ヒアリング、からの宣告


「大体事情はわかったよ。にしても、あんたは本当に炎上と縁があるねぇ……」


「俺がなにかしでかしたのなら納得するんですけどね。大半が周囲が燃えて俺も巻き込まれるって形になるのはどうにかならないんすか?」


「それを私に言ったところでどうにもならないだろうよ。運が悪かったと思って諦めな」


 個別での聞き取りを終え、社長とタレントとしてではなく、叔母と甥という関係性で薫子と会話した零がうんざりだといわんばかりの表情を浮かべる。

 今回の件もそうだが、周囲が勝手に燃えて自分や【CRE8】を燃やすのは勘弁してくれないかと、今もネット上で争いを続けるファンたちに対する面倒くさいという感情を抱えながら小さく息を吐いた彼は、続けて真剣な表情を浮かべると薫子へとまた別の話を切り出した。


「なあ、薫子さん。喜屋武さんの炎上とこの間の俺のデマ前世暴露って……」


「……繋がってるかもしれないね。確証はないけど、偶然にしてはあまりにもタイミングが良すぎる」


「やっぱりこの炎上を裏で操ってる誰かがいるかもしれないってことですか? 目的は、【CRE8】を潰すこと……?」


「……想像でものを語るのは止めな、零。私は確証はないと言ったはずだよ。その線についての可能性はあると言っただけで、それを確実なものとして話を進めるのは性急に過ぎる」


「それは、わかってますけど……!!」


 あくまで零が述べた意見は可能性であると、証拠が無い以上は可能性止まりの話であると、そう断言して、結論を逸る彼を窘める薫子。

 彼女の尤もな意見に口を噤んだ零は暫し押し黙った後、聞きたかったもう1つの質問を薫子へとぶつける。


「……じゃあ、その想像や妄想に歯止めを利かせるための情報をくださいよ。少なくとも、薫子さんも掴んでる確かな情報があるはずだ」


「沙織の過去について、だね?」


 少し目を細め、自分を威嚇するような眼差しを向けてきた薫子に圧し負けないよう、零は力強く頷きを返してみせた。

 今回の炎上の最大の争点となっている……インターネットに出回っているあの情報は、本当に正しいものなのか? あるいは、完全なデマであるのか? 真偽は彼女の同僚である自分にもわからない。


 だからこそ、零は沙織が間違っていないという確証が欲しかった。

 彼女が巷で噂されているような人間ではないと、仮にそんな人間であったとしたならば薫子が彼女をVtuberとして採用するはずがないと、証拠はなくとも2人のことを信じ続けている零は、自分の考えが正しいことを証明してくれる何かを欲している。


 信じたいし、安心したい。自分が信を置いている人たちが、何も間違っていないということを知りたい。

 証拠でも、証言でもいい。沙織の過去を知っているであろう薫子からのお墨付きが出れば、その想いは報われるはずだと彼女に視線を向ける零であったが……薫子は、悩むことなく首を左右に振ると、自分を見つめる彼に向けてこう言い放つ。


「……それは、私が語るべきことじゃない。どうしても真実が知りたいっていうのなら、沙織自身の口から語ってもらうのが筋ってもんだろうよ」


「……!!」


 逃げ、あるいは誤魔化し。そんな風にも取れる薫子の返答ではあるが、その答えを予測していた零は口を噤んだまま荒く息を吐く。


 薫子は、有栖の炎上に際した時も彼女の秘密を自分の口から語ろうとはしなかった。

 有栖が抱えていた事情や女性恐怖症であるという秘密を打ち明けたのは他ならぬ有栖本人であり、薫子はそのための場を整えはしたものの、それ以上のことはしていない。


 タレント同士の関係性について、薫子は積極的に深入りしようとはしない。

 あくまでその主導を握るのは本人同士であり、タレントが望むのならばその手助けはする程度の立ち位置に留まっている。


 そういった薫子のスタンスを理解していた零は、すんなりと彼女の口から答えを聞き出せるとは思っていなかったのだが……その態度から、2つのことが理解出来ていた。


 1つ、答えをぼかしてはいるが、薫子が沙織の過去について知っているということに関しては否定していないこと。

 つまり、その上で沙織を【CRE8】に採用しているということになる。


 もしも本当に沙織が問題行動を起こしてアイドルを引退せざるを得なくなったとしたのなら、薫子もそんな人物を身内に引き入れることはしないだろう。

 であるならば……沙織のことについては、自分もそこまで心配する必要はないのかもしれない。


 2つ、薫子が簡単に口を割らないということは、この情報は沙織にとって非常に重要な意味を持つものであるということ。

 有栖の女性恐怖症のように、沙織の過去は彼女にとって秘密にしておきたいものであると同時に、彼女自身の夢に直結しているということが、今の薫子の反応で確信出来た。


 ということは、やっぱり……と、自分の中で芽生えつつある考えが確信に近付く中、背後にあるドアがノックされるや否や、即座に開く音を耳にした零は、驚きと共にそちらを振り向く。

 そうすれば、初めて会った時と同じ格好をした沙織が、社長室の扉を開けて室内に入って来る様が目に映った。


「……沙織。どうかしたのかい? まだ、あんたをここに呼んではないはずだが?」


「お騒がせしてしまい、申し訳ありません。この度は私のせいで事務所や他のタレントのみんなに迷惑をかけてしまったことを、深く反省しています」


 普段の陽気な口調でも、琉球弁のなまりがある口調でもない、重苦しい口調で謝罪の言葉を述べた沙織が、深々と頭を下げる。

 およそ10秒近く、そのままの体勢でいた彼女は……頭を上げると、薫子の目を真っ直ぐに見つめながらこう言った。


「単刀直入に申し上げます。私は、今回の炎上の責任を取って、この事務所を辞めるつもりです」

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