どーも、こんばんは
「第2パート終了します! ここから15分の休憩に入りますんで、最終パートの準備お願いします!!」
第2部の終幕を告げるスタッフの声が、舞台裏で響いている。
そんな声を耳にしながら舞台袖から控室へと戻っていった【SunRise】メンバーは、完全に意気消沈していた。
第1部の際のハイテンションな姿は消え失せ、何処かアイドルとは思えない重く暗い雰囲気が常に彼女たちの周囲を漂っている。
誰も、何も、言葉を発することなく李衣菜を先頭にして控室まで戻ってきた彼女たちは、自分たちよりも沈んだ空気を纏っているスタッフたちのどよんとした雰囲気を目にして、それぞれに反応を見せた。
「……また、差が開いたのね」
短く、端的に、スタッフたちが暗く沈んだ空気を纏っている理由を言い当てる李衣菜。
その言葉に俯き、何も言ってこないスタッフたちを押し退け、彼女はPCの前まで進む。
正直に言えば、見たくない。どんなコメントが寄せられているか想像がついてしまうから。
だが、現実としてこの状況を受け止めなければならないという思いを拒否感より上回らせた李衣菜は、自分たちのライブ配信と沙織の歌配信の両方を表示しているPCの画面を目にして、予想通りの光景に唇を噛み締めた。
【やっば、うっま! たらば、SunRiseの曲以外もめっちゃ上手じゃん!!】
【グループ曲の歌い分けも上手いけど、1人で歌う以上はソロ曲の方が映えるよね】
【いつか2期生全員で歌ってみた動画出してほしいな……なんてのは気が早過ぎるか?】
沙織の配信では、彼女の歌声を賞賛するコメントが飛び交っている。
プロである李衣菜たちですら認めざるを得ない実力だ、リスナーたちが彼女を褒めるのは当然の話だろう。
ここにきて【SunRise】の楽曲以外の歌も披露した彼女は、遺憾なくその実力を発揮して視聴者たちを夢中にしているようだ。
やはり、彼女は凄い……と、配信という実際にファンたちと顔を合わせていないにも関わらず彼らの心を掴む技量を発揮する沙織に、李衣菜は心の中で純粋な賞賛の言葉を贈るしかなかった。
一方、そんな沙織の配信に対して、【SunRise】のライブ配信はというと――
【なんかグレードダウンしてね? 1部の方が元気あったよ?】
【最初から飛ばし過ぎてバテちゃったのかな……?】
【落差が酷くていまいち盛り上がれない。ライブ会場に居ればまた別なんだろうけど……】
応援しているアイドルたちのパフォーマンスの拙さに落胆する者のコメントが、嫌でも李衣菜の目につく。
中には自分たちを擁護し、いいパフォーマンスだと言ってくれる者もいるが……沙織の配信と比べると、その数は明らかに少ない。
いや、少ないのは応援のコメントの数だけではない。動画に寄せられる高評価の数も沙織の配信と比べると桁違いだ。
対バン配信として視聴者たちからの注目を集めている自分たちの配信は、大半のリスナーたちが2窓で視聴しているはず。
その証拠に、表示されている2つの配信の視聴者数はほぼ同数であるというのに……高評価の数が、軽く1000件は違っている。
唯一自分たちが沙織に勝っている部分を上げるとすれば、それは低評価の数くらいのもの。
沙織の配信に比べ、自分たちのライブがつまらないと評価する人間がこれほどまでに多いことに、李衣菜は悔しさと自分自身への不甲斐なさを感じていた。
(なにをやってるの、私たちは……!? ステージに立っておきながら、あんな不甲斐ないパフォーマンスをして……っ!!)
