みんな、久しぶり
【SunRise】デビューライブ、及び花咲たらばの歌配信から数日後……この騒動の関係者たちを取り巻く環境は、大きく変化していた。
ライブ配信にて中継されたたらばと李衣菜とのデュエット、そしてその後の李衣菜の叫びを切り抜いた動画が拡散された結果、多くのファンたちが彼女たちの関係性の見直しの必要性と、2年前の真実についての違和感に気が付いたからだ。
2年前、沙織の身に起きた事件のこと。彼女がアイドルを辞めなければならなくなってしまった理由。そして、その事件の引き金となった元凶。
沙織が負った首の傷については公にはならなかったものの、過去の事件記録やSNSの呟きを発掘したファンたちの働きによって、沙織が背負い続けてきた『スキャンダルによって引退せざるを得なくなった問題アイドル』という汚名は遂に晴らされたのである。
真の元凶は、ファンの暴走を招いた裏切り者だ。
【ワンダーエンターテインメント】はその存在を認知しておきながらも制裁を加えることなく放置を続け、その結果として沙織や【SunRise】のメンバーを苦しめ続けている。
今回の炎上に関しても、彼らが2年前に真相を解明し、裏切り者の正体を明かした上で事務所から解雇していれば起きなかったはずだと、ファンたちの意見は一致していた。
Vtuberとアイドル、双方の推しを守るための争いを繰り広げていたファンたちは戦いを止め、真の敵とも呼べる【ワンダーエンターテインメント】に対して共同戦線を張り、真実の開示を要求している。
Vtuberファンからしてみれば、痛くもない腹を探られた上に過去のトラウマを呼び起こすような事態を引き起こしたのは【ワンダーエンターテインメント】であるし、アイドルファンからしてみても、事務所側が真実を語らなかったが故に2年間もメンバー、元メンバーが苦しみ続けたという怒りの理由が存在していた。
しかも、2年前から現在に至るまで、多くの問題を引き起こしてきた裏切り者は未だに【ワンダーエンターテインメント】に所属している可能性があり、下手をすれば【SunRise】内で今ものうのうとアイドル活動をしているかもしれないというのだから、ファンたちからすれば堪ったものではない。
2年前、沙織の身に本当は何があったのか?
新たに広まった彼女が暴徒と化したファンに襲われたという噂は事実なのか?
そして、その事件の引き金となった裏切り者は実在していて、今も【ワンダーエンターテインメント】に所属している人物なのか?
それら全ての情報を開示し、2年間苦しみ続けた沙織と【SunRise】に対して誠意ある謝罪をすべきだというファンたちの意見には、多くの人々が賛同している。
中には現役で【ワンダーエンターテインメント】に所属しているタレントもSNS上やレギュラー番組の中でこの問題に触れる者もおり、事務所がこのままの隠蔽体質を変えるつもりがないというのなら、他事務所へと移籍すると公言する者まで現れた。
世間からも、芸能界からも、悪い意味で注目を集めた【ワンダーエンターテインメント】も、こうなってしまってはのらりくらりと全てを誤魔化し続けるわけにもいかない。
遂に、2年間ものあいだ放置し続けた負債を完済する時が来たのだと……あまりにも大きく膨れ上がった炎上という名の利子に辟易としながらも、自業自得の結末に文句を言うわけにもいかずに行動を開始した彼らがまず最初に取った行動は、沙織と【SunRise】メンバーとの和解の場を設けることであった。
正確には、和解の場であると同時に彼女たちを引き合わせた上で2年前から事件に関わっていた【ワンダーエンターテインメント】側の人間たちが謝罪し、彼女たちに沙織の引退理由を秘匿していたことを謝罪する場でもある……というか、既に半分以上は和解しているようなものであるメンバーからしてみれば、事務所側からの謝罪を受ける事の方が占める割合が大きい。
それでも、メンバーたちは久々の沙織との対面を果たし、過去の真実を知ることの出来るこの機会を逃すつもりはなく、事務所からの提案に一にも二にもなく賛成の意を示したようだ。
無論、謝罪の相手である沙織を呼びつけるだなんてふざけた真似をしたら、それも間違いなく新たな炎上の火種となる。
流石にその辺りは理解している【ワンダーエンターテインメント】の人間たちは【CRE8】に連絡を取り、慎重にアポイントメントを取った上で会談の場をセッティングし……遂に、その日がやって来た。
【CRE8】本社ビル前に止まる、複数台の車。
スモークが貼られ、中の様子が伺い知れなくなっているその車の中から、バラバラに【SunRise】メンバーが姿を現す。
6人のメンバーとマネージャー、そして【ワンダーエンターテインメント】の責任ある立場の人間と思わしき数名の男性たちが緊張した面持ちのままに【CRE8】本社内へと進めば、自動ドアの先で待ち受けていた薫子が彼らを出迎える。
「……【ワンダーエンターテインメント】の責任者様と【SunRise】メンバーの皆さん、ですね? お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
恭しく礼をした後、応接室へと社長自ら案内を務める薫子。
高まる緊張感に各々が息を飲み、心臓の鼓動を早くしながら、彼女の後をついて行く。
きっと、必ず、絶対……この先には、自分たちが今、誰よりも会いたいと願っている人が待っているはずだ。
2年前に突如として自分たちの前から消えたその人物の姿を思い浮かべ、彼女との数年ぶりの邂逅に喜びと恐怖が半々に入り混じった形容し難い感情を抱く【SunRise】メンバーの前で……ゆっくりと、薫子が応接室の扉を開く。
扉が開くまでの僅か数秒の時間が、彼女たちにとってはひどく長く感じられていた。
そうやって、食い入るように部屋の中を見つめていた彼女たちの目に……同じく、彼女たちを待ち続けていた沙織の姿が映る。
タートルネックの服ではなく、シンプルなTシャツとデニムジーンズを履いた気楽な出で立ちの彼女は、己の背負った痛みを隠すことなく今でも友人だと思っているかつての仲間たちに見せながら、笑う。
立ち尽くし、何も言えずにただただ押し黙る李衣菜たちの耳には、彼女が発した明るい挨拶の言葉が、どうしてだか物悲しく響いていた。
「久しぶり、みんな。元気してた?」
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