そこにあった、僅かな綻び
「……あら、何かしら? 余計な口は挟まずにいてほしいのだけれど」
「いや、すいません。ちょっと前から気になってることがあるんすよね」
そうやって、停滞していた空気を切り裂くように高々と右手を上げた零は、後頭部を搔きながら自分に冷ややかな視線を向ける静流を見つめ返す。
先日のライブの時から彼にいい感情を抱いていない静流は、そんな彼の下らない質問に耳を貸すつもりはなかったのだが……零の口から飛び出してきた言葉を耳にして、ぴくりと肩を震わせてしまった。
「代永さん、でしたっけ? なんであんた、俺がVtuberだって知ってたんすか?」
「……は? なにを言ってるの? ここに集められているんだから、あなたがVtuber関連の仕事に就いてる人間だってことは誰だってわか――」
「いや、今日の話じゃないっすよ。あんたたちのライブの日、俺が控室に突撃して、あんたたちと初めて顔を合わせた時のことです。あんた、言ってたじゃないっすか。こいつは沙織と同じ事務所に所属するVtuberよ、って……改めて振り返ってみると、結構おかしいんですよね、あれ」
それは、ほんのわずかな綻びであり、零のみが感じた引っ掛かりであった。
何の意味もないようなそれが、静流の余裕を打ち崩す重大な手掛かりになることを確信しながら、零は話を進めていく。
「あの時点で俺が蛇道枢の魂だって知っているのは、実際に顔を合わせた小泉さんと潜入を手引きしてくれた
「確かに、言われてみれば……」
その場面を振り返った祈里が、零の感じた違和感に同意する。
彼のリスナーであり、沙織と通じていた彼女は零の正体が蛇道枢であることに気が付いていたが、李衣菜を除く他のメンバーにはそんなことが分かる人間はいないはずだ。
少なくとも、零に助けられた恵梨香は、その顔を間近で見たとしても彼が蛇道枢であることに気が付いていなかった。
むしろそれが普通であるはずだと、配信や蛇道枢のモデルを見ていなければ全く誰が誰であるか分からないはずだという自分以外のメンバーの立場に置き換えて考えてみた時、その違和感に初めて気が付いたのである。
「でもあんた、こう言ったよな? 『早くこいつを摘まみ出して! こいつは沙織と同じ事務所に所属するVtuberよ!! 何が目的かはわからないけど、良からぬことを考えてるのは間違いないわ!』ってさ。はっきり、きっぱりと俺のことを【CRE8】所属のVtuberだって周囲の人間に迷いなく言い切った。どうしてだ? なんで、そんな確信を持って言い切ることが出来たんだ?」
「それ、は……」
ほんの小さな綻びを執拗に突かれて、初めて静流が動揺を露わにした。
視線を泳がせ、上手い言い訳を考えた彼女は、最も自然で違和感のない回答を口にする。
「そりゃあ、私は【SunRise】の最年長で、リーダーのポジションに就いてる人間だからね。沙織の現在を知るために、【CRE8】に所属しているタレントの情報を調べたのよ。だから、あなたの声と容姿にも見覚えがあった。Vtuberの蛇道枢だって判断出来たってわけ」
「まあ、そうだよな。そう返答するしかねえよな」
「ええ、それが事実なんだからね。これで納得してもらえたかしら、阿久津零くん?」
「いいや、まだあんたへの疑念は晴れちゃいねえよ。むしろ、ここからが俺が本当に聞きたいことなんだからな」
一瞬だけ崩れた余裕を取り戻した静流が再び平然とした表情を浮かべながら会話をしているが、李衣菜には彼女が何かを恐怖している様子が伺えていた。
その様子からは、まるでこの質問が、零の存在が、静流にとって致命傷になる何かを含んでいるような……そんな、雰囲気が感じ取れている。
いったい、零は何を静流に問いかけようとしているのか? 静流は何故、零の質問に怯えを見せているのか?
零は、その答えとなる質問を静流に問いかける前に、一度背後へと振り向くと、事務所の代表である薫子へと確認を取る。
「薫子さん、あれ、どうなってる?」
「……ああ、あれかい。もう大体は終わってるよ」
「サンキュー。なら、遠慮なしに行けるな」
甥と叔母の短い会話で何かを確認した後、再び零が静流へと振り返る。
今のやり取りに何の意味があるのかと、訝し気な表情の中に僅かな恐怖を滲ませている静流の目を見つめた零は、彼女へとこう話を切り出した。
「もしかしたらあんたも知ってるかもしれないんすけど、俺って今、大絶賛炎上中なんですよね。けど、今から大体1か月くらい前……また別の理由で炎上してたってこと、知ってます?」
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