一方、CRE8


「ここまでは予定通り、か……後は、零がきちっと仕事をこなしてくれればいいんだが……」


「零くんなら大丈夫ですよ。私を助けてくれたみたいに、沙織さんやSunRiseの皆さんのために一生懸命頑張ってくれてるはずです」


「そうだね。あいつはそういう男だ。信じて見守ろうか、沙織とSunRise、2つの配信を」


 同時刻、【CRE8】本社社長室にて、話し合う影が2つ。

 1人は事務所の代表である薫子、もう1人は彼女と共に沙織たちの配信を見守る有栖だ。


 零たちと共に作戦を練り、今日という日を迎えた彼女たちは、多少の緊張を覚えながら自分たちの策が上手くいくことを祈り、沙織たちのライブを見守っている。


 不測の事態に備え、動く準備というものはしているが……実際のところ、ここまで事が進んだ時点で薫子たちに出来ることはほとんど存在していない。

 作戦が成功するかどうかは、沙織自身の努力と零の活躍、そして【SunRise】の意識にかかっていた。


「……見た感じ、ネットのリスナーたちは沙織の方がいいパフォーマンスをしていると思ってくれてるみたいだ。コメントや高評価数にもそれが出てる」


「本当に凄いですね、沙織さん。たった1人で、6人に勝っちゃうなんて……」


 並外れた実力と努力、その2つを兼ね備えた沙織のパフォーマンスに驚嘆したのは、有栖も同じだった。

 リスナーや【SunRise】メンバー同様、彼女の歌声に魂を痺れさせられている有栖の言葉に、薫子が小さく笑みを浮かべて言う。


「アイドルになるっていう夢を捨て切れなかったが故に沙織は苦しんだが、その苦しみは無駄じゃなかった。無駄に思われた努力も、今こうして誰かの心を揺さぶるだけの実力として花開いたんだ。僅かにかもしれないけど……苦しみ続けた沙織の2年間が、ようやく報われたみたいだね」


「はい。でも――」


 薫子の言葉に同意しつつも、その先に否定の意見を述べようとする有栖。

 彼女が何を言おうとしているかを理解している薫子は、頷きを見せることで有栖の言葉を制した。


 今現在、沙織の配信は非常にいい感じだ。

 対バンの相手である【SunRise】を圧倒するパフォーマンスを見せつけ、絶望的だった前評判をひっくり返しての優位な勝負の展開を見せつけることで、ファンやリスナーを大いに湧かせている。


 だが……沙織の目的は、この勝負に勝つことではない。

 かつての仲間であった【SunRise】を叩きのめし、彼女たちに致命的なダメージを与えることではないのだ。


 勝つだけだったら、炎上の被害を【SunRise】に押し付けるだけだったら、話は簡単だ。

 このままの展開で勝負を続ければ、その目的は勝手に達成されるのだから。


 事実、休憩時間が明けてステージの上に戻ってきた【SunRise】のパフォーマンスは、明らかに第1部の時より精彩を欠いている。

 おそらくは休憩中に沙織の配信を観て、自分たちとの差を突き付けられたことによる精神的動揺が影響しているのだろうと思いながら……薫子は、どこか纏まりの見えない彼女たちの動きに目を細めながら言う。


「……沙織の言う通りになってるね。あの子は本当に、この2年間も仲間のことを忘れてなかったみたいだ」


 配信に臨むにあたって、自分の甥である零の力を借りたいと言ってきた沙織の姿を思い出した薫子が、長い溜息を吐いた。

 それはかつての仲間たちの心情を完全に理解している沙織への感嘆の感情であり、ここまで2年前の事件が尾を引く原因を作ってしまった人々に対する一種の怨嗟の感情であり、その件で誰よりも責任を感じている沙織への憐憫の感情から溢れた溜息だ。


 2年前の事件以来、沙織はずっと苦しんできた。

 夢を諦めざるを得なくなったことも、仲間たちやファンに何も言えずに彼女たちの前から去ってしまったことも、それだけの悲しみを味わいながらもアイドルにずっと未練を抱き続けてきたことも……そんな苦しみを、沙織は首の傷や自分が抜けた後も活躍する【SunRise】の姿を目にする度に、幾度となく蘇らせたに違いない。


 だが、苦しんでいるのは彼女だけではない。

 彼女を失った【SunRise】のメンバーも同じだ。


 李衣菜にとっても、他の誰にとっても、沙織という人間の存在はとても大きなものだった。

 それが急に消え、自分たちの傍からいなくなってしまった時の衝撃は、相当なものであっただろう。


 デビューが延期になった際やそこからの試行錯誤の際には、メンバーの中では薫子が想像も出来ない苦難や葛藤の日々があったに違いない。

 それでも、彼女たちが過去を振り切れていないのは明らかで、李衣菜たちもまた沙織同様に2年前からずっと苦しみ続けているのだ。


 沙織は、それは全て自分の責任であると思っている。

 2年前、自分が選択を誤ったが故にこの問題は尾を引き、【SunRise】がデビューを目前とした大事な時期に再び大きな波紋を広げるような爆発を起こしてしまったことに、強い責任を感じているのだ。


 それが全て彼女の責任だとは到底思えない。

 真実を秘匿する選択を下したのは【ワンダーエンターテインメント】だし、当時まだ子供であり、大きな精神的ショックを受けていた沙織にベストな判断を下せというのが無理な話だ。


 それでも……沙織は、自分の手でこの負の連鎖を終わらせたいと願って、行動を起こした。

 彼女は今、零の意見に乗り、そこに自分なりの想いを加えて、かつての仲間たちと争うような形を取りながら、自身の目的を果たそうとしている。


 沙織の真の目的、それは……2年前の事件、過去との決別。

 この苦しみを、悲しみを終わらせるために、彼女は歌い続けている。深い電子の海の底にあるステージから、世界中に響けと歌を紡いでいる。


 その声が、想いが、彼女たちに届くかどうかは……全て、あの男にかかっていた。


「……信じてるよ、零くん。あなたなら、きっと……!!」


 自分を救ってくれたように、自分の想いを多くの人々に届けてくれたように、零ならきっと【SunRise】のメンバーに沙織の想いを伝えてくれる。

 そう、信じ続ける有栖の言葉に大きく頷いた薫子は、彼女と共に進みゆく2つのライブを見守り続けるのであった。

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