この評価の差を、リスナーたちの反応の違いを、李衣菜は当然のことだと思っている。
それほどまでに第2部で見せた彼女たちのパフォーマンスは酷く、拙いものであった。
1部で見せた【SunRise】のパフォーマンスが120%だとしたら、2部はその半分以下の30%程度。
自分たちがレッスンの成果も、この2年間で得た経験も、何一つとして活かせないままぐだぐだなパフォーマンスしか出来なかったということは、李衣菜だけではなく他のメンバーたちも気付いているだろう。
先の休憩時間で見せつけられた沙織の実力によって心を揺さぶられ、思い上がっていた自分たちの心を思い切り叩き落とされて……そうやって、精神状態がガタガタの状況でステージに上がったということも、パフォーマンス低下の大きな原因の1つだ。
しかし、この無様の最大の要因は、メンバー同士の連携が取れなくなってしまったことだと、李衣菜もメンバーもスタッフも、そう考えていた。
グループでのパフォーマンスは全員の調和が必要。それを無視して1人で突っ走っても、チームワークが乱れるだけで全体の質が落ちるだけ……先の羽衣の言葉は、皮肉にも彼女たちの現状を的確に表している。
第1部の際には沙織への敵対心で一応は団結していた【SunRise】であったが、実力差を突き付けられたことによる動揺と焦りによってチームワークを崩壊させた結果、今の彼女たちはとんでもない質の低下を引き起こしてしまっていた。
話し合いでパフォーマンスにどんな工夫を凝らすかの決着を得ないままステージに上がったメンバーは、このままでは沙織に負けてしまうという焦りの感情が先走らせたままに勝手な行動を始めてしまう。
奈々は自慢のダンスを武器にアドリブの振り付けを加え、羽衣は一層声を張り上げて磨き上げた実力を披露したが……それら全ての行動は、逆に彼女たちを追い詰める結果となる。
奈々が派手なダンスを披露した結果、彼女の踊りは他のメンバーと比べてひどく浮いてしまった。
統制の取れたダンスの中に1人だけ別の動きを取る者がいれば、観る者はどうしたってその異質さに目が行ってしまい、全体が見通せなくなってしまう。
彼女1人が目立つことは成功したが、全体的に見れば不和が生まれただけでなんの意味もない行動。
それが、かえってグループ内に蔓延していた不和を加速させてしまっていた。
羽衣の行動も似たようなものだ。
彼女が声を張り上げた結果、絶妙なバランスで組み上げられていた合唱の調和が崩れてしまった。
羽衣の声は美しいし、歌も上手い。そのことに関しては何の異論もないだろう。
だが、それを複数人での歌で活かすためには、他者との協力が必要であるということを……ステージ上の彼女は完全に失念してしまっていたようだ。
そうやって、パフォーマンスの和が崩壊していくことは、当然ながら他のメンバーにも感じ取れていた。
勝手なことをする2人をステージ上で諫めることも出来ず、ただただパフォーマンスの質が低下していくことに焦りを募らせる彼女たちもまた、精神が動揺したことで実力を完全に発揮することが出来なくなってしまう。
特に最年少の恵梨香は動揺が大きく、ミスを連発してしまうようになっていた。
「恵梨香! お前、何やってんだよ!? 振り付けも歌詞も間違えまくってるじゃん!」
「す、すいません……! 頭が、真っ白になっちゃって……」
「この大舞台でなに言ってんだよ!? プロとしてあるまじき行為だろ!?」
「奈々、あんたもいい加減にしなさいよ。苛立ってるからって年下の恵梨香に当たって、恥ずかしくないの?」
「はぁ? どういう意味よ!?」
「や、やめてください! 奈々さん、羽衣さん! 私が失敗したのが悪いんですから、もう喧嘩しないでくださいっ!!」
……また、険悪な奈々と羽衣が言い争いを始めてしまった。
今にも殴り合いが始まりそうな2人のことを恵梨香が必死に止めているが、彼女以外は誰もその喧嘩を止めようとする者はいない。
祈里は冷めた目で彼女たちの諍いを見ているだけだし、普段は仲裁に入る静流も自分のことで精一杯で争いを目に入れようともしない。
