認めず、足掻く


「……急になにを言い出すのよ、李衣菜。私が、裏切り者? 冗談は止してちょうだい」


「なら、説明してもらえますか? どうしてあなたは、【SunRise】に不和が生まれるような行動を取っていたんです?」

 

「……なんのことかしら? よくわからないわね」


 裏切り者として李衣菜から名前を上げられた静流は、多少の沈黙を経てから平然とした様子で彼女の言葉を否定した。

 だが、僅かに滲み出る不快感や動揺を隠し切ることは出来ておらず、その反応から自身が抱いていた疑念を確信へと変えた李衣菜は、更に詰め寄るようにして静流の行った悪行を暴露していく。


「惚けても無駄ですよ。奈々と羽衣から話は聞いているんです。私が、【SunRise】を抜けて、一部のメンバーと共に新しいユニットを作ろうとしている……そんなデマをまことしやかに話していたそうですね?」


「………」


「もっと早く気が付くべきでした。2人の関係がどんどん悪化していたのは、あなたが敢えてお互いを敵対するような嘘を吹き込んでいたからだったんですね。リーダーの立場を利用して2人の敵愾心を煽って、そうやって裏で暗躍していた理由は何なんですか!?」


 怒気を荒げ、その不審な行動の真意を静流へと尋ねる李衣菜。

 ぴくりと顔を引き攣らせた静流は、無表情のままなにも言わずに彼女をはじめとした仲間たちの視線を浴び続けている。


 少し前に行った個人面談にて、奈々と羽衣が自分にその疑問を直接ぶつけてくれたからこそ判明したその事実は、李衣菜にとっても予想外が過ぎる内容であった。

 それと同時に、静流がこんな風にメンバーの仲裁をすると見せかけて逆に関係をこじらせ、更にその行動の中で自分の味方を作ろうと動いていることもまた、にわかには信じられないものであったのだが、考えてみれば彼女の行動には不審な点が多々存在している。


 例えば、沙織の歌配信と【SunRise】のライブ配信が被った時、これを沙織からの挑戦状だと受け取り、彼女を徹底的に叩き潰そうと仲間たちに訴えかけたのは静流だった。

 グループの雰囲気がおかしくなったのはあの時からだし、その後に沙織との実力差を見せつけられた際に意気消沈したメンバーに対して、何のフォローも入れなかった点も今となっては不自然に思える。


 最初はもしかしたら、という疑念だった。

 だが、その疑念は数々の静流の不自然な行動を振り返っていく毎に、段々と確信へと強まっていったのである。


 今考えてみれば、李衣菜が沙織に会いにアポイントメント無しに【CRE8】本社に突撃した日に、静流から沙織とは会えたのか? という質問を投げかけられたが……あれには、自分にとって不利益な情報を沙織から聞かされていないか? という詮索の意味も含まれていたのだろう。


 静流は、どうしてだか人一倍に沙織を敵対視し、彼女を芸能界から排除しようとしていた。

 その理由が、自分の行動が原因となってアイドルを引退する羽目になった彼女にその事実を暴露されたくなかったからだとしたら、それらの言動にも辻褄が合う。


 2年前からずっと己の罪をひた隠しにしていた裏切り者は彼女なのかと、沙織の夢を奪っておきながら平然と自分たちの傍で仲間面をしていたのかと、怒りを燃え上がらせながら静流を睨む李衣菜であったが、視線の先の相手はふぅと小さく溜息を零すと、この緊迫した雰囲気に似つかわしくない笑みを浮かべて平然と釈明を始めたではないか。


「はははは、ごめんなさいね。確かに私はあなたをダシにして、奈々と羽衣の敵愾心を煽っていたわ。でもそれは、2人のライバル関係を煽ることで、より良いパフォーマンスを引き出そうとしていたからなのよ。後でネタバラシしようとしてたんだけど……まさか、こんなことになるなんてね」


「そんな苦しい言い逃れが通用すると思っているんですか!? 2人に良いパフォーマンスをさせるために、敢えて関係性を悪化させた? 普通に考えて、そんな方法が上手くいくはずないってことは簡単にわかるでしょう!?」


「ええ、そうかもね。でも、私は良い方法だと思ったのよ。確かにあなたの言う通り、上手くはいかなかったけれど……でも、あれは私なりに【SunRise】のことを思って行動した結果なの。わかってくれるわよね、李衣菜?」


「あなたは、あなたって人は……っ!!」


 瞳に薄っすらと李衣菜を煽るような感情を浮かべた静流が、表面上は彼女に理解を求めるようにしながら言葉を吐く。

 しかし、その言葉に一切の謝罪の意や後悔の感情が籠っていないことを感じ取った李衣菜は、抱いていた怒りを一層燃え上がらせながら静流を鋭い目で睨んだ。


 本当に、小賢しい女だ。否定出来る部分と出来ない部分を切り分け、致命傷を受けないように立ち回っている。

 奈々と羽衣にデマを吹き込んでいた事実を否定出来ないと見た静流はそこを平然と認めつつ、決してそこに悪感情はなかったと苦しい弁明を口にした。

 同時に、自分が【SunRise】に不和をまき散らす裏切り者ではないと主張する彼女の意見は非常に疑わしいが、否定出来る証拠がない以上はそれを覆すことは出来ない。


 焦りもなく、狼狽もせず、悪びれることもなく自身の犯した悪事を仲間たちのためだったと言い放つ静流には、李衣菜だけでなく他のメンバーたちも疑念と怒りを向けているようだ。

 しかし、そんなものをまるで意に介さない静流は、【SunRise】のメンバーではなく、【ワンダーエンターテインメント】の重役たちに向けて、こう述べた。


「まさかとは思いますが、この程度のことで私を裏切り者だと決めつける方はいらっしゃいませんよね? 確かに、私が【SunRise】のためにならないことをしてしまったことは事実のようですが……それはあくまで結果論、敢えてそうしたわけではありません。決定的な証拠もなしに私に処分を下すだとか、そんなことはありませんわよねぇ?」


 静流の言葉に、【ワンダーエンターテインメント】の代表たちも渋い表情を浮かべながら口を噤んでいる。

 もしかしたら、彼らも何かしらの事実を掴んでいたり、静流を疑わしく思っているのかもしれないが……同時に、まだ誤魔化せるのではないかと頭の片隅にそんな卑しい思いが残っているのかもしれない。


 自分たちの過去の失敗を清算することは、それ即ち過ちを認めるということ。

 出来得るならばそれを避けたいという浅ましい考えが、彼らの心の中に僅かに残っているのだろう。


 静流の言う通り、まだ決定的な証拠はない。彼女は疑わしいが、裏切り者であるということを示す証拠はなにもない。

 であるならば、このまま知らぬ存ぜぬを押し通せるのではないか……という、静流自身も打算を含めた考えを思い浮かべる中、予想外の方向から事態を切り開く声が上がった。


「あの、ちょっと質問いいっすかね?」

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