回想、嫉妬と過去


「……ライバル、私はそう思っていたわ。でも、あの馬鹿はそうじゃなかったかもしれないわね」


 零の質問に対して、過去を振り返るように深く息を吐いてから自分の意見を述べる李衣菜。

 その瞳は、在りし日のことを思い返しているように遠くを見つめている。


「……あなた、【SunRise】の成り立ちって知ってるかしら?」


「えっと……聞きかじりっすけど、全国にある【ワンダーエンターテインメント】さんの養成所から選び抜かれた候補生が集まって結成された、みたいな感じでしたっけ?」


「概ね正解よ。北は北海道、南は沖縄、日本全国に点在するうちの事務所の養成所からトップが選び出され、その中から更にオーディションを経て精鋭中の精鋭が集められる。そうやって結成された【SunRise】は、実質的に同期のアイドルたちの中で最強といって差し支えないグループだった。あの事件が起きるまではね」


 少し前に談話室で沙織から聞いた話をそのまま答えとして口にした零は、それを補強する李衣菜の言葉を黙って聞き続ける。

 2年前に沙織が引退するまで、トップをひた走っていた【SunRise】の栄光と過去を思い返していた李衣菜は、それを振り払うように小さく首を振ると、零が聞きたがっている自分と沙織との関係性を語り始めた。


「……あいつと出会ったのは、【SunRise】のメンバーが初めて顔を合わせた時のことだったわ。第一印象は……馬鹿。それも底抜けの馬鹿ね。今もその意見は変わってないわ」


「は、ははは……」


 ギャグで言っているのか、それとも本気で言っているのか、判断がつかずにいる零は乾いた笑いを口にすることでお茶を濁す。

 親しみと怒りと懐かしさを感じているような李衣菜の口調から、彼女自身の複雑な感情を読み取った零がただその話に耳を傾ける中、李衣菜は出会いの記憶を語り続けていった。


「出会ったその日から、私はあいつのことをライバルだと思うようになった。私は北海道出身で、あいつは沖縄の出身。同い年だけど色んな面で両極端だった私たちが周囲から比較され続けることは目に見えていたからね。だから、こいつだけには負けられないって私は思ってたんだけど……それと同時に、こいつに負けるはずがないとも思ってたわ。だって、あの馬鹿は馬鹿なんだもの。どうせ見てくれとキャラクター性で選ばれた人間だって、そう思ってた」


「でも、喜屋武さんは小泉さんと並び立つWセンターとして【SunRise】での地位を確立してましたよね? あの人は、アイドルとしてどうだったんですか?」


 沙織とアイドルというのが上手く結びつかないという李衣菜の意見は、ある意味では尤もだろう。

 人間関係や立ち振る舞いの常用性が高い芸能界で、沙織のような能天気な人間がトップに駆け上がれるはずもないと思うのは仕方がないのかもしれない。


 しかして、沙織はそんな李衣菜の第一印象をものともせず、彼女と並び立つセンターとして成長を遂げた。


 それが事務所側の後押しによるものだったのか? それとも沙織の天性の才能によるものなのか? と、同じグループのセンターとして活躍していた李衣菜に問いかけてみれば、彼女は苦々し気な表情で、されど今日一番の清々しい声でこんな答えを返す。


「ほんっとうにムカつくことにね……あいつ、アイドルとして最強だったのよ。最強の馬鹿だったわけ。ルックスもプロポーションも抜群な上に、ダンスも歌唱能力もセンスもずば抜けてた。あの性格のお陰で周囲からも愛されるし、いじりもいじられも出来る無敵のキャラを武器に人間関係も上手く構築して……ああ、思い返しても腹が立つ!」


「う、おぉ……」


 ばんっ、と座席のシートに張り手を見舞いながら叫んだ李衣菜であったが、やはりその表情にはある種の清々しさと……一抹の寂しさが感じられた。

 それはきっと、もう戻ってはこない懐かしい日々を思い返したことと、沙織との思い出を美しく想っていたいという願いが故の感情なのだと理解した零の前で、激しさを静めた李衣菜が溜息を一つ吐いた後に正直な意見を述べる。


「……認めるわ、あいつは私より常に一歩前を行っていた。私がどれだけ努力しても、あいつは飄々とした顔で楽しそうに前を走ってた。最初の半年くらいはず~っと神を呪ったわ、あんな才能の塊みたいな人間を生み出したことをね。せめて性格が馬鹿じゃなければ納得出来たかもしれないけど、あいつ馬鹿なんだもの。涼しい顔した馬鹿に常にリードされる私の気持ちがわかる!? もうホント、悔しくて悔しくて仕方がなくって……!!」


「わわわっ!? お、落ち着いてくださいよ、小泉さん!!」


 段々と怒気を強め、美しかった思い出を忌まわしき過去として思い返し始めている李衣菜を宥める零。

 どうやら、この時期の話は彼女にとって地雷だったようだと、それを見事に起爆してしまった彼は、大いに焦っていたのであるが……。

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