ライブの、勝負の始まり


『3.2.1……』


 異様に発音の良い英語でのカウントダウンが進む。

 照明が消えたライブハウスの中、ざわざわとざわめいていたファンたちがサイリウムを片手に固唾を飲んでステージを見守る中、その時が訪れた。


『……0!!』


「ウオオオオオオオオオオオッッ!!」


 カウントダウンの終幕、それはライブが始まる合図。

 決して広くはないステージの上に姿を現した6人のアイドルたちをカラフルなライトが照らし、アップテンポな曲のイントロが大音量で響き始める。


 盛大な歓声、待ち侘びた瞬間の到来。

 今までのライブとは意味合いが違う今日という日の晴れ舞台に立ち合えたファンたちの歓喜の叫びが響く中、【SunRise】のムードメーカーである奈々がマイクパフォーマンスを行い、彼らの興奮を更に煽っていく。


「さあ! ぶち上っていくよ~! まずはこの曲! 【SunRise/Up Rising!!】だ~っ!!」


「ウオオオオオオオオッ!!」


 【SunRise】のデビュー曲であり、最初期に披露された楽曲をライブの入りに使いつつ、スモークやライトの演出で舞台を更に盛り上げる。

 ドームコンサートや大きな箱のような凝った演出は出来ないが、小さいなりに工夫を凝らして行われる演出は十分にその目的を果たし、ライブの始まりによる観客たちの興奮を加速させることに成功していた。


 表でパフォーマンスをする【SunRise】も、裏方のスタッフたちも、実に完璧な仕事ぶりを見せている。

 同じ時刻に配信を開始したであろう沙織に負けるなと、彼女の売名行為を阻止して、叩き潰してやれと……反沙織精神とも呼べる意識で団結した彼女たちは、それを一切感じさせない歌とダンスでライブを視聴する観客たちを大いに湧かせていた。


「このまま2曲目、いっくよ~! ここまで応援してくれたみんなへの感謝を込めて……【FuN!FuN!FuN!!】」


「一緒に楽しんで~~っ!! コールもよろしくぅっ!!」


「オーッ! オオオッ! サ・ン・ラ・イ・ズ!!」


 初っ端の盛り上がりをそのままに、2曲目に更にテンポを早くした曲を入れつつ、そこに観客たちとの一体感を加えていく。

 コールという、アイドルたちの曲にファンが参加出来る要素を上手く活かしたライブの運びは、長年の経験から組み上げた最上のプランだとスタッフ陣は自負している。

 李衣菜たちもまた、その作戦は上等なものであると思っているし、だからこそこうしてそれを実践しているのだ。


 実際、開始から10分と経っていないというのに、デビューライブを観に来たファンたちの盛り上がりはこれまでの自分たちのライブとは比較にならない程の熱さを見せている。

 メジャーデビューという記念すべき晴れの日に立ち合えたこともそうだが、このパフォーマンスが効果的であることは間違いのない事実であると、ステージの上から観客たちの反応を生で感じ取ることが出来る李衣菜たちは確かな手応えを感じていた。


(良い、良い……! 奈々のダンスも、羽衣の歌声もいつも以上に冴えてる! 全員が最高のパフォーマンスを出来てるわ!!)


 狭いステージ上で所狭しとダイナミックなダンスを見せる奈々の動きも、声の響くライブハウスで遺憾なく実力を発揮する羽衣の歌声も、レッスンやリハーサルの時よりも格段に良さが増していた。

 彼女たちが本番に強い質だということもあるが、デビューライブでこけるわけにはいかないという負けん気がより一層実力を引き出しているのだろう。


 悪くない、むしろ最高の部類に属するパフォーマンスなのではないだろうか……そう、李衣菜は思った。

 贔屓目抜きに、今の【SunRise】はかなり良いパフォーマンスが出来ている。

 多少かかり気味というか、前のめりになり過ぎている感じもあるが、そこは自分と静流が上手くメンバーをコントロールしていけばいいだけの話だ。


 実際、そこの辺りは上手く出来ていると思う。

 前に出て行きがちな奈々と羽衣のポジションを調整するように李衣菜が動くこともあったし、それに合わせて静流も存在感を見せたりしてくれてもいた。

 恵梨香と祈里に関しては手がかからないというか、我を出さずにしっかりと自分の役目を果たすことに専念してくれているお陰で李衣菜たちも助かっている。

 

 上手くお互いをフォローし合って、自分の武器を存分に振るって……観客を湧かせる、盛り上がらせる。

 規模こそ小さいものの、アイドルのステージとして上々の出だしを見せる自分たちのライブの出来に心の中でほくそ笑みながら、李衣菜たちはその勢いを殺さぬよう、次の曲も、そのまた次の曲も……といった感じでパフォーマンスを続け、この場の空気を燃え上がらせていった。


――――――――――




――――――――――


「はーい、それじゃあここで一旦休憩入りまーす! トイレも今のうちに済ませておいてね。譲り合って、トラブルのないようにね~!」


 それから数十分後、6.7曲の披露と李衣菜がMCを務めてのトークを行ったメンバーは、デビューライブ第1部の終了を宣言しつつファンたちに休憩入りのアナウンスをしてからステージ裏へと引っ込んだ。

 ここまでトラブルもなく、むしろ手応えしか感じていない【SunRise】メンバーは、観客たちから見えないところで露骨に喜びの感情を露わにする。


「私たち、結構いい感じじゃない!? 観客たちもめっちゃ盛り上がってたしさぁ!」


「このままいけば大成功間違いなしだよ! ううん、絶対にしてみせる!! 【SunRise】の第一歩を、輝かしいスタートで踏み出してみせるんだ!!」


 手応えもある、気力も体力も充実している。申し分のないライブの運びに満足しているのは、センターである李衣菜も同じだった。


 開始前はごたごたとしていたが、正念場を乗り越えるだけの力を自分たちは磨き続けてきたはずだ。

 このライブでは、その力が遺憾なく発揮出来ているとメンバーの誰もが思っている。


 炎上を、逆境を、乗り越えるだけの力を発揮してライブの成功へと突き進む【SunRise】は、正に乗りに乗っている状態。

 この調子なら、デビューライブの成功も間違いなしだ……と、期待に胸を膨らませていく一同に対して、上擦る気持ちを抑えるようにして静流が言う。


「あんまり調子に乗らないの。ライブはまだまだ続くんだからね。それに、インターネット配信の方がどうなってるかわからないわ。そっちの状況も確認しないと……」


 このライブはインターネットでも無料配信されている。そちらでは、沙織こと花咲たらばのファンたちが荒らし行為を働いているかもしれない。

 そういった反応も含め、ネット上でどんな風に自分たちのライブが評価されているかを確認すべきだという静流の言葉の裏には、沙織への関心のようなものがあった。

 いや、正確には……自分たちに喧嘩を売って来た彼女とそのファンたちが、自分たちのライブパフォーマンスとの差にどんな反応を見せているかに興味があるといった方が正しいだろう。


 先も述べた通り、この対決は圧倒的に静流たち【SunRise】が有利な勝負。

 たった1人で自分たちに挑んできた沙織が勝つことなど、万に一つにも有り得ない話だ。


 彼女に残されていた勝ち筋としては、静流たちが何かミスをすることぐらいのはずだが……ここまでのライブの出来を見るに、その可能性もほぼ潰えているといっても過言ではない。


 故に、もう勝負はついている。第1部が終わったこの時点で、沙織とVtuberファンたちは彼我の実力差に絶望しているはずだ。

 そうなれば、【SunRise】の配信を荒らす不届き者たちの活動も鎮静化しているのではないか……という、自分たちにとってのメリットを期待する静流の言葉には、他のメンバーたちも概ね同意の表情を浮かべている。


「控室に戻って、ネットの反響を確認してみましょう。それで、この後のパフォーマンスの微調整も考えないと」


「そうですね。……沙織さんには悪いけど、私たちだってもう躓けないんです。たとえ沙織さんが相手だとしても、容赦なんかしません」


 2年前の悲劇を思いながら、羽衣が静流の意見に同意する。

 完膚なきまでに相手を叩き潰すパフォーマンスを披露すべきだと、対沙織の意識を燃やす彼女たちが廊下を歩くメンバーを先導し、控室のドアを開け、中に集まっていたスタッフたちの顔を見回す。


 部屋の中にいるライブ配信を担当し、その反応や状況を確認するスタッフたちの様子を確認した李衣菜は……その瞬間、何か物凄く嫌な予感を覚えた。


 この場に集まるスタッフたちの表情が、何処か硬い。

 歓喜に燃える他のスタッフや自分たちと違って、青ざめた顔をしているように見える。


「……どうかしたの? 何かトラブル?」


「え、ええっと……」


 その異変には、李衣菜以外の5人もすぐに気が付いたようだ。

 彼女たちを代表し、リーダーである静流が配信用PCの前に座すスタッフにそう尋ねてみせるが、彼は口をもごもごとさせて何をどう伝えたらいいのかがわからずに口ごもってしまっている。


 徐々に、徐々に……不安という名の大波が、ライブの興奮に盛り上がっている【SunRise】メンバーの心を覆い始めた。

 なにか、絶対に、自分たちにとって良くないことが起きていると……そう、一同が確信に近い予感を覚える中、自分用のスマートフォンを操作していた奈々が驚きの感情を隠し切れていない悲鳴を上げる。

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