「あなたたちは今、なんのために歌っている?」
そんな、一言程度の言葉がシンと静まり返った控室に響く。
たったそれだけを告げた零が見つめる中、沙織からの伝言としてその言葉を受け取った【SunRise】のメンバーは、それぞれの反応を見せていた。
「そ、それだけ? もっとこう、他に何かないの?」
「特にはないっすよ。強いて言うなら、この言葉の意味は自分たちで考えてくれってところですかね?」
「なによ、それ……? なんのためにって、どういう意味なの……!?」
奈々と羽衣があまりにも短いメッセージに戸惑いを見せる。
もっと長く、沙織の想いが強く表れた言葉が送られるものだと思っていた2人は、抽象的が過ぎるその言葉の意味を理解出来ずに困惑しているようだ。
恵梨香と祈里は自分なりにその言葉の意味を探ろうと考えを深めており、意見を交わすことなく1人で沙織の真意に辿り着こうとしている。
静流は、苛立った表情で零を睨みつけていた。
どうやら彼女には沙織からのメッセージの意味を考えるつもりはないようだ。
そうやって、メンバーがそれぞれに想いを深めていく中、ライバルからのメッセージを受けた李衣菜が驚くほどに落ち着いた心のまま、ゆっくりと動き出す。
視線を零から外し、仲間たちも見ず、緩やかなれど一直線に沙織の配信を映すPCの前に立った彼女は、その画面をじっと見つめ、強く拳を握り締めた。
「なんの、ため……誰のために、私は……」
楽しそうに歌い、嬉しそうに笑う花咲たらばの姿からは、その魂である沙織の本物の笑顔が透けて見えるようだ。
それは決して【CRE8】のトラッキング技術が優れているとか、そういう話ではない。
魂である沙織が、本心からこの歌配信を楽しんでいるからこそ、ただの絵である花咲たらばに本物の感情と共に命が吹き込まれているのだ。
沙織は今、この配信を楽しんでいる。
多くの人たちに自分の歌を聞いてもらって、楽しんでもらえるこのライブを楽しみ続けている。
バーチャルの世界とはいえ、2年前に途絶えたアイドルという夢を叶える舞台に立てているのだ。その喜びは、感無量といって差し支えないだろう。
そんな沙織の生の感情が、本気の想いが、画面を通して李衣菜にも伝わってくる。
素晴らしい歌声と、観る者全てを魅了するその笑顔を目にした李衣菜は……少しずつ、自分自身の中にあった拘りのようなものが解けていくことを感じていた。
「私が……【SunRise】が、歌う理由、ステージに立つ、理由……」
いつから、忘れていたのだろう? いつから、勘違いしていたのだろう?
沙織の実力を見誤っていたことよりも、彼女の真の武器を忘れていたことよりも、何よりも大切なことを失念していたことを、李衣菜はようやく思い出す。
自分たちが歌う理由は、誰かに勝つためでも、誰かと比べて良いパフォーマンスをするためでもない、ということを……。
沙織が同じ時間に歌配信を行い、そこで同じ曲を披露すると聞いて、これは彼女と自分たちとの勝負だと李衣菜たちは思い込んでしまっていた。
より優れたパフォーマンスを披露し、リスナーたちを盛り上げた方が生き残る勝負だと……そう判断し、沙織に勝つために一喜一憂してきた李衣菜たちだが、当の沙織はそんなこと欠片も考えてはいないのである。
あの弾ける笑顔が、本気で歌うことを楽しんでいる姿が、彼女が送ってくれた言葉が……それを、教えてくれた。
彼女が今、なんのために歌っているのかを、李衣菜はようやく理解することが出来たのだ。
「馬鹿よね、本当に……馬鹿。何やってたんだか、私……」
「李衣菜、さん……?」
じわりと、視界が滲んだ。
つんと、鼻の奥を何かが突いた。
自分たちと、沙織との間にある何よりも大きな差は本当に単純なことであると気付いた李衣菜は、泣いているような笑っているような表情を浮かべた後で天を仰ぎ、盛大な溜息を漏らす。
