6対1、ではない


「なによこれ……どういうこと!?」


「どうしたの、奈々!?」


 ただならぬ雰囲気に声をかけてきたメンバーへと、自身が見ていたスマートフォンの画面を見せつける奈々。

 静流たちと並んでそれを見た李衣菜は、SNSのトレンドランキングを確認し、愕然とする。


「ランキングトップが花咲たらば……!? ライブ開始前は、私たちの方が上だったじゃない!」


「ど、どうして、逆転されているの……!?」


 ライブの開始前にSNSを確認した時は、【SunRise】の方が花咲たらばよりもトレンドランキングの上位にいたはずだ。

 しかし今、その順位は逆転しており、しかも彼女がランキングの1位を取っているという始末である。


 悪くない、むしろ好感触のパフォーマンスをしたのにも関わらず、沙織に上の順位を譲ってしまったことに動揺するメンバーたち。

 その中で、またあることに気が付いた恵梨香が、その下のランキングを指差しながら言う。


「こ、この下のワードも、全部沙織さん関連のものなんじゃないですか? トレンドランキングは今、沙織さんがトップ3までを独占してるんじゃ……!?」


 彼女の言う通りだった。トレンドの2位と3位までもが花咲たらば関連のワードで埋め尽くされており、【SunRise】の名はそれよりも下の順位に甘んじて、ランキングのトップ3にまで入れない有様だ。


 ネットで大盛り上がりを見せる花咲たらばの歌配信の勢いに李衣菜が不安感を抱き始める中、2位のワードを読み上げた羽衣が口元をひくつかせながらその意味を探り始める。


「【実質2期生コラボ】ってなによ? なんでこんな意味がわからないワードが、私たちより上の順位に来てるのよ!?」


「……っ!?」


 花咲たらばの名前と、彼女が配信を行う際に使っているワードがトレンドランキングに入るのは理解出来る。

 だが、その中に紛れた初見では意味がわからないワードがそこに並んでいることに対しての不満を羽衣が漏らした時、李衣菜の全身に電撃が走った。


 弾けるような動きでメンバーの輪から外れ、再び配信を担当するスタッフの下へと歩み寄った彼女は、焦った口調でPCを操る彼に指示を飛ばす。


「沙織の配信を出して! 早く!!」


「は、はいっ!」


 その勢いに負けてノートPCを操作し始めたスタッフが、大慌てで沙織こと花咲たらばの歌配信枠を開く。

 李衣菜の声で彼女の動きに気が付いた他のメンバーたちが同じようにノートPCを取り囲む中、配信ページが開かれ、笑顔の沙織……花咲たらばが彼女たちの前に姿を現した。


『は~い! 一旦休憩の雑談タイム入るさ~! いや~、ここまで歌いっぱなしだったから喉が渇いちゃったよ~!』


 どうやら、彼女は丁度1曲歌い終わり、トークタイムに入るところのようだ。

 爆速で流れるコメント欄の様子と自分たちよりも多い高評価の数に露骨に不機嫌な顔をした静流たちを放置して、李衣菜は食い入るようにたらばとその配信を視聴するリスナーたちの反応を見つめていく。


『やっぱね~、グループ曲を1人で歌うのは大変だからね~! 協力してくれる人がいて助かってるよ~!』


「……協力? どういうこと? 沙織は1人で配信をしてるはずでしょう? 一緒に歌ってくれる仲間なんて、あの子にはいないはずじゃ……!?」


「いいえ、居ますよ。私たちのようにアイドルとして一緒にステージに立つ仲間はいないかもしれませんが……沙織にはもう、新しい仲間がいるんです」


「えっ……!?」


 静流の訝し気な言葉に対して、李衣菜が意味深なことを言ってから唇を噛み締める。

 その言葉を受けても未だに意味がわからないといった顔をしている静流の視線を浴びながら、李衣菜は自分自身の不覚に激しい後悔を抱いていた。


(忘れていた……私たちが戦ってる相手はアイドルの喜屋武沙織じゃない、Vtuber花咲たらばなんだ!)


 李衣菜はずっと、沙織は1人で自分たちと競うのだと思っていた。

 かつての仲間であった【SunRise】を敵に回し、6対1の無謀な勝負を挑んできたのだと、そう思っていた。


 だが、そうではない。

 自分たちに勝負を挑んできたのは喜屋武沙織ではなく、だということを李衣菜はずっと失念してしまっていた。

 そして何より、自分の過去が原因で勃発したこの戦争に、沙織が他者を巻き込むはずがないとそう思い込んでいたのだ。


 今の沙織はアイドルではない、Vtuberだ。

 そして、彼女が燃え尽きるためではなく、開き直って本気の勝負を仕掛けてきたとするのならば……その熱意に同調する者だって現れるだろう。


 どうして彼女が孤独だと思い込んでいた?

 相手は決して馴れ馴れしい人付き合いを好んでいるわけではない自分の心を開かせ、2年前まで【SunRise】の中心としてメンバーに大きな影響を与えていた沙織だぞ?


 2年前で、彼女の情報のアップデートを止めてしまっていた李衣菜は、今更ながらにそのことに気が付くと共に込み上げてくる悔しさに歯を食いしばった。

 もうとっくに……沙織は、新しい居場所で新しい仲間を得ていたということを、今の今になってようやく自分は気が付いたのだ。


『みんなももうわかってると思うけど、感謝の意味を込めて改めて言っておくね~。羊坂 芽衣ちゃん、蛇道 枢くん、愛 鈴メイ リンちゃん、リア・アクエリアスちゃん……以上4名が、今回の歌枠に際してコールとコーラス、そして歌ったデータを送ってくれました~! いえ~い!! というわけで、概要欄にみんなのチャンネルのURLを貼っておくから、チャンネル登録よろしくさ~!!』


 沙織の、たらばの言葉が、李衣菜の想いを肯定していた。

 彼女はたった1人でこの勝負に臨んだのではない。しっかりと、仲間たちの力も借りた上でステージに立っているのだ。


 今しがた、彼女が口にした仲間たちの名前の内、蛇道枢の名には聞き覚えがある。

 少し前に顔を合わせ、自分と車の中で会話をしたあの青年、阿久津零が演じているといったVtuberだ。


 沙織が辞表を提出した時に激高し、その行動を制止すると共に説得までしてみせた、あんな仲間想いの同期がいることを、どうして今の今まで自分は忘れていたのだろうか?

