真実を、知る時
「沙織……あんた、その傷……」
それは長く、重く、苦しい沈黙だった。
沙織の姿と、首筋に刻まれた痛々しい傷跡を目の当たりにした【SunRise】メンバーがあまりの衝撃に言葉を失い、呆然としたまま立ち尽くす。
十数秒、あるいはもっと時間をかけ、ようやく目の前の現実と2年前から抱え続けていた大きな疑問に対する答えを見出した李衣菜が喉から絞り出すようにして震える声で沙織へと語り掛けるも、彼女は小さく笑うと首を左右に振って、仲間たちへと入室を促した。
「びっくりさせちゃってごめんね。この傷に関する話も、諸々の事情も、しっかりと話すつもりだからさ。まずは部屋に入って、話し合いの席に着こう? 立ったままの落ち着かない状態でする話じゃないからさ」
「……そうね、あんたの言う通りよ。ぼさっと突っ立ってないで、部屋に入りましょう。それで……沙織の話を聞きましょうよ」
【SunRise】の代表として、沙織の親友として、彼女の覚悟を受け止める決意を固めた李衣菜がメンバーへと声をかける。
他の面々も、その言葉に従って動揺を覚えながらも応接室に入り、今回の主題であった沙織との邂逅と、彼女の口から2年前にあった全てのことを聞くための席に着いた。
「では、改めまして……今回は我々の要望に応じ、こうした席を用意してくださったことに【CRE8】さんへの感謝をお伝えしたいと思います。そして、我々の過去の過ちが原因で、御社とその所属タレントの方々に多大なるご迷惑をお掛けしてしまったことに対して、深くお詫び申し上げます。本日の話し合いでは、今回の炎上に際した過去の事件についての再確認と、弊社と御社のタレントたちの和解を目的とし、包み隠さず情報共有を行う次第です」
話し合いの先陣を切ったのは、この場をセッティングした【ワンダーエンターテインメント】側の代表者であった。
礼儀として、自分たちが迷惑をかけてしまった【CRE8】側の人間に謝罪しつつ、この話し合いの主目的を語る彼の顔色は悪く、既にこの時点で大量にかいている汗をハンカチで拭っている始末だ。
ここ数日、【ワンダーエンターテインメント】が全方向から大きな非難を浴びる大炎上を喫していることは、この場に居る全員が理解していた。
彼もまた、その対応と今後の方針を定めるための試行錯誤に奔走しているのだろうと思いつつも、2年前に正しい選択を下さなかったツケが回ってきているだけだということを知っている薫子は、別段彼に憐憫の情を抱いたりはせずに話を進めていく。
「【CRE8】代表、星野薫子です。今回の話し合いには、当事者である喜屋武沙織以外にも我が社のスタッフ数名と、炎上の被害を受けたタレントを同席させています。最早、この問題は代表者と当事者だけが話し合ってはい解決ですといった話ではなく、彼らにも真実を知る権利があると私は思うのです」
「はい、それは、正しくその通りであり……決して、星野社長の判断に我々が口を挟むだとか、異論を申し上げることは致しません……」
そう語る代表の目が、ちらりとこの緊迫した場にはそぐわない若い男子である零を見やる。
同じく、炎上に巻き込まれたタレントである有栖と共に話し合いの場に参加していた彼は、自分へと向けられた代表の視線に僅かばかりの嫌悪の色が浮かんでいることを察知していた。
おそらくは、零が【SunRise】のライブに潜入して行ったあれやこれやの行動を部下や李衣菜たちから報告されているのだろう。
無論、自分が裏で手を回し、李衣菜に沙織とのデュエットを披露させたこともだ。
【ワンダーエンターテインメント】が炎上しているのは、そのライブで感極まった李衣菜が沙織への思いの丈を吐露してしまったことが原因であり、それは即ち零が引き起こした炎上だといえる。
彼らからしてみれば、自分は余計なことをしてくれた迷惑の元凶という認識だろうなということを理解しつつも、零はそんな代表者からの視線などどこ吹く風とでも言わんばかりに飄々とした態度を取り続けていた。
「……じゃあ、早速私から話をしようか。って言っても、もう大体の事情はわかってるだろうけどさ……」
「それでも……私たちは、あなたの口から真実を聞きたい。あなたの身に何が起きて、どうしてそうなったのか。それを教えてちょうだい、沙織」
そうやって、代表同士の挨拶が終わってすぐに、沙織が仲間たちやこの場に集った面々に対して口を開く。
既にネット上に出回っている噂と彼女が曝け出した傷跡を見れば、大体の事情は察することが出来るが……それでも、李衣菜は沙織自身の口から全てを語ってもらうことを望んだ。
それが、他の誰でもない沙織が背負い続けている最後の重荷を降ろすために必要な行動であるとわかっているから、李衣菜は親友のことを想って自分の意見を伝えているのだろう。
勿論、彼女自身が過去との決別を果たすためにそれを望んでいるという部分もあるが……ようやく、素直に相手への感情を示せるようになった沙織と李衣菜は、かつてのように目と目で分かり合う深い絆を確かめ合うように視線を交わらせた後で、小さく頷き合った。
「……うん、わかったよ。本当は、2年前のあの日に私がすべきことだったんだ。そのタイミングが、巡り巡ってやって来ただけなんだもんね」
悲しい笑みを浮かべ、大きく息を吐き出した沙織が、自分がすべき最後の責務を果たすべく顔を上げる。
その瞳にかつての仲間たちと、自慢の親友の姿を映した彼女は、小さく息を吸ってから2年前の真実を語り始めた。
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