勃発、戦争


 ――花咲たらばの魂が喜屋武沙織だということが露見し、彼女の炎上が起きてからおよそ数時間が経った。

 現在の状況を一言で表すならば……だ。


 ほんの少し前に起きた、同じ前世が原因である『蛇道枢=ついすとこぶら』説の炎上とは真逆で、時間が過ぎれば過ぎる程に状況は悪くなっている。

 上記の事件はそもそもが悪質なデマであり、今回に関しては該当Vtuberの魂と前世での活動という部分に関しては正確な情報であるためにそもそも比較すること自体が間違っているのであろうが、それを差し引いたとしても事態は深刻な方面へと突き進んでいた。


 まず、炎上の第一段階。魂が沙織であることがバレ、その情報が拡散されたことで、同時にアイドルを引退した件の事件についての情報も界隈に広まっていった段階。


 この時点の炎上度合いはまだ可愛いものであった。

 沙織が元アイドルであり、男女のいざこざで引退したということを知ったVtuberファンたちの中には発狂する勢いで彼女を叩く者もいたが、大半はそんなことを気にしないという意見が多かったのである。


 アイドルだって人間。どんなに可愛い女の子でもトイレに行くように、自分たちと変わらない醜い部分もある。

 犯罪行為に手を染めたのならばまだしも、ただの恋愛、しかも今現在は相手との関係が切れている可能性が高いという話ならばそこまで叩く必要を感じないし、その情報が確定的なものではないとくれば猶更沙織こと花咲たらばを叩く必要性はないだろう。


 というわけで、彼らの専らの標的は炎上の引き金となった話をしてしまった芽衣こと有栖と、たらばと付き合っているかもしれないという噂が持ち上がった枢こと零の2人であった。


 比重でいえば、前者が7割で後者が3割。

 芽衣の方には【お前のせいで推しが炎上した】という恨みの言葉や【枢を盗られそうになって嫉妬したのか?】という邪推交じりのメッセージが寄せられ、後者には【たらばと付き合っているという噂は真実なんですか?】という質問や【お前と付き合うのは、俺だと思っていた……】という普段通りのネタが送られてくる感じであり、芽衣はともかく、枢の方はほぼ平常運転といっても過言ではない状況だったわけだ。


 しかし、それはあくまでVtuberファンたちに限った話であり、喜屋武沙織の存在を許さないという意見で一致した界隈も存在している。

 それこそが【SunRise】ファンたちを筆頭としたアイドル界隈のファンたちであり、彼らの参加によって事態は悪化の一方を辿ることとなった。


 炎上の第二段階、アイドル界隈ファンによるSNS上でのVtuberたち及び事務所への突撃開始。

 今回の事件で話題に上がった3名とその所属事務所だけでなく、同じ【CRE8】所属のVtuberというだけでデビュー間もない2期生や多くのファンがついている1期生のタレントにまで暴言や誹謗中傷のメッセージを送る者が現れ始めた。


 当然、そんなことになればVtuberたちのファンは怒るし、不安にもなる。

 今はまだ【CRE8】内だけで済んでいるが、いつ他事務所や個人勢である自分の推しに炎上が飛び火してくるかわからない状況に、苛立ちを募らせる者が多く現れるのは自然なことであった。


 彼らの怒りの矛先は【CRE8】や花咲たらば……ではなく、無用な被害を生み出すアイドルファンたちに向けられた。


 関係のないタレントやVtuberに迷惑行為を働くのを止めろとV界隈のファンが声を上げれば、これは【SunRise】を裏切って多大なる迷惑をかけた喜屋武沙織を匿うV界隈に対する報復であり、正当な権利であるとアイドルファンたちが反論を返す。

 ここに至って、芽衣や枢を責めていたファンたちは既に2人を攻撃するよりもVtuber界隈を荒らすアイドルファンたちを敵視するようになり、幸か不幸かわからないが彼らによる2人の炎上は収まりつつあった。


 しかして、Vtuber及びアイドルのファンたちによる敵対意識は段々と激しさを増していき、そこに面白半分で場を荒らす双方のアンチまでもが現れたために、状況は混沌さを徐々に増していくこととなる。


 そして、今現在。炎上の第三段階。

 Vtuberファンとアイドルファンによる、全面戦争の勃発。そして、それによる二次元と三次元を巻き込んだ大いなる騒動が巻き起こっている。


 アイドルファンたちがこの騒動を広げるのであれば、こちらも正当な権利を行使させてもらうと述べたVtuberファンたちは、【SunRise】の黒い噂を引き合いに出すと共にそのメンバーたちのSNSアカウントへと突撃を開始した。

 現在のセンターであり、沙織に関する悪い評判を広めたという噂を持つ小泉李衣菜を筆頭に、他のメンバーたちにも嫌がらせのようなメッセージを送ったVtuberファンたちの凶行を目の当たりにしたアイドルファンたちは更に怒りを募らせ、彼らと同じように【CRE8】の所属タレントや彼女たちと関わりの深いVtuberたちにまで突撃の対象を広げて攻撃を行っていく。


 そうなれば、無関係であるはずの自分たちの推しを攻撃されたファンたちがまた怒りを覚えて……と、あとはその繰り返し。

 Vtuber、アイドル、双方のファンたちがお互いの推しを攻撃し、誹謗中傷し、被害を広げ……といった具合に、炎上の大きさと範囲はみるみるうちに拡大していった。


 これは最早、花咲たらばと【SunRise】の問題ではない。【CRE8】と【ワンダーエンターテインメント】の問題でもない。

 Vtuber界隈とアイドル界隈のファンたちの威信をかけた戦争だと、自分たちの推しを守るための聖戦に臨まんとSNSやインターネット掲示板、更には各ファンサイト上で戦いを繰り広げる者たちの手によって、事態は地獄のような様相を呈していた。


 こうなってはもう、誰が何を言おうとも彼らは止まらない。むしろ、何かを発言したことによってそれが火種になりかねない状況だ。


 炎上発生から数時間。たったそれだけの時間で、事態は急速な悪化を見せている。

 【CRE8】側もこの事態をなんとかすべく動いてはいるが、何も有効的な打開策を見つけ出せていないというのが現状だった。


 とにかく、少しでもタレントたちの負担を軽くすべく、薫子はスタッフたちに彼女たちの様子を確認するように指示を飛ばしている。

 その傍らで、この炎上に早い段階から巻き込まれた零と有栖からの事情聴取を行った彼女は、疲れ果てた様子で社長室の椅子に思い切りもたれ掛かると、口から大きな溜息を吐いた。

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