絶対に、逃がさない



「あっ……!?」


 零の言葉を聞き、記憶を蘇らせた沙織が何かに感付くと共に驚きの声を上げる。

 有栖や祈里といった、彼の近況に詳しい者たちが同じように何かを察し始める中、【SunRise】メンバーや【ワンダーエンターテインメント】のスタッフたちといった、状況がよくわかっていない面々に向け、零が軽く解説を行った。


「少し前、俺も前世関連のデマを広められて炎上したんすよね。まあ、お粗末な内容だったのと、喜屋武さんたちの働きかけのお陰で一瞬で鎮火したんですけど……その直後に、今度は喜屋武さんが同じように火を付けられて炎上した。なんだかこれ、出来過ぎじゃあないっすかね?」


「……何を言いたいのかしら?」


「この炎上は、どっかの誰かが二段構えで準備した計算されたものだったんじゃないかってことだよ。俺の炎上で【CRE8】に注目を集めた後、本命の花咲たらば……喜屋武さんに火をつける。そうやって、2年前の事件に関するデマと喜屋武さんの悪評を広めて、あの人を追い詰めるためにこんな真似をした奴がいるんじゃないかってことだ」


「………」


 ギロリと、零に睨まれた静流が唇を真一文字に結んで押し黙る。

 その反応を目にして、零の話を耳にしている面々は、段々と状況を飲み込み始めていた。


「もし、そんな馬鹿げたことをする奴がいるとしたら……そいつはまず間違いなく、今問題になってる裏切り者だ。そこまでして喜屋武さんを排除しようとする理由がある奴なんてのは、それくらいしかいねえんだからな」


「その裏切り者が私だって、あなたも言うつもりなのね? ……とても不愉快だわ。証拠も無しに人を犯罪者呼ばわりすることの意味、わかってるんでしょうね?」


「その言葉、そっくりそのままあんたに返してやるよ。動画の中で俺のことを犯罪者呼ばわりしたのは、そっちの方だろうが」


「動画、動画って……なんのことかしら? 私には心当たりがないわね」


「へぇ……? 心当たりがないねぇ? それと同じことが、2,3週間後にも言えるかな?」


「……なんですって?」


 含みを持たせた零の言葉に、静流が目を細めながらその意味を問い質す。

 飄々とした態度のまま、今度は逆に彼女から鋭い視線を浴びる側に立った零は、せせら笑うように鼻を鳴らしてから、静流からの質問に答えてやった。


「さっき薫子さん……うちの社長が言ってただろう? って。あれ、どういう意味だと思う?」


「……ま、さか……!?」


「おっ、気が付いたか? 多分、あんたが想像した通り……稿ための手続きが終わってる、って話だよ」


「ぐっ……!?」


 その答えを聞いた瞬間、明らかに静流の顔色が変わった。

 苦し気な呻きを漏らした彼女は表情を歪め、ぴくぴくと目蓋を痙攣させている。


 もう、この時点で大体の答えが出ているのと同義ではあるのだが、零はそんな彼女を追い詰めるようにして、言葉を重ねていった。


「あんたは喜屋武さんを追い詰めるために、ネット上とファンたちの間で広まってるデタラメな引退理由を広めようとした。その時、より多くの人間に話が広まる方法として、炎上癖が付いてる蛇道枢を利用することにしたんだ。適当なでっち上げで俺の前世に関するデマを広めて、各界隈からの注目を集める。その上で、花咲たらばの魂が喜屋武さんであることと、スキャンダルを起こして所属グループを脱退しただなんて話をぶち上げた」


「だから阿久津くんが蛇道枢だってことが一発でわかったのね。あなたを利用するために、静流さんは蛇道枢について出来る限りの情報を集めた。その調査を通じて声もVtuberとしての姿もたっぷり聞いたり見たりしていたから、控室で顔を合わせた時、あなたの正体に即座に気付いた、気付いてしまった……!」


「そういうことっすよ。でも、完全に悪手だったな。あんたのシナリオじゃあ、2年前の噂が広まって炎上した時点で喜屋武さんがVtuberを引退すると思ってたんだろ? だが、そこであの人は踏み止まっちまった。俺をはじめとする同僚や社長である薫子さんから説得を受けた上に、親友の小泉さんと顔を合わせちまったばっかりにな。そこから、あんたの作戦は狂い始めたんだ」


 2年前の事件を思い出させれば、その時と同じように沙織は何も言わずに引退すると思っていた。

 一度そうして逃げたのだから、きっと二度目もそうなると……そんな、浅はかとしか思えない静流の策を解説された恵梨香が、震える声で感じた疑問を口にする。


「で、でも、どうしてそんなことをする必要があったんですか? Vtuberになった沙織さんに手を出せば、藪蛇で自分のしたことが暴露されるかもしれない。噂を広められた沙織さんが、反論するために過去のことを公表する可能性だってあるんじゃ……?」


「あ、あの……それは、出来ないと思います。わ、私たちVtuberは、んです。本人が表立って、前世や魂のことについて言及するわけにはいかない。喜屋武さんが反論したくとも、花咲たらばとしては何も言えないんです。それに、喜屋武さんは優しいから……自分が真実を公表することで大切な友達に迷惑をかける可能性を考えたら、きっと黙って身を引く選択をするんじゃないかって思い、ます……」


