の思い出を想起させる、あの頃となにも変わっていない自分たちの今に笑みと涙を零しながら、目指すべき夢の進路を見出した2人はずっとずっと、その約束を確かめ合うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます