悪化、狂い始めた歯車


 祈里の言葉を否定する材料はどこにもない。逆に、彼女の言葉が正しいという証拠は山ほどある。

 PC画面に映るリスナーたちのコメントが、李衣菜たちにとって残酷なまでの現実を証明していた。


【マジやべえわ。上手く言えないけど、圧が凄い】

【ポップな曲からバラード、ロックまでいけるのな。たらばの歌い分けが半端なさ過ぎる】

【2期生で歌はリア様の独壇場だと思ってたけど……たら姉も互角の実力だわ】


 これが、沙織こと花咲たらばの配信を視聴するリスナーたちの声。

 彼女の歌とパフォーマンスへの賞賛が途切れることなく寄せられ、そのコメントの数々があまりにも早い流れとなっている様からも、配信の盛り上がり具合が読み取れるだろう。


 文句の付けようがないというのは、こういうことを指すのだ。

 少なくとも、李衣菜が聞く限りは沙織の歌に不満点はない。悔しいが、彼女の実力が確かであることは明々白々だ。


 では、そんな【SunRise】側の配信はどうなっているかと聞かれれば……正直に申し上げることが心苦しい状況になってしまっていた。


【なんか声遠くね? 思ったより響いてないかも】

【配信に向いてるスタジオってわけじゃないからね、ちかたないね】

【無料だし、家で観れるし、文句は特にないかな。会場行ってる奴らは全力で楽しめてるでしょ】

【スタッフさん、もうちょっと頑張ってー! もっとちゃんと【SunRise】のライブが見たいよー!!】


 擁護の声はある。賞賛のコメントも多く寄せられている。

 だが、それと同じくらいにファンたちからの不満の声が噴出し、それが打ち込まれていることも確かだ。


 ファンたちの言う通り、このライブハウスが配信に向いている環境ではないということもあるし、スタッフの中にはライブの生配信を初めて担当する者もおり、慣れない作業に手古摺っている者もいるのだろう。

 だが、ファンがこうした不満の声を上げる最大の要因がそれ以外の部分にあるということを、李衣菜を含めたこの場の全員は理解してしまっていた。


「……比較されてるんですよね? このライブ、俺たちが今観てる配信の歌と比べられてる、って……」


 スタッフの誰かがそんな言葉を漏らした瞬間、控室内に満ちていた緊張感が堰を切ったように一気に溢れ出した。

 それは誰もが理解していたが、誰もが理解したくなかった情報であり、スタッフの言葉を切っ掛けにそれを直視してしまった一同は、軽いパニック状態に陥ってしまったのである。


 このライブが始まる前、もっというならば沙織が【SunRise】のデビューライブに自身の歌配信をぶつけてきた時から、【SunRise】メンバーもスタッフもそれぞれのファンたちも、これをアイドルとVtuberの勝負だと考えていた。

 どちらの歌が、パフォーマンスが優れているのか? どちらがリスナー及びファンたちを盛り上げることが出来るのか?

 それを1発で判断出来るいい機会だと誰もが考え、同時刻に行われる両者の配信は多くの人々に比較されているのである。


 ほぼ同じタイミングで同じ曲を披露すれば、両者の実力差は明らかだ。

 少なくとも今、この場で、【SunRise】が沙織に勝利していると胸を張って言える者は誰一人として存在していない。


 決して李衣菜たちの調子が悪いわけではなく、彼女たちは普段の実力を100%発揮したパフォーマンスを披露している。

 ただ、沙織はそれを凌駕する200%のパフォーマンスを披露して、リスナーを湧かせているだけなのだ。


「マ、ズい……! これは、本当に……っ!!」


 静流の呻きが、狼狽具合が、全てを物語っている。

 自分たちのライブ配信と沙織の配信を同時に視聴しているリスナーたちの目に、この実力差が明らかになってしまうことは彼女たちにとって致命的な痛手であった。


 慢心していたといわれればその通りだと答えるしかない。

 沙織を侮る気持ちがなかったといえば嘘になることも確かだ。


 だが、それでも……自分たちの全力が、本気が、たった1人のアイドルに、Vtuberに通用していない現状は、あまりにも残酷が過ぎる。

 そしてそれを絶対的優位を信じ切っていた浮ついたままの心境で突き付けられた一同は、大きく精神を揺さぶられてしまっていた。


「どうする? ここからどうするの!?」


「どうするって……私たちは私たちのライブをするしかないでしょ!」


「そんなのは当然じゃん! でも、それだけじゃあ沙織さんに勝てないから、何か打開策を見つけようって話をしてんの!!」


「な、奈々さん、羽衣さん、落ち着いてください! 言い争ったって、何も解決しませんよ!!」


「意見がないなら黙ってなさいよ、恵梨香! このまま何も話さなくても負けは見えてるじゃない! だったら、ガンガン意見をぶつけ合った方がまだマシでしょ!?」


 淀んだ空気が、遂にこの場の雰囲気を侵食し始めた。

 浮かれていた心を叩き落とされ、長く伸びた鼻をぽっきりとへし折られたメンバーたちが、動揺と不安を怒りの感情へと変換させてそれをお互いにぶつけ始める。


 それを取りまとめる者も、落ち着かせる者も、この場にはいない。

 言葉を失った李衣菜も、完全に冷静さを失った静流も、仲間たちにどう反応したらいいのかがわかっていない。


 このままでは良くないと頭では理解していながらも、正解が見つけられずに停滞する彼女たちの目の前で、メンバーたちの雰囲気は段々と険悪なものに変化していった。



――――――――――


これ100話目のお話なんですけど、こんな内容で大丈夫なのかな……?

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