噴出、次なる騒動

 零がその異変に気が付いたのは、日が昇り始めた朝方のことだった。


 スマートフォンが鳴らす通知の音で目を覚ました彼は、寝ぼけまなこを擦りながらそれを手に取る。

 そして、そこに届いているメッセージが自分の想像を超えた数を誇っていることに気が付き、一気に眠気を吹き飛ばした。


「はぁ? なんだこれ……?」


 今現在自分の下に届いているダイレクトメッセージの着信数は、デビューした際に炎上した時とほぼ変わらない量を見せている。

 かつて自分が経験したあの大炎上の再来を思わせる通知の数に戦々恐々とした零は、息を飲むと同時にこの通知の原因はなんなのかと必死になって頭を働かせ、考えを巡らせていった。


 なにか、炎上に繋がるような失態を犯してしまっただろうか?

