迷走、SunRise


「こっから先はダンスで勝負するしかないよ! 沙織さんにはない、私たちだけの武器なんだから、そっちを強調するしかないじゃん!」


「待ちなさいよ。それってつまり、歌の部分では私たちが負けてるってことを認めるってことじゃない! そんな逃げの気持ちで沙織さんに勝てると思ってんの!?」


「気持ちだけで勝負して何になるっていうんだよ!? 事実、私たちの歌は沙織さんに負けてるんだから、そこを認めた上で戦略を練るしかないじゃんか!!」


「そうやって歌から逃げれば逃げるほど、私たちの粗が大きくなっていくってわからないの!? 私たちはアイドルであって、ダンサーじゃないのよ!? 歌の方に注力しなきゃ、それこそ本末転倒じゃない!!」


 普段から険悪な仲の奈々と羽衣が、真っ先に言い争いを始めた。

 ここからのパフォーマンス方針を巡って怒鳴り合いを続ける2人のことを、年下である恵梨香がおろおろとした様子で見つめている。


 ダンスという沙織にはない武器を存分に活かすべきだという奈々と、歌という基礎を疎かにしても意味がないと主張する羽衣。

 お互いの意見はどちらも正しく、間違っているのだが……根本にあるのが相手や仲間たちへの不信感であるために、2人の会話はただの言い争いにしかなっていなかった。


「私にはダンスだったら誰にも負けないって自信と自負がある!! 歌で負けてるっていうんだったら、他のところで勝負するしかないじゃん!!」


「あんた1人で張り切ってどうするのよ!? グループでのパフォーマンスは全員の調和が必要なの! それを無視して1人で突っ走っても、チームワークが乱れるだけで全体の質が落ちるだけだってことを理解出来ないわけ!?」


「調和だのチームワークだの……そんなのを重視しても、意味ないじゃん! だって現実問題、私たちが協力してパフォーマンスをしても沙織さんに負けてるじゃない!」


「だからって焦って連携を乱す方が不利益でしょうが!! 1人が勝手なことをして、全部を台無しにしてどうすんのよ!?」


 ヒートアップする2人のことを止める者は誰もいない。

 普段は仲裁に入る静流は愕然としたまま言葉を失っているし、センターである李衣菜も自分の不覚と沙織との実力差を突き付けられてそれどころではない状況だ。


 2人のことを気に掛けているではあろう恵梨香もスタッフたちと共にどうしたらいいのかわからずにおろおろしているだけで何も出来ず、祈里に至っては冷めた目でそんな仲間たちのことを黙って見守っているだけという有様である。


「そもそもあんたはいつだってそうよ! 自分が自分がって勝手に前に出て、自分1人が目立つことしか考えてない! 派手なダンスで実力のなさを誤魔化すくらいなら、もっとチームのことを考えなさいよ!!」


「実力がない? チームのことを考えろ? ……その言葉、あんたにそのままそっくり返してやるよ!! 【SunRise】で1番歌が上手いとかなんとか言われてても、結局は沙織さんには勝ててないじゃん! そうやって歌での勝負にこだわるのも、自分の得意分野で負けたってことを認めたくないからなんでしょ!? 負け確の勝負に仲間を付き合わせようとしておいて、よくもまあそんなことが言えるよね!?」


「はあ? じゃあ逆に聞きますけどね、あんたは私たちと一緒に歌ってなかったわけ? 複数人でのボーカルパフォーマンスはね、1人でも実力の劣る奴がいると一気に質が落ちるのよ! レッスンの時に毎回毎回しっかり歌えって私が注意してたのに、どこぞの馬鹿がダンスばっかりに集中して練習を怠ったせいで、私たち全員が迷惑してるの! その責任を私1人に押し付けてドヤらないでくれる!?」


「誰が……実力が劣ってるだって!? そういう羽衣こそ体力もなくて、ダンスがこじんまりしてる癖に! あんたが歌以外の部分も磨いてくれてれば、もっといいパフォーマンスが出来てた! それなのに歌、歌、歌って、自分がグループでNo1のボーカルだって思われたいために他の部分を疎かにして……! それで沙織さんに歌で負けてちゃ、世話ないじゃん!!」


「奈々っ! あんた、この――ッ!!」


「もう止めて! 止めてください!! こんなことして、何になるんですか!? 仲間同士でいがみ合って、喧嘩して、本当に良いパフォーマンスが出来るっていうんですか!? こんなの、こんなの嫌ですよ……折角のデビューライブなのに、こんな風に言い争いばっかりしても、なんにも楽しくないじゃないですか……」


 取っ組み合い寸前までいった奈々と羽衣の言い争いを止めたのは、恵梨香の悲痛な叫びだった。

 今にも泣き出しそうな表情の彼女は、ぽつりぽつりと自身の心境を語ると共に握り締めた拳を震わせている。

 そんな彼女の姿を見た奈々と羽衣も流石にばつが悪くなったのか、お互いの顔をちらりと見合った後で押し黙ってしまった。


 すすり泣くような恵梨香の息遣いだけが響く控室の中で、誰もが一気に最低にまで落ちた現在の雰囲気に言葉を失っている。

 沙織に対抗するための作戦どころか、自分たちのモチベーションを保つことすら出来なくなっているメンバーとスタッフたちが茫然とする中、小さく鼻を鳴らした祈里が全員に聞こえるようにして言った。


「結局、こういうことだったんですよ。2年前からずっと、私たちはばらばらのままなんです。お互いがお互いに別の方向を向いて、勝手に動き回っている……それが、今の【SunRise】。こんな状況の私たちが、本気の沙織さんに勝てるはずがないんですよ」


「祈里、あんた――っ!!」


 あんまりなその言葉に文句を付けようとした奈々であったが、祈里に鋭い視線を向けられた瞬間、威圧感に喉が震えて何も言えなくなってしまった。

 そもそも、彼女は何も間違ったことを言っていないのだと、今の今まで羽衣と言い争いをしていたことで祈里の言葉の正しさを証明してしまっていた奈々は、顔を伏せると共に唇を真一文字に結んで悔しさに肩を震わせながらこの2年間に思いを馳せる。


 自分たちは間違っていたのだろうか? これまでの努力は、全て無駄だったのだろうか? 

 一気に自分たちのこれまでを否定され、デビューという絶頂の時期に無力さを突き付けられて、奈々たちが大きく沈んでしまう気持ちを止められるはずもなかった。


 どんよりと沈んでいく空気の中、それでも時間は流れていく。

 こうして言い争い、絶望し、迷走している間にも、休憩の時間はもう間もなく終わりを迎えようとしていた。


「……2部が始まるわ。とにかく、気持ちを切り替えていくわよ」


 込み上げる感情を押し殺しつつ、そんなこと出来るはずもないと理解しつつ……李衣菜が、センターとして仲間たちへと出陣を告げる。

 だが、その声に対して仲間たちから反応が返ってくることはなく、ライブ始まりの意気揚々とした雰囲気がまるで嘘のように消え去ってしまっていた。


 それでも、自分たちは行くしかない。あのステージから逃げ出すなんて選択肢は、与えられていないのだから。

 無言のまま、これからどうすればいいのかもわからないまま……まるで死刑台へと移送される囚人とも見紛う沈鬱な姿を晒しながら、李衣菜たちは多くの観客が待つ舞台へと歩みを進めるのであった。

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