 その疑問に答えたのは、有栖だった。

 アイドルである恵梨香に、やや控えめながらもVtuberとしての視点や観点からの答えを述べた彼女は、同時に沙織自身の性格や思考パターンに言及しつつ、疑問に対する回答を口にする。


 有栖の言葉にはっとした面々が、沙織へと視線を向けて彼女の考えに思いを巡らせる中、有栖はもう一歩踏み込んだ意見を述べていった。


「た、多分、なんですけど……裏切り者の目的は、不安の芽を摘んでおくことだったんじゃないでしょうか? もし、このまま喜屋武さんがVtuberとして活動を続けて人気を博したら、自分にとって大きな障害になる。Vtuberを引退してもう一度アイドルになったり、他にも声優として芸能界に復帰する道が開けて、その道に喜屋武さんが乗ってしまったら……それってきっと、物凄く怖いことなんじゃないかって思うんです」


「沙織は自分を引退に追い込んだ裏切り者が誰かは知らなかったけど、何かの拍子で正体がバレてしまったら、それをネタに脅されたり、復讐される可能性がある……静流さんも沙織の傷のことを知らなかったから、こいつが芸能界に復帰するかもしれないって、そう考えた。そして、その危険性に気が付いて……先に沙織を排除しようとした」


「こいつはとんでもない絨毯爆撃だよ。過去の事件を思い出させることでの精神的なショックと、デマを信じて恨みを買った【SunRise】ファンたちからの攻撃で沙織を摩耗させて、一気に引退まで追い込もうとした。だけどね、今のこいつには炎上覚悟で手を貸してくれる仲間と、2年間もずっと信じ続けてくれた友達がいるんだ。そして何より、沙織はあんたが考えてるほど弱くはない。代永静流、あんたの最大のミスは、2年前の事件で簡単に沙織を引退に追い込めたっていう事実に固執して、こいつが強くなっている可能性を考慮しなかったことだよ」


「ぐ、くっ……!?」


 有栖、李衣菜、薫子からの連続撃を受けた静流が、悔しそうに拳を握り締めて呻く。

 【CRE8】の面々が、【SunRise】のメンバーが、【ワンダーエンターテインメント】の重役たちが見つめる中、どんどん追い詰められていく彼女に対して、零が再び口を開いた。


「話を戻そうか。さっきも言った通り、俺たちは今、『蛇道枢=ついすとこぶら説』っていう動画を出した不届き者を特定するための準備を進めてる。俺のことを犯罪者呼ばわりまでしてるデマをバラまいたんだ、こいつは立派な営業妨害だし、情報公開を請求するのに十分な理由になることはわかるよな?」


「れ……」


「その手続きがどこまで進んでるのかは、わざわざあんたに言う必要はねえから黙っとくよ。だが、もしかしたらもう裁判も終わってるかもしれねえぜ? 家のポストを見てみろよ、裁判所からの通知が来てるかもしれねえな」


「だ……れ……!!」


「あんたが本当に心当たりがないってんのならそれでいいさ。だが、もしもそれが嘘だってことがバレた時には……わかってるよな? あの動画を投稿した犯人があんただって言うのなら、それがあんたが喜屋武さんと【SunRise】に大打撃を与えた裏切り者だっていう動かぬ証拠になる。さあ、勝負といこうぜ。あんたの嘘で塗り固められた2年間が崩れるかどうか、お互いの手札を全部公開しての大一番だ。あんだけの大口叩いたんだ、降りるだなんて言わねえよな? なぁ?」


「黙れ! 黙れ黙れ黙れっ! 黙りなさいっ!!」


 ブツンッと、何かが切れた音がした。

 物理的に何かが断ち切られたわけではない。だが、この場にいる全員が同じような音を耳にして……いや、


 零の言葉に、突き付けられる現実に、静流の中の何かが崩壊した音だと、その音を聞いた者たち全員が思う。

 金切り声を上げ、自分に詰め寄る零に大声で吼えた彼女の姿は、これまで取り繕い続けてきた、大人の女性としての余裕たっぷりの態度が完全に消え去った、我儘な子供のそれとそっくりであった。


「なんなのよ、本当に……! どいつもこいつも、どうして私の思う通りに動かないのよ……っ!? 今更この世界に戻ってきたり、センターとしてやる気出してるんじゃないわよ! 私がどれだけ苦労して、ここまで逃げてきたと思ってるの!?」


 顔を真っ赤にして、地団太を踏んで、苛立ったように爪を齧りながら悪態を吐く静流の姿は、長年彼女と共に活動してきた【SunRise】ですらも見たことがない幼稚な子供そのものだ。

 これが、彼女の素……これまでひた隠しにしてきた、本当の代永静流の姿なのかと理解していくメンバーを代表して、李衣菜が彼女へと問いかける。


「……それは、自白と取っていいんですね? 静流さん、やっぱりあなたが――」


「ええ、ええ! そうよ、その通りよ! 私があなたの親友の喜屋武沙織ちゃんを引退に追い込んだ裏切り者よ!! これが聞けて満足した!?」

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