裏切り者は、あなただ


「実は――」


 沙織が口を開き、重苦しい空気の中でかつての事件のことを仲間に話していく。

 彼女の口から発せられる衝撃の事実を耳にした【SunRise】メンバーたちは、各々が別の反応を見せながらも激しいショックを感じている様子だった。


 到底、そんなことがあったとは信じたくない、あまりにも残酷な結末。

 しかし、それが真実であることは目の前に座す沙織の首に刻まれた痛々しい傷が証明している。


 大好きだった仲間が、尊敬していた先輩が、大切な親友が……アイドルという夢を諦めざるを得なくなった事件の話は、左程長い時間続けられたわけではなかった。

 それでも、話を聞き終えた面々の表情は尋常ではない苦しさに耐えるかのように唇が真一文字に噛み締められており、中には瞳に涙を浮かべている者もいるくらいだ。


「……ネットで噂されてたから、もしかしたらそうなのかも……って、予想というか、覚悟みたいなものはしてきたつもりでした。でも、実際に沙織さんの口からそれが真実として語られると、なんて言えばいいのかがわからなくって……」


 喉から絞り出すようにして、沙織の話を聞き終えた感想を述べる奈々。

 普段は溌溂としている彼女もやはり尊敬する先輩を傷付けた過去に衝撃を受けており、話す言葉にも重々しさが漂っている。


 他のメンバーも彼女の言葉に同意するように押し黙る中……不意に、唐突に、絶対的な禁忌でありながら、ここで絶対に触れなければならない話へと誘導するかのように、意を決した羽衣が口を開く。


「今の話は疑いようもない真実で、沙織さんの負った怪我がそのことを証明していて……だとしたら、沙織さんがアイドルを辞めなくちゃならなくなった原因って、【SunRise】の内部事情を知る裏切り者が流したデマのせいなんですよね? その裏切り者は……もしかしたら、私たちメンバーの中にいるかもしれないんですよね?」


「……ええ、そうよ。その通りよ、羽衣」


 かつての仲間を傷付け、その夢を奪っただけでなく、他のメンバーたちにも大きな苦しみを味わわせ続けた裏切り者が、自分たちの中にいるかもしれない。

 震える声で、そんな可能性を提示した羽衣の言葉を肯定した李衣菜は、深く呼吸を繰り返した後に顔を上げ、自分以外の5人のメンバーの顔を見回しながら、こう問いかける。


「……これが、最後のチャンスよ。もしも自分がその裏切り者だという人間がいたら、ここで手を挙げなさい。そして、自分の罪を告白して、みんなに謝罪するの。もう随分と遅くなってしまったかもしれないけど、まだギリギリ間に合う。沙織の話を聞いて、あの傷を見て、自分のしてしまったことを後悔する人間がいたら、手を……!!」


 沙織の親友として、【SunRise】を纏めるセンターとして、己の使命を果たそうとする李衣菜の声が応接室に響く。

 その言葉に込められた祈りは、自分たちの中に裏切り者など存在していないようにという想いなのか、はたまた裏切り者にここで自分の罪を贖ってほしいという想いなのかは、彼女の声を聞いた者の心情によって受け取り方が変わっただろう。


 少なくとも、零や沙織、有栖や薫子には後者の意味に聞こえた。

 そんな彼女の祈りも空しく、無言のまま、誰一人として手を挙げぬまま、ただただ時間が過ぎ去っていく応接室の中に、今度は溜息と共に吐き出された李衣菜の声が響く。


「……残念です、本当に。ここで手を挙げてくれれば、まだ望みはあった。まだ私たちはやり直せた。あなたが自分の罪をきちんと認めてくれれば、【SunRise】から新たな離脱者を出さなくても済んだかもしれないのに――」


 俯いた李衣菜が、ゆっくりと顔を上げる。

 怒りと悲しみをごちゃ混ぜにした、悲壮そのものといった表情を浮かべながら、青白い炎を燃え上がらせた瞳を1名のメンバーへと向けた彼女は、その人物の罪を射貫くかのように名前を呼んだ。


「――静流さん、裏切り者はあなたですよね?」

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