嵐のように、アイドル


「久しぶりね、沙織。あんたが私に何も言わず【SunRise】を抜けてからだから、およそ2年ぶりかしら? それで? どうして今更のこのことこの業界に戻ってきたの? それも、Vtuberだなんて変わり種になって」


「それ、は……」


 李衣菜、と呼ばれた女性からの詰問に耐え兼ね、視線を逸らす沙織。

 その様子を見守る零は、今、自分の目の前で起きていることが未だに信じられていなかった。


 沙織を訪ねて、わざわざ【CRE8】本社までやって来たこの女性は……デビューを目前に控え、日本中から注目を集めているアイドルユニット、【SunRise】のセンターである小泉李衣菜その人だ。

 以前、談話室のTVで見た溌溂とした笑顔と人の好さそうな雰囲気は完全に掻き消えているが、それ以外の部分は正にTVの向こう側にいるアイドルそのままである。


 そんな人物が、自分の同僚である沙織と会話し、彼女を詰問している。

 いきなりの超展開に頭がついていかない零であったが、そんな彼と上手く言葉が紡げない沙織に代わって、事務所の代表である薫子が口を開く。


「小泉李衣菜さん、ですよね? 【ワンダーエンターテインメント】所属のアイドルユニット【SunRise】の一員の?」


「ええ、その通りです。急な訪問で申し訳ありません。ですが、こっちもこっちで急ぎで解決しなきゃならない問題が噴出したってことは、そちらもご存じでしょう?」


「……当社の所属タレントの炎上と、そこから連なるあなた方への被害について、ですね?」


「正解。困るのよ、デビュー直前でその邪魔をされちゃあ。この大事な時期に面倒事に巻き込まれるだなんて、冗談じゃないわ」


「ご、ごめん、李衣菜ちゃん……」


「……その謝罪はなに? 今現在の騒動についてのもの? それとも、2年前のことについて謝ってるの?」


 ギロリと、謝罪の言葉を口にした沙織へと威嚇するような眼差しを向ける李衣菜。

 先の発言もそうだが、沙織に対する敵意を剥き出しにしている彼女は、相当に怒りを覚えているようだ。


 無理もないか、と零は思う。

 彼女も言った通り、これで沙織関連の炎上が起きるのは2度目。しかもどちらもデビュー直前の大事な時期に起き、1度は目前まで迫ったメジャーデビューがお流れになっているのだから。


 その恨みないし怒りを叩き付けるためにわざわざ事務所まで乗り込んできたアグレッシブさに一種の感心を覚えつつ、【CRE8】ウチの警備員や受付は何をやっているのかと自社社員の勤務態度に零が疑問を抱く中、薫子は李衣菜との会話を進めていた。


「……お気持ちは理解出来ますが、アポイントメントもなくいきなり社長室に乗り込んでくるというのは感心出来ませんね。最悪、そちらの事務所からお叱りがくるのでは?」


「かもね。でも、私は今、アイドルの小泉李衣菜としてここにいるんじゃない。喜屋武沙織こいつの元同僚として、こいつの顔を見に来たの。大事な話を盗み聞きしたり、社長室にいきなり足を踏み入れたことに関しては謝罪するわ。でも、今にも死にそうな面したこいつがのそのそと歩く様を目にしたら、ついつい文句を言いたくなっちゃったのよ」


「……つけてきたと? 沙織のことを?」


「ここに来た時に偶然見つけてね。どうにも覇気がないから最初は別人かと思ったけど、この腑抜けっぷりを見たら納得だわ」


 そう言い放ち、再び沙織を睨んだ李衣菜が小さく鼻を鳴らす。

 そして、その視線から目を逸らすようにして顔を俯かせた旧友に向け、彼女は呆れた様子で言った。


「……あんたがまた、人前に出ようとしてるって聞いた時は驚いたわ。それもアイドルじゃなく、Vtuberなんていうよくわからないものになって再デビューを果たすなんてね。……どうして戻ってきたのよ。私たちを捨てたあんたが、今更どうして……!?」


「……ごめん」


「私が聞きたいのは謝罪の言葉じゃない。あんたが戻ってきた理由よ」


「………」


 再三の問いかけに対してもなにも語ろうとしない沙織をじっと見つめていた李衣菜が、不意に大きな溜息を吐く。

 そうした後、肩をすくめた彼女は、うんざりといった表情を浮かべると無言のままの旧友を睨み、口を開いた。


「……もう、いいわ。あんな過去があっても、曲りなりにまたアイドルをやろうとしてるって聞いたから、てっきりそれなりの覚悟があるものだと思ってたけど……どうやら違うみたいね。2年前、私たちの前から消えた時、私の知ってるあんたは死んだ。そう思うことにするわ。それに、もうVtuberとしての活動もやめるみたいだしね」


「あっ……」


 これでもう十分だと、沙織の現在を確認し、失望の感情を抱いた今、これ以上は彼女に関わる必要はないと、そう声色と表情で語った李衣菜が社長室を後にする。

 そして、その背を見つめ、なにかを言うべきか言わぬべきか迷って視線を泳がせていた沙織に向け、彼女は捨て台詞のような言葉を発した。


「……その男の子の言う通りよ。また、そうやって逃げるつもり? 応援してくれてるファンや親身になって怒ってくれる仲間を置いて、また何処かへ消えようっていうの? 私の知ってるあんたは、そんな人間じゃなかった。2年前の事件も、なにか事情があって私たちの前から消えたと思ってたけど……今のあんたの姿を見て、それが私の買いかぶりだって理解出来たわ」


 そうして、振り向く。失望と、怒りと……それよりも強い哀しみの表情を浮かべたままの李衣菜が。

 かつての仲間を、己の希望を、全て打ち払うかのように瞳に炎を灯した彼女は、最後に吐き捨てるようにして沙織に言う。


「もう二度と、あなたと会うことはないでしょう……じゃあね、沙織」

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