スタッフはおろおろしているだけで何も出来ずにおり……李衣菜もまた、目の前の光景がどこか遠い場所で行われているような、今の自分たちの状況を受け入れられない心が、現実を受け入れることを拒否しているが故の精神状態に陥ってしまっていた。
「自分の失敗を他人に押し付けるなって言ってるの! あんたがアドリブで変な踊りを入れたせいで、チームワークがぐちゃぐちゃになったんでしょうが!」
「そう言う羽衣だって、ハモりを無視して大声出してたくせに! 私に責任を押し付けようとしてるのはあんたの方でしょ!?」
普段通りの言い争いは、普段の剣幕では行われていなかった。
本気の憎悪と、苛立ちと、怒りと……負の感情をごちゃ混ぜにしたままに言い争いを続ける2人のことをぼんやりとした目で見つめていた李衣菜であったが、そんな彼女の意識を急速に覚醒させる出来事が起きてしまう。
「もう止めて! 止めてください! まだライブは続いてるんですよ!? それなのにこんな言い争いばっかりじゃあ、何も――」
「うっさいわね! あんたは黙ってなさいよっ!!」
「あっ――!?」
強引に、言い争う奈々と羽衣の間に割って入ろうとした恵梨香の小さな体が、何かの弾みで跳ね飛ばされた。
脚をもつれさせ、吹き飛ばされた勢いのままに倒れ込む彼女の目が、大きく見開かれる。
恵梨香の視線の先にあった物。それは、控室に備え付けられていたサイドテーブルの角だった。
手をつくことも適わず、体勢を立て直すことも出来ず、そのまま恵梨香が顔面から鋭利なテーブルの角に突っ込んでいく様を目にした李衣菜が、はっとした表情を浮かべると共に叫ぶ。
「恵梨香っ!!」
暗い雰囲気を突き破る李衣菜の悲鳴が、控室内にこだました。
その声に驚いた面々が、事の成り行きを見守っていたスタッフたちが、微動だに出来ずにいる中……恵梨香の体は完全にバランスを失い、前のめりに倒れ、そして――
「んっ……!?」
どんっ、という鈍い音が響いた。
くぐもった恵梨香の悲鳴と共に鳴り響いたその音に一瞬背筋を強張らせた一同であったが、数拍の後に全員が安堵の溜息を漏らす。
今の今まで恵梨香の顔面と激突しようとしていた、サイドテーブルの角。
そこに突き刺さっているのは彼女の顔ではなく、倒れ込む恵梨香を受け止めたスタッフの背中であった。
恵梨香も結構な勢いでそのスタッフの胸に飛び込むことになったが、鼻柱をぶつけて涙ぐむ程度の被害で済んだようだ。
アイドルとして最も大事な顔に傷がついてしまっては、ライブどころではなくなるところだった。
最悪の事態を避けられたことにメンバーやスタッフが安堵する中、恵梨香の危機を救ったスタッフが背中の痛みに顔を顰めながら言う。
「ああ、痛ってぇ……!! マジで予想外の事態なんだけど、これ……!?」
「えっ……!?」
その声を聞いた李衣菜の顔が、驚きの色に染まっていく。
なんというか、その、今の声には……とても聞き覚えがあったからだ。
その声の主には、すぐに気が付いた。
スタッフであることを証明するパーカーを羽織り、同じくスタッフ専用のキャップを深めに被っている彼の顔ははっきりと見ることは出来ないが、もう間違いない。
「ったく、喜屋武さんに頼まれて来てみれば、仲間割れの真っ最中だなんて笑えねえ。あの人の言う通りじゃねえか」
「え……?」
その人物が口にした沙織の名に、今度は彼に受け止められている恵梨香が声を漏らす。
顔を上げ、彼女がそのスタッフの顔を目にすると同時に、被っていたキャップを脱ぎ捨てた男性は、首を何度か振り、大きく深呼吸してから、この場に集う面々へと正体を明かしてみせる。
とはいっても、この場に集う面子の大半は彼が何者であるかを知らないわけではあるが……例外である李衣菜は、顔を露わにした彼の姿を見て、驚きと共にその名を呼んだ。
「あなたは、確か……阿久津零!? 沙織の同僚の……!!」
「どーも、久しぶりっすね。今回は俺の方が無許可で突撃させてもらいましたよ、小泉さん」
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