くだらない、情けない、馬鹿みたい……そんな負の感情をそのひと息で吐き出した彼女は、込み上げてきた感情を胸の内に押し込めながら零と仲間たちの方へと振り向き、言う。
「さあ、最終部が始まるわよ! クライマックスに向けて、パフォーマンス方針を話し合いましょう!」
「え、あ、えっと……」
「声が小さい! 返事は!?」
「は、はいっ!!」
唐突に、いきなりに……雰囲気を変え、これまでのクールな性格が嘘であるかのように仲間たちを先導する李衣菜の姿に、誰もが驚きを露わにする。
ただ1人、そんな彼女のことを見つめる零だけが、口元に小さな笑みを浮かべていた。
「取り合えずだけど、奈々! あんた、もっと派手に暴れていいわ。集団のダンスを乱さないんだったら、アドリブだって好きに入れちゃいなさい」
「えっ!? いいんですか……?」
「ま、待ってください、李衣菜さん! そんなことしたらまたチームワークが乱れて、沙織さんのパフォーマンスとの差が広がっていくばっかりで――」
「それのなにが悪いの、羽衣? どうして、そこまであいつと自分たちを比べたがるのよ?」
「ど、どうしてって、だって……っ!!」
暴走としか思えない李衣菜の意見に口を挟んだ羽衣であったが、その言葉が最後まで紡がれる前に李衣菜が彼女を制する。
そうした後、視線を零へと向けた彼女は、何も言わずに立っている彼を見つめながら、笑みを浮かべた表情でこう言った。
「勝負なんて、対バンなんて、私たちの勝手な思い込みよ。少なくとも、沙織はそんなこと欠片も意識しちゃいない。あいつは現役時代そうだったように全力で歌って、全力でライブして……観てくれる人を楽しませてるだけ、それだけなのよ」
小さく鼻を鳴らして微笑んだ零の反応に、李衣菜が自分の考えの正しさを確信する。
そうした後、沙織の言葉によって思い出した何よりも大切なことを、仲間たちに伝えるようにして語り掛けていった。
「あいつはね、誰かと競おうだなんて考えてない。誰かより上になりたいだなんてことも考えてない。ただただ、自分を応援してくれているファンに応えたい、きらきら輝く自分の姿を見て、憧れを抱いたり、元気になってほしい……そう、思って歌ってる。そんな純粋無垢な、アイドルとしての基本を私たちは忘れてた。どんなに小手先の技術を磨こうとも、その根幹にある心が空っぽのままじゃあ、良いパフォーマンスなんて出来るわけなかったのよ」
「でも、でも……っ! 配信を観てる人たちは私たちと沙織さんを比べて、どっちが上かって評価してて――!!」
「そうかもしれないわ。けどね……今、このライブハウスにいるお客さんたちは、どう? 私たちのデビューライブに駆け付けてくれたあの人たちは、沙織の配信を観てる? 私たちとあいつを比べてる? ……違うでしょ? あの人たちを満足させられるのは、湧かせられるのは、私たちしかいない! 沙織なんて関係ない、私たちが今、すべきことは……あの人たちに最高のライブを見せることよ!」
「っっ……!?」
「たかだかあの程度のファンを盛り上げられないで、この先何万人もの人たちが集まる会場でライブが出来ると思う? 見せてやるの、やってやるの!
びくん、と羽衣の体が大きく震えた。
それはもしかしたら、体ではなく眠っていたアイドルとしての魂が鼓動を始めたが故の震えだったのかもしれない。
彼女と同じく、奈々と恵梨香と祈里も魂を震わせるようにして拳を握り締め、沙織のことを意識し過ぎていたが故に忘れていた大切なことを思い出す。
ゆっくり、ゆっくりと……燃え上がり始めた太陽が、暗闇に包まれた世界を照らし出すようにして、高く高く昇り始める音がした。
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