 余計なお節介を焼くほどに沙織のことを気に掛ける仲間が、同期が……あと3人、残っていることを完全に失念してしまっていた。


 もしも沙織が彼らに協力を要請したら、きっと彼らはそれを拒まない。

 炎上というリスクを背負っても、余計な注目を浴びるという危険性を孕む行為であっても、沙織のために力を貸すだろう。


 彼女には、沙織には、そんな風に思わせてしまう何かがあるということを、李衣菜は今になってようやく思い出したのである。


【やっべえ! わかってはいたけど、リア様の歌、めっちゃ上手い!!】

【ラブリーさいかわ。やっぱアイドルソングと相性良いわ】

【芽衣ちゃん頑張ってるねぇ……(孫を応援するおじいちゃんの気分)】

【くるるんのコール全力すぎワロタ。我儘をいえば歌声も聞いてみたかったなぁ……】

【これタダで観ていいの? そもそもたらばの歌が上手すぎてマジでびっくりするし、金出せって言われても何一つ文句言えないレベルなんだけど?】


「まさかトレンドの『実質2期生コラボ』って、これのこと!? 沙織さんの歌配信に他のVtuberが協力しただけなのに、こんなに盛り上がってるの!?」


「……盛り上がると思いますよ。だって、顔合わせはしてないとはいえ、【CRE8】の2期生が全員で何かにあたるのはこれが初めてですもん。ファンたちの心理としては、当然のことだと思います」


 納得がいかない、といった様子の奈々の叫びに対して、これまで何も言葉を発していなかった祈里が私見を述べた。

 その言葉に一瞬だけ顔を顰ませた奈々であったが、彼女の意見を肯定する配信の盛り上がりを前にすると、何も言えなくなってしまう。


 そう、祈里の意見は正しかった。

 確かに普通なら、ただの音声提供だけでここまでの盛り上がりを見せることに対して、違和感を持つというのは当然のことだろう。


 しかし、これは普通ではない。なにせ【CRE8】2期生が全員揃ってのコラボは、未だに実現していないのだから。

 正しく言えば、1度はその機会があったはずだ。しかし、それはアルパ・マリの一件によって羊坂芽衣と蛇道枢が参加を見送った結果、実現することはなかった。


 それが、そのコラボが、全員が同じ場所に介していないとはいえ、こんな形で実現してしまったのである。

 こんなサプライズを受けたファンが喜ばないはずがない。しかも、推したちが歌を披露するという格別の配信に歓喜しない方がどうかしているというものだ。


 そりゃあ、盛り上がるだろう。盛り上がるに決まっている。

 人間というのは大概にしてサプライズに弱い。予想外の展開に対しては感情がついていかないものだ。


 花咲たらばの歌配信では、まず同期たちが音声を提供しているという1つ目のサプライズがあった、彼ら彼女らが歌を披露するという2つ目の驚きがあった、2期生全員がたらばに協力しているという3つ目の予想だにしていない喜ばしいニュースがあった。

 立て続けにこういったサプライズを受けた人間が冷静になれるはずもなく、盛り上がった感情は本物のライブを目の当たりにしているかのような感動をリスナーたちに与えているのだ。


「6対1じゃなかったんだ……沙織さんにも、仲間はいたんだ……!!」


 同期たちが協力しなければ、こんな真似は出来なかった。

 誰が話をつけたのかはわからないし、音楽データのMIXを行ったのも沙織本人かどうかもわからないが、少なくともこれは彼女が1人で出来る仕事ではない。


 沙織の人間的な魅力を、彼女の周囲にいる人物たちを、李衣菜は舐めていた。

 仲間の心を動かすだけの力を持った沙織と、彼女のために快く力を貸してくれる人々の才能と実力を勝負に加味していなかったことに対して愕然とする彼女であったが、そんな李衣菜や他のメンバーたちを立ち直らせるように、静流が言葉を発する。


「落ち着いて、大丈夫よ。確かに勢いは凄いけど、これは単純なファン心理によるものでしょう? 予想外のサプライズを受けたファンたちが驚いた。驚いたファンたちが騒ぎ立て、盛り上がってる。トレンドの上位を取られたことは悔しいけど、それは沙織が仕掛けたサプライズによるものであって、私たちの実力が負けているわけじゃないわ。時間が経って、向こうのリスナーの心が落ち着いてくれば、再び私たちの方が上にいけるはずよ」


 沙織の作戦は凄い、それは認める。自分たちの見通しが甘かった、それも認めよう。

 だが、そんな小手先の策で全てが覆るほど、自分たちは弱くない。それだけは、どうしたって変わらない事実であるはずだ。


 今の沙織の配信の盛り上がりは、謂わば花火のようなもの。

 弾けている間は綺麗で勢いもあるが、それは燃え尽きるまでの一瞬の輝き。

 長く、大きく燃える火がどちらであるかは、ライブを続けていけば自ずとわかるはず……と、仲間たちの不安を振り払うように励ましの言葉を口にした静流であったが――


「……本当に、そう思いますか? 静流さんは、本気でそう思ってるんですか?」

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