天啓、それは1つの違和感から


「零くん、大丈夫? さっきからずっと険しい顔してるよ……?」


「えっ? あ、ああ! 大丈夫、大丈夫!! ちょっと今後の対応について考えてただけだからさ!」


「そっか……ごめんね。私のせいでまた面倒に巻き込んじゃって……」


 ずっと押し黙っていた自分のことを気にしたのか、あるいはこの沈黙に耐え切れなかったのか、不意に口を開いた有栖から声をかけられた零は不穏な気分を上手く取り繕うようにして笑みを返した。


 ただでさえ気弱な性格をしている上に、自責の念に駆られて心が参ってしまっている今の有栖にこんな物騒な想像を聞かせるわけにはいかない。

 何の確証もないのに余計に不安を煽るようなことを言ったら、それこそ彼女がパニックになりかねないだろう。


「そんなに自分を責める必要はないって。さっきからずっと言ってるけど、俺は有栖さんに今回の炎上の責任はないと思ってるから」


「でも、やっぱり発言が不用意だったかなって……」


「責任を感じちゃう気持ちもわかるけど、必要以上に自分を責めるのはもう止めた方がいいよ。俺もそうだけど、今回の炎上の全容はまだ掴めていないんだ。反省するのは、何が問題だったかを理解してからの方が良いと思わない?」


「……うん、そうだね。こうして思い悩んで足を止めてたら、何も変わらないままだもんね……」


 誰かと話して胸のつかえを軽く出来たのか、もしくは温かい飲み物を飲んで心が落ち着いたお陰か、有栖も電話を掛けてきた頃よりかは随分と精神を回復させたようだ。

 ふぅ、と自分を落ち着かせるようにして呼吸を整え、手にしていたマグカップをテーブルの上に置いた彼女は、数秒間黙った後、まだ少し赤いままの目で零を見つめ、謝罪と感謝の言葉を告げた。


「その……ありがとう。また零くんに助けられちゃったね」


「気にしないでよ。友達は助け合うものでしょ? 有栖さんが自分から電話を掛けてきてくれたことも、こうして凹んだところを励まして力になれたことも、俺は嬉しいと思ってるからさ」


「……うん、ありがとう。本当に、ありがとうね」


 同期ではなく、友達という言葉を使ってくれた零の温かさに触れながら、マグカップに残ったホットミルクを飲み干す有栖。

 胸の内がぽかぽかと温かくなっているのは、決して飲み物のお陰だけではないのだろうなということを思いつつ、再び零の方を見つめた彼女は、そこで何かを考えている彼の顔を暫しぼんやりと見つめた。


 そんな彼女の視線を受けた零は、これ以上は確証もなくいたずらに不安を煽るような想像は止めようと自分自身に言い聞かせる。

 まずはしっかりと有栖を気遣い、彼女のメンタルを回復させるべきだと……そう考えを切り替え、彼女へと向き直った零であったが、当の有栖の方は何かを言いにくそうにしながら恥ずかしそうに視線を外してしまった。


「あの、さ……その、えっと……」


「ん? どうかした?」


 テーブルの下でもじもじと指を絡め、ちらちらと零を見たり目を逸らしたりしながら、歯切れの悪い言葉を繰り返す有栖。

 そんな彼女の反応を大人しく待っていた零に向け、徐々に顔の赤みを増させながら……有栖は、恥ずかしさと申し訳なさを噛み殺して声を上げる。


「その、えっと……き、着替えてきて、いいかな? あ、あんまり、間近で見られても大丈夫、って格好じゃあないし……」


「あ、あっ! ああ、そ、そうだね! ご、ごめん、デリカシーがなかった」


「う、ううん! 私が急にあんな電話をかけたのが原因だし、すぐに駆け付けてくれた零くんには本当に感謝してるから……!」


 お互いに冷静さを取り戻し、現在の状況を振り返った結果、2人は有栖が未だにパジャマ姿であるということに気が付いた。

 夏も近付き、温かさが暑さへと変わろうとしているこの季節、当然ながら彼女の着ている服も分厚いトレーナーというわけもなく、しっかりと体を覆い隠せるという代物でもない。


 長袖長ズボンであることは間違いないのだが、ふんわりとした素材のパジャマの下にはシャツのような肌着はなく、残っているのは可愛らしい下着のみ。

 実をいうと、先程からちょくちょくへそやわき腹が見え隠れしていたのだが、有栖を慰めることに終始徹していた零は、あまりそのことを気に留めていなかった。


 しかして、今はそういった緊急事態を一応は乗り越え、多少の落ち着きを取り戻した頃合い。

 零の方は現在進行形で目の前にいる有栖の無防備な姿を目の当たりにし、有栖の方は同い年の男性にパジャマ姿という、ギリギリ健全ながらも見られても全く恥ずかしくないとはいえない姿を曝け出していることに、羞恥を覚えるようになっている。


 とまあ、そんなわけで……ここは一度奥に引っ込み、普段着に着替えてきたいという有栖の願いは至極当然のものであり、同じような恥ずかしさを覚えてしまった零もまた、なんの迷いもなくそうすることを促した。


「あの、本当にごめんね。折角駆けつけてくれたのに、1人で放置することになって……」


「いやいやいや、むしろ女の子の部屋にいきなり押しかけてごめんっていうか、なんというか……」


 お互いにぺこぺこと謝りながら、部屋へと引っ込む有栖を見送る零。

 バタン、と閉じた扉を見つめ、あの向こう側で彼女が着替えているんだな~、というちょっぴりよろしくない想像を繰り広げた彼は、途轍もない罪悪感を覚えると共に大急ぎでその妄想を頭の中から追い出した。


「はぁ……やっべえ、俺も冷静じゃあなかったなぁ……」


 そりゃあ、緊急事態とはいえ、女の子の部屋にいきなり押しかけたらなにかしらのトラブルは発生するものだろう。

 先日、沙織が自分の部屋に来訪した時もそうだったが、今回はそれとは訳が違う。


 朝方に、男が、女の子に部屋にいきなりやって来たら、そりゃあ相手だって焦るし、着替えだって済んでないに決まっている。

 大急ぎとはいえ、出かける準備を整えるだけの時間があった自分とは違って、客を迎え入れる有栖が支度を済ませることなんで出来るはずが――


「……あれ?」


 ――それは、不意に訪れた天啓だった。


 今現在の状況と、これまでの自分の記憶が不意に結びついた時、零の頭の中に1つの違和感が生じる。


 そうだ。考えてみればそうだった。

 も、も、そしてだって、彼女は常に――


(――いや、でもこんなのただの考え過ぎだろ? ただの偶然だってこともあり得るし、だからなんだって話じゃねえか)


 思い浮かんだ違和感に、それがなんだと首を振って否定的な意見を抱く零。

 だが、しかし……この想像が的外れでないとするならば、1つの謎の答えが導き出されるではないか。


 正確には、この気付きに対してもう1つのキーワードを加える必要がある。

 この厄介極まりない状況に対する光明か、あるいは絶望にもなり得る可能性を導き出すその鍵の名を、零は小さく声に出して呟いた。


「Vtuberへの転生……もし、そうだとしたら――」

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