一波乱、勝負の直前に


「た、大変ですっ!!」


「どうしたの、そんなに慌てて? まさか、機材トラブル?」


「い、いえ、そうじゃないんですが……とにかく、これを見てください!」


 控室へと息を切らせて飛び込んできたスタッフが、自前のノートパソコンを机の上に置く。

 彼が操作するPCの画面を覗き込むようにして顔を寄せた6人は、そこに表示されている画像を見て一様に眉をひそめた。


「『花咲たらば、歌配信プログラム』……? 沙織さんが今日やる配信の内容ってこと?」


「ちょ、ちょっと待って! こ、これ――っ!?」


 PCの画面には、沙織こと花咲たらばが本日行う歌配信のプログラムが表示されていた。

 開始から曲数や歌う順番までをびっしりと書いてあるそれを見た一同は、ほぼ同じタイミングであることに気が付き、一斉に驚きを露わにする。


「これって……私たちのライブ内容とほぼ同じじゃない!」


「歌う曲も、順番も、ほとんど一緒だなんて……!!」


 そう……花咲たらばが配信で歌おうとしている曲は、大半が【SunRise】の楽曲であり、更にその順番も彼女たちがデビューライブで歌おうとしている順番と全く一緒だったのである。

 中にはこのライブで初披露となる曲もあるため、それを真似ることは流石に出来なかったようだが……それ以外の部分は、本当にそっくりそのままコピーしたとしか思えないくらいに何もかもが一致していた。


「……このライブのプログラム、ネット上で公開されてるんだっけ? それ、誰でも見れる状態なんでしょう?」


「え、ええ……そうです。【SunRise】の公式SNSアカウントの最上部に固定されてます」


「じゃ、じゃあ、沙織さんはそれを見て、わざわざ私たちの歌に合わせてきたってことですか? でも、何のために……?」


「……決まってるでしょう。あの子は、私たちと真っ向勝負するつもりなのよ。愚かにも、無謀にも、たった1人で私たちと正面からやり合おうとしてるの」


 動揺を隠せないでいる恵梨香の言葉に答えを返したのは、いち早く冷静さを取り戻した静流だった。

 険しい表情を浮かべた彼女は、自分へと視線を向けるメンバーとスタッフの顔をぐるりと見回すと、一呼吸おいてからこう話を切り出す。


「同じ曲を同じタイミングで歌えば、その優劣は一目でわかる。沙織は、全く違う曲を歌ってお茶を濁すんじゃなくて、本気で私たちとぶつかるためにこんなことをしたのよ。いうなれば……このプログラムは、あの子からの宣戦布告ってわけね」


「ファンたちに自分の歌と私たちのパフォーマンスを比較させるために、こんな真似を……!? で、でも、これって――」


「ええ、完全なる悪手よ。愚か極まりないとしか言いようがないわ」


 じっと、再びノートパソコンの画面へと視線を向けてそれを見つめた静流が吐き捨てるようにして言う。

 どこか冷たさが宿るその声にメンバーが多少の怯えを見せる中、李衣菜もまた彼女と同じような感想を抱いていた。


「私たちの歌は、元々複数人で歌うように作られた曲。それを1人で歌おうとしても、ハモりや声量による表現力が足りなくて物足りなくなるのがオチよ。それに、ライブで披露する曲にはあの子が抜けてからリリースされたものもあるわ。脱退前に私たちと歌ってた曲ならまだしも、完全に経験のない歌を本家である私たち以上に上手く歌えるわけがないじゃない」


 そう、その通りだ。沙織が挑んだ真っ向勝負には、根幹に大きな問題が存在している。

 誤魔化しの利かない正面からのぶつかり合いだからこそ、同じ曲を同じように歌って魅せる勝負だからこそ……両者の実力差が、明確に格付けされてしまう。

 確かに【SunRise】の曲は沙織の十八番であることは間違いない。だが、それは彼女以外のメンバーにも同じことがいえるのだ。


 人数、条件、状況……様々な要素が、【SunRise】に味方している。

 その不利を抱えたまま真っ向からぶつかったとしても、沙織に勝ち目などあるわけがないではないか。


「……炎上を利用したド派手なパフォーマンス、ってところかしらね。大方、私たちのライブと歌う曲を被せて注目を浴びることが目的で、勝ち負けなんて気にしてないんでしょうけど……ここまで舐めた真似をした相手を許す程、私たちは甘くないわ」


 静流の声には、はっきりとした怒りの感情が表れていた。

 それも無理もない話だろう。過去に忽然と自分たちの前から姿を消した仲間が、自分たちの晴れ舞台にここまで盛大なちょっかいをかけてきたら、どんなに温厚な人間でも激怒して当然だ。


 その怒りが伝播したのか、最初は予想外の事態に動揺していたメンバーやスタッフたちの間にも、荒々しい感情が蔓延し始めていく。

 自分たちを利用して、花咲たらばの名を広めようとしているとしか思えない沙織の行動に段々と怒りを募らせていった一同へと、静流が煽るようにして言葉を口にした。


「これで沙織の魂胆ははっきりしたわ。あの子は私たちと食うか食われるかの勝負をしようとしてるんじゃない、私たちを利用しようとしているのよ。炎上商法で名前を広めて、デビューしたての自分のファンを獲得しようってつもりみたいね。でも……そんな甘い考えは、叩き潰してあげる。このライブで、私たちとあの子との間にある圧倒的な差を見せつけて、2度と立ち上がれなくなるくらいのダメージを与えてやりましょう!」


 歓声にも近しい声が、控室内に響いた。

 スタッフたちが、羽衣が、奈々が……静流のその言葉に煽られ、沙織への敵愾心を燃え上がらせている。

 2年前の事件から胸に燻っていた沙織への負の感情に火をつけられた彼女たちは、どんどん膨れ上がっていく憎しみの感情に心を包まれてしまっていた。


 その熱狂が徐々に広まっていく様を、一番の年下である恵梨香がおろおろとした様子で見守っている。

 沙織を叩き潰そうとしている仲間たちの姿を見て、本当にこれでいいのかと迷っている彼女は、信頼と尊敬の感情を寄せる李衣菜へと視線を向け、この状況をどうにかしてほしいと眼差しで訴えていた。


「り、李衣菜さん、これで、本当にこれでいいんですか? 沙織さんを叩き潰すって、2度と立ち上がれなくするって、本当にこれで――!?」


「……黙ってなさい、恵梨香。私たちは、私たちのパフォーマンスをするだけ。周りが冷静でないと思うなら、自分だけでも平常心を保っていられるよう努めるの。わかった?」


「うっ……は、はい……」


 李衣菜には、仲間たちを止めるつもりはない。

 自分が平常心を保つことで精一杯なのだと、彼女がみせた反応から恵梨香はそんな李衣菜の感情を読み取った。


 【SunRise】のセンターとして君臨する彼女も、決して超人というわけではない。

 かつての親友がこんな意味不明な行動を連発し、自分たちを利用していると思われても仕方がない言動を繰り返せば、少なからず動揺してしまう。


 今の李衣菜には、周囲に気を配る余裕などないのだ。

 彼女もまた沙織との関係性に折り合いをつけることで精一杯なのだろうと、何処か苦し気にも見える李衣菜の横顔を見つめながら、恵梨香は思う。


 だったらもう、止めようがない。このまま自分たちは突き進むしかない。

 沙織を蹴落とし、叩き潰す道に進むことになったとしても、自分たちの夢を叶えるためにはそうする以外にないのだから。


 幸か不幸か、沙織への憎しみで今の【SunRise】はスタッフも含めて団結している。

 実力も経験もあるグループに最後まで存在しなかった協調性が加わった今、【SunRise】は無敵なのではないかと恵梨香は思った。


 だが……やはり、これで本当にいいのだろうか?

 どうしようもないと思っていても、仕方がないのだと思っていても、その気持ちが頭と心の中から拭い去れることは決してない。


 かつて一緒にステージに立った仲間を、尊敬している先輩を、こんな風に蹴落とすことが正しいことなのだろうか?

 折角、Vtuberとしてだがこの世界に帰ってきた親友を再び暗い海の底に沈めることを、李衣菜は後悔しないのだろうか?


 そんな自問自答を繰り返しながらも、何も行動を起こすことが出来ずにいる恵梨香は、熱狂する仲間たちと彼女たちとは対照的に氷点下まで感情を凍てつかせている李衣菜の姿に感じていた不安を急速に加速させている。

 この不安が何を意味するのかはわからないが、どうか悪いことが起きませんように……と祈る恵梨香。


 だが、自分のこの祈りは決して天には届かないのだろうなと、どうしてだか彼女はそんな確信を抱いてもいたのであった。


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