戦慄、黒幕の可能性


「【SunRise】……デビュー目前のアイドルグループ……」


 談話室で顔を合わせた時、TVで放送されていた特集を一緒に観た沙織が見せた複雑な表情を思い返した零が呟く。


 あの時は特に気にも留めなかったが、こうして沙織の過去が暴かれた今となっては、彼女たちの存在とあの表情にも繋がりが見え始めている。

 十中八九、沙織が起こした不祥事と【SunRise】には何か関わりがあるのだろうと予測した零であったが、それ以上のことは何もわからないままだ。


 そこまで考えた零は、自身のSNSアカウントに寄せられた中傷メッセージの送り主たちの名前に見覚えがないことにも気が付く。

 煽るような文句を送ってきた面々は、おそらくはVtuberではなくアイドルのファン、【SunRise】のファンということなのだろう。


 沙織は、彼らに恨まれている。ということはつまり、彼女は【SunRise】に何か不利益を与えてしまったということなのだろうか?

 色々と可能性は思い付くが……確証もないままに思考を深めてもかえって混乱を招くだけだと判断した零は、そこで沙織の過去についての想像を一時中断する。


 問題は、目の前の炎上にどう対応するか? 今はそのことを優先して考えるべきだろう。

 だがしかし、その問題に対して今の零たちが出来ることはなく、せいぜい無視を貫くことくらいのものだ。


「……やっぱり、本人か薫子さんから直接話を聞くしかねえ。何もわからないままじゃ、こっちだってどう動けばいいのかの判断もつかねえんだから」


 炎上の理由も、沙織の過去も、何もかもわからないことだらけだ。

 そんな状態で事件に巻き込まれることになった自分の状況にうんざりとしながらも、それは有栖も同じかと吐き出しかけた溜息をギリギリで飲み込む零。

 それと同時に……この炎上に巻き込まれたのは【SunRise】の方も同じかもなと、憐みを含んだ笑みを浮かべる。


 過去に何があったのかはわからないが、デビュー直前で古傷を穿り返されたとあっては初っ端から厳しい出だしが予想されるだろう。

 下手をしたらメジャーデビューの話がお流れになる可能性だってある……と、考えたところで、零はとある危険性に辿り着き、血相を変えた。


(もしもこの炎上が切っ掛けで【SunRise】の活動に不利益が出たら、間違いなくファンは喜屋武さんをこれまで以上の勢いで叩きに来る。いや、喜屋武さんだけじゃない。あの人を雇っている【CRE8】やそこに所属してるVtuberたちだってあいつらにとっちゃ敵みたいなもんだ。こりゃあ、ヤバいぞ……!)


 あくまでこれは可能性だが、それが現実になる可能性は十分過ぎる程にある。

 いや、実際に【SunRise】が不利益を被る必要もない。彼女たちに迷惑がかかっているかもしれないという事実だけで、一部のファンたちの暴走を招くには十分だ。


 蓄積された恨みの火に、新たに生み出された被害という名の燃料を加えて更に大きな炎へと育て上げる。

 実際に【SunRise】のデビューが遅れても遅れなくても、その輝かしい第一歩にケチがついたとあれば、その元凶と思わしき沙織をファンたちが責め立てるのは彼らにとっては当然の心理だ。


 そうなった場合、その炎は沙織こと花咲たらばを焼くだけでは収まらない。

 憎き喜屋武沙織をタレントとして採用していた【CRE8】ごと焼き尽くさんばかりの怒りの炎が、暴徒と化したファンが、事務所と所属Vtuberへと襲い掛かって来るだろう。


 タイミングの悪いことに、沙織の前に蛇道枢が前世に関しての黒い疑惑が持ち上がったことも状況の悪化に貢献してしまっていた。

 あの事件のせいで【CRE8】への注目は勿論、Vtuberの前世という部分に対してファンたちが強い興味を持ってしまっている状況でこの騒ぎが起きて――


「……は? 待てよ? このタイミングで、うちの事務所のVtuberが2連続で前世関係のスキャンダルを取り上げられた……? 偶然にしちゃあ、出来過ぎじゃあないか……?」


 ――はたと、その違和感に気付いた零が引き攣った声での呟きを漏らす。

 自分と沙織、同じ【CRE8】所属で、しかも同期であるVtuberの2人が立て続けに前世に関する問題提起を受けたことが、どうしても引っかかってしまった。


 考えてみれば、自分の炎上はあまりにもお粗末で、アンチの嫉妬としか思えないふざけた証拠を基にしたものだ。

 『蛇道枢=ついすとこぶら』説という、声と過去の配信で出た情報を無理やりに繋ぎ合わせただけの強引な訴えは一時的な注目を集めることは出来たものの、1日と経たずして終息を迎えてしまった。


 その時は被害の軽微さや沙織が漏らした情報による別ベクトルの炎上に直面したことで深く考えはしなかったが……この状況に陥った今、零の頭の中ではそれらの情報が組み合わさり、彼の思考を恐ろしい可能性へと思い至らせている。


 前世に関する蛇道枢の炎上は、一時的な注目を集める効果しか生み出さなかった。

 すぐに疑惑は晴れ、前世に関する問題は厄介だという共通意識を植え付ける程度の騒動に収束したが……それこそが、あの動画を投稿した人間の目的だったとしたら?


 Vtuberのファンに限らず、各プラットフォームを利用して配信を行う者やそれを視聴する者、更にはオタク界隈の人間たちからの注目を集めるために、あの動画を投稿した人間は枢に火をつけた。

 彼への炎上は即座に鎮火し、むしろ火をつけた本人の方が今も削除した動画を転載されたり、インターネット掲示板でネタにされたりと、いう憂き目に遭っているが……逆に考えれば、これらの問題が各界隈の人間の注目を集め続けているということもまた事実ということになる。


 その状態で起こった第2の炎上。花咲たらばの前世が喜屋武沙織であるとのリークと、彼女の過去についての暴露。

 それらのネタを基に燃え上がった炎は、Vtuber界隈とアイドル界隈の両方に飛び火し、必要以上の激しい炎へとうねりを上げて成長し続けている。


 第1の炎上で蛇道枢が、その所属事務所である【CRE8】が、そして前世という特異な境遇を生み出してしまうVtuberという存在が、注目を浴びていたからこそ、第2の炎上は一層大きなものになった。

 これは本当にただの偶然なのだろうか? こんな偶然が存在しているのだろうか?


 もしも……

 『蛇道枢=ついすとこぶら』説の動画を投稿した人間が、アイドル界隈に渦巻く沙織への怒りと恨みに火をつけるべく、なにかしらの形で彼らに情報を提供したとしたら?


 この炎上を、がいたとしたら?

 もしそんな人間が存在しているとするならば、その目的は――


(まさか、【CRE8】を潰すつもりなのか? そのために、俺や沙織さんを利用して……!?)


 この炎上が起きたことで、【SunRise】を推すアイドルファンたちは【CRE8】やその所属タレントを親の仇のように責め立てることだろう。

 SNS上での暴言は勿論、活動の場である配信や投稿された動画、各Vtuberたちへの直接攻撃もあり得るかもしれない。


 そうなれば、【CRE8】もただでは済まない。少なくない打撃を受け、大きくその勢いを削がれることとなるだろう。

 もしもこの考えが正しかった場合、悪意を持ってこの炎上を引き起こした何者かが存在しているということになる。


 アイドルのファンたちを操り、沙織や事務所を叩かせようとするその人物の思惑に誰もが乗せられているのではないかと、そんな恐ろしい想像にゾッとした零が背筋を震わせて戦慄していると――

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