回り出す、歯車


「もう一度言うわ。奈々、あんたは派手に踊りなさい。1人だけ全く別のダンスをするみたいな真似さえしなければ、私があんたに追従する。あんただけが浮くみたいな展開にならないようにね」


「は、はいっ!!」


「同じことを羽衣にも言っとくわ。ダンス面は奈々に任せるけど、ボーカル面はあんたにかかってるってことを覚えておいて。あんたの声の張りや歌声に負けないくらいに私も全力を尽くすから、出せるもの全部出して歌ってきなさい」


「わかり、ました……!!」


 奈々と羽衣、それぞれが得意とする技術を前面に押し出すように指示を飛ばした李衣菜がそのバックアップに就くことを彼女たちに告げる。

 本来は最も目立つべきポジションであるセンターに位置する彼女が、後輩たちを目立たせるために己の身を削るという発言に驚く面々であったが、その中から恵梨香が遠慮しがちに手を挙げ、発言を行った。


「で、でも、そんなことをしたら李衣菜さんの負担が大きくなりませんか? ダンスも歌も2人に負けないくらいに全力でやったら、体力の消耗が激しいんじゃ……」


「私なら大丈夫、って言いたいところだけど……確かにあなたの言う通りね。私1人じゃあ限界がくる。けど、私は1人じゃない……そうでしょう?」


「えっ……?」


 ぴんっ、と軽く李衣菜が指で恵梨香のおでこを弾く。

 そして、痛みより驚きの方が勝った感情のままに目を見開いている彼女に向け、センターである李衣菜が新たな指示を飛ばした。


「私は奈々と羽衣のバックアップに就く。だから恵梨香、あなたは私のバックアップに就きなさい。なんだったら、私を食う勢いで噛み付いても構わないわ。歌でハモる部分とかは頭に入ってるでしょうから、そこであなたの方がメインに来るように調整をしても――」


「ままま、待ってください! そ、そんなの無理ですよ!! 私が李衣菜さんの代わりを務めるだなんて、とてもとても……むぎゅっ!?」


 自分が、センターである李衣菜の補佐に就く。それも、彼女の代わりにメインを張る勢いで。

 最年少の自分にそんなことは不可能だと、弱気な発言を大慌てで口にした恵梨香であったが、李衣菜はそんな彼女の両頬を手で挟み込むと、顔を思い切り近付かせ、その目を覗き込むようにして激励と説得の言葉を送る。


「恵梨香、恵梨香恵梨香恵梨香……!! 自信を持ちなさい。私は、あなたならそれが出来ると信じてる。【SunRise】の中で1番私を見てたのはあなた。そんなあなたなら私の補佐どころか代わりだって務めることが出来るわ。最年少だから、弱気な性格だから、そうやって私の後ろにすっこんでいられる時期はもう過ぎたの。メジャーデビューを機に、このライブで、あなたは成長しなくちゃならない。一皮剥けた新しい自分になるのよ、恵梨香」


「で、でも、私は――っ!!」


「自分の努力を信じなさい、恵梨香。あなたが私を見ていたように、私もあなたの努力を見ていた。その私が断言しているの、あなたなら出来る……ってね。大丈夫、あなたは自分が思ってるよりもずっと凄いアイドルよ。あなたになら、私は背中を預けられる。踏ん張りなさい、恵梨香。そして、私の信頼に応えてみせなさい!」


「っっ……!!」


 力強い励ましと、信頼の言葉。

 尊敬する李衣菜から向けられたその言葉に息を飲んだ恵梨香が、迷いを振り払うと共に大きな頷きを見せる。


 後輩が成長に向けて1歩踏み出した姿に頼もしさを感じながら、仲間たちの士気が段々と高まっていくことを感じながら……李衣菜は、最後にこれまで少し引いた位置で自分たちを見ていた祈里へと声をかけた。


