車中、アイドルと2人


「ちょっと待って! 待ってくれ!!」


 それから数分と経たずして、事務所の前に止めてあった車の後部座席に乗ろうとしていた李衣菜は、背後から響いてきた声を耳にして、そちらへと振り向く。

 そうすれば、【CRE8】本社の扉を勢いよく開け、叫び声を上げながら自分の方へと駆け寄って来る零の姿が目に映った。


「待ってくれ、小泉さん! 俺と話を――っ!?」


 大急ぎで李衣菜に追いつき、荒くなった呼吸を整えながら話をしようとした零であったが、彼女から発せられる強い怒気を受けて声を詰まらせてしまう。

 年上とはいえ、自分よりも小柄な女性に気圧されていることと、李衣菜自身の雰囲気を感じ取って緊張に表情を強張らせる零に対して、彼女はドアが開いた車に乗り込みながら、淡々とした口調で言った。


「……こんなに人通りの多いところで名前を呼ばないで。これでも私、TV出演もしてるアイドルなんだから」


「あ……す、すいません……」


「……なにか用があるのなら、車の中で聞くわ。元同僚が迷惑をかけたお詫びとして、レッスンスタジオに着くまでの間、付き合ってあげる」


「う、うっす……!」


 冷たい口調ながらも、同乗の許可を出してくれた李衣菜に感謝しつつ、零もまた彼女と同じ車の後部座席に乗った。

 そこから静かな発進をみせた車がエンジン音を響かせて街を進む中、前を向いたままの李衣菜がぶっきらぼうな口調で零へと問いかける。


「それで、何の用かしら? まさか、サインを強請るために追ってきたわけじゃないでしょう?」


「いえ、その……すいません。はっきりと何を聞こうとか、話そうとか考えてたわけじゃないんです。ただ、その……」


「……言っておくけど、過去の事件については私も詳しくは知らないわよ。ある日唐突に当時のマネージャーから連絡が来て、あいつが【SunRise】を辞めたことを知った。故郷である沖縄に引っ込んで、アイドルを引退するって……そんな報告を人伝に告げられただけで、あの日から私たちは顔を合わせるどころか連絡の1つも取ってなかったわ」


 李衣菜の口から告げられた情報に対して、零は彼女が嘘を吐いていないことをなんとなく感じ取っていた。

 上手く言葉に出来ないが、これまでの李衣菜の行動はかなり直情的だ。事務所を通さずに個人で【CRE8】に乗り込んで来たことを見るに、考えるよりも早く行動してしまう人間なのだろう。


 そういった部分は沙織と似ているなという印象と、ここまで彼女を突き動かす何かがこの事件の裏にあるということを感じ取る零。

 同時に、その何かはかつて同じグループで活動していた李衣菜ですら知らない過去の事件に関する何かであることも理解した零であったが、彼女に対して、それを追求しても無意味であるということも理解していた。


(この人は、演技は出来ても嘘や隠し事が出来るような人間じゃねえ。なんつーか、喜屋武さんとは似てるようで真逆な人間だ)


 沙織と根っこの部分は似ているが、その在り方は大きく違う人間……それが、ここまで李衣菜の行動を目にした零が覚えた印象だった。

 カリスマというか、魅力というか、応援したくなるような何かを沙織も李衣菜も持っている。アイドルグループでWセンターを務めていた2人には、それだけの素質があったということなのだろう。


 しかし、その根幹は似ていても、そこから伸びる性格というものは沙織と李衣菜ではまるで違う。真逆といって差し支えないものだ。


 沙織は人懐っこいくおおらかな性格や、抜群のプロポーションに反して非常に薄い羞恥心しか持ち合わせていないこともあって、出身地沖縄の海を思わせる開放的オープンな雰囲気を感じさせるが……実際のところ、彼女は仲良くなり始めていた零や有栖に重大な隠し事をしていた。

 よくよく考えてみれば、有栖と上手く距離を保ち、零に抱えている闇の一端を覗かせたりするあの振る舞いは、開放的とは真逆なミステリアスなものだ。


 もちろん、沙織の魅力である太陽のような明るい性格が全て嘘だったとは零も思ってはいない。

 だが、太陽にも黒く濁る部分があるように、眩く輝いているように見える沙織の心の中にも確かな黒点が存在しているのだと、そのことを感じ取った零は、それと同じくして彼女と相反する李衣菜の性格を振り返っていた。


 TVのインタビューを見た感じ、正統派のアイドルといった雰囲気の李衣菜であったが……先に述べた通り、実際はかなり直情的というか、考え無しに動いてしまう人間といった方が正しそうだ。

 上手いことアイドルを演じ、人を騙していそうな彼女だが、あれはあくまでアイドルとしての振る舞いであって、小泉李衣菜という人間とは別人格だということなのだろう。


 懐を見せないような雰囲気を醸し出しておいて、実際は真っ直ぐな心持の人物。それが小泉李衣菜という女性の本質。

 演技は出来ても、嘘は吐けない。ましてや、人を陥れるような策略を巡らせられるような人間ではない。


 少なくとも、インターネットで語られているような人を操って、自らの手を汚さずに邪魔者を排除するような老獪で姑息な手段を取るような人間ではないと、確証こそないものの直感的にそんな印象を李衣菜から感じ取った零は、彼女が語ったこれまでの話と、ここからの話も全て真実だと信じることを決めた上で、こんな質問を投げかける。


「その……小泉さんと喜屋武さんは、どんな関係だったんですか?」

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