再び、あの日のように
こひゅう、こひゅうという苦し気な息遣いと共に吐き出されたその言葉には、有栖の深い後悔が滲んでいる。
沙織の炎上は自分のせいだと自分自身を責める彼女の様子にただならぬ雰囲気を感じた零は、とにもかくにも有栖を落ち着かせつつその言葉の真意を探るための質問を口にした。
「落ち着いて、有栖さん。喜屋武さんの炎上が有栖さんのせいだって、どういうこと?」
「き、昨日の配信で、私、零くんの部屋に喜屋武さんがいた時のことを話しちゃって……そ、そしたら、今朝になって、花咲たらばは尻軽女だっていうメッセージが喜屋武さんのアカウントにいっぱい送られるようになってて、しかも花咲さんの魂が喜屋武さんだってこともみんなにバレてるの。色んな情報が、喜屋武さんの悪口と一緒に拡散されちゃってるの……」
震える声で、時折言葉を詰まらせながら、一生懸命に零へと状況を伝えようとする有栖。
その話の最中にも段々と彼女の呼吸は荒く乱れたものになっていき、その息遣いに彼女の精神の動揺が表れているように思えた。
「どうしよう、どうしよう……!? 私が勝手な判断でデリケートな話題を出しちゃったから、花咲さんの悪い噂が拡散されちゃってるんだ……い、色んな人が、いっぱい、花咲さんだけじゃなくて喜屋武さんのことを詰ってる。れ、零くんのところにも変なメッセージ来てるよね? ごめん、ごめんなさい……私の、せいで……っ」
「そんなことないって。有栖さんが謝る必要なんてないよ」
「でも、でも……! 事実、私の発言が切っ掛けでこんな事態になっちゃってる。めいとのみんなと花咲さんのファンもお互いにお互いの推しを守るためにSNSで言い争ってるし、私が配信であんなことを言っちゃったから、沢山の人たちが互いに傷付け合うことになっちゃったんだよ……! 全部、全部……私のせいだ……」
負の
何気ない自分の発言が本人の意図していない伝わり方をしてしまい、悪い目で見られたままに拡散された結果、どんどんその捻じれが大きくなって広がっていく。
そのひずみが生み出した悪影響は全て自分のせいだと、そうやって自分自身を責めている有栖の姿が容易に想像出来た零は、このままでは埒が明かないと判断すると洋服箪笥から衣服を取り出しながら彼女へと言った。
「今からそっちに行くから、部屋の鍵を開けておいて。色々と確認したい話もあるから、顔を合わせて話をしよう」
「……うん」
か細い声で自分の提案に同意してくれた有栖の反応を確認した後、零は一度スマートフォンをテーブルの上に置いた。
そのまま大急ぎで着替えを済ませ、その他諸々の準備を整えてから再びスマホを手にした彼は、玄関で靴を履きながら有栖へと声をかける。
「電話、切るね。すぐに着くから、心配しないで」
「……うん」
先程と全く同じ言葉を返した有栖の反応を確認してから通話を切った零は、心配しているのはどっちだと自分自身の言葉に突っ込みを入れた。
どうしても、弱っている有栖のことを考えると、頭の中であの日のことがフラッシュバックしてしまう。
対応しきれない事態にパニックになり、気絶するまで精神を摩耗させてしまった有栖の姿を思い返した零は、二度とそんなことがあって堪るかと首を振ると、玄関の扉を開いて家から飛び出す。
こうして有栖の部屋に向かって駆けるのもあの日以来だなと、どうしても脳裏にこびりついて消えない忌まわしい記憶を抱えながら朝方の社員寮を足早に駆け抜けた零は、1分もしない内に彼女の部屋の前に辿り着くと、短いノックの後にその扉を開けて中に入った。
「有栖さん、阿久津です! 大丈夫ですか!?」
大声を出し、どこかの部屋にいるであろう有栖へと叫びかける零。
その声が室内に響いてから暫し経った頃、リビングに続く扉がガチャリと音を立てて開き、そこからパジャマ姿の有栖が姿を現した。
「零くん、私、私……」
泣き腫らした赤い目をこちらに向け、声を震わせながら喋る有栖。
自分の失態を責め続ける彼女の痛々しい姿に胸を痛めた零であったが、同時に以前のように完全にパニックに陥って意識を失うというようなことになっていないことに安堵した彼は、用意してきた牛乳と2つのマグカップを彼女へと見せながら言った。
「取り合えず、少し落ち着こう。電子レンジかガスコンロ、借りるね」
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