「祈里、あんたトレーナーから各楽曲のダンスや歌に関する注意点を聞いてたわよね? あんたが大事だと思うところだけでいいから、口頭で伝えなさい。出来るでしょう?」


「可能か不可能かで言えば、可能です。ですが、皆さんが理解出来るかどうかに関してはお答えしかねます」


「はっ! 言うじゃん! 私たちの頭の回転がそんなに遅いって言いたいわけ?」


「奈々はともかく、私たちが理解出来ないわけないじゃない!」


「おい、羽衣! それどういう意味だ!?」


「言葉通りの意味だけど? 悔しかったら、ステージの上で自分の実力を証明してみなさいよ!」


「言ったな? お前こそ、私以下のパフォーマンスしか出来なかったら、戻った時に煽りまくってやるからな!」


 歯車が、噛み合ってきた。

 そう表現するだけの何かが、好循環を生み出している何かが、今の【SunRise】の中にあると、周囲で彼女たちが話し合う姿を見守るスタッフたちが確信を抱く。


 煽ったり、言い争ったり、そんなやり取りは変わらない。だが、そこには今まで彼女たちが見せていなかった本気の笑顔がある。

 互いを信じ、その上で仲間たちよりも優れたパフォーマンスを行う。

 いい意味での目立ち合い、完全なる統制ではなくとも個性と個性がぶつかり合う、そんなチームワーク。


 日本各地から集められた、性格も年齢もバラバラな精鋭アイドルたちによるユニット、【SunRise】。

 今の彼女たちの姿が、事務所が想定していた理想形に最も近い姿だといえるだろう。


 いいのだ、これで。無理に1つの枠に収まろうとしなくてもいい。強引な団結など必要ない。

 各自が、各自の仕事を完璧以上の水準でこなしつつ、仲間の優れたパフォーマンスを間近で見ることで刺激を受け、更なる成長へと繋げる。

 個性の殴り合いによる、無限進化のアイドルグループ。

 そのダイナミックな成長性を観る者に感じさせることこそが【SunRise】の最大の強みなのだ。


「悔しいけど、現時点では私たちは沙織に勝てないかもしれない。でも、スケールの大きさなら負けてないってところを見せてやりましょう! 勝負も周囲の評価も関係ない! 今は目の前のお客さんたちに最高のパフォーマンスを届けることだけを意識する! 全力、全開で……行くわよっ!!」


「はいっ!!」


 今、自分たちがすべきことを明確に理解し、そのことだけに集中した【SunRise】が李衣菜の言葉に張りのある声で返事をする。

 10分ほど前に控室に入って来た時とは比べ物にならないほどの光を瞳に宿した彼女たちがライブの最終部に向けて意欲を燃やしたその瞬間、見計らったようにスタッフが扉を開け、休憩時間の終わりを告げた。


「間もなく休憩時間が明けます! 皆さん、ステージへ!!」


「了解! ……さあ、ラストスパートよ! 円陣組んで、気合入れましょう! 静流さんもこっちに!!」


「え、ええ……」


 自分に代わってメンバーを纏め始めた李衣菜の豹変っぷりに困惑しながらも、彼女の言葉に従う静流。

 6人で肩を組み、そのビジョンを共有した【SunRise】は、李衣菜の言葉を合図に最終部に向けての気合を燃え上がらせる。


「来てくれた人たち全員が忘れられなくなるような、最高のライブにするわよ! 1.2.【SunRise】ッッ!!」


 声を合わせ、大声で叫び、意識を統一した彼女たちが、次々と控室を出て行く。

 最後に楽屋を出て行こうとした李衣菜は、開きっぱなしになっている扉の前でぴたりと動きを止めると……ここまでのやり取りを見守っていた零へと振り向き、笑みを浮かべながら言った。


「阿久津くん、折角ライブ会場まで足を運んでくれたんだもの、最後まで私たちのパフォーマンスを観ていきなさいよ。後悔はさせないわ。沙織あいつ以上にアガるアイドルのライブってものを見せてあげる!」


「……ええ、特等席で楽しませてもらいますよ。本気になった【SunRise】の、パフォーマンスってやつを」


 零の返事を聞いた李衣菜が、満足気に頷いてからウインクを飛ばす。

 世の男性たちのハートを射貫く破壊力を秘めたそれを真っ向から受け止めた零は、ステージへと駆けていく彼女の背中を見送りながら……伝言を頼まれた際の沙織との会話を思い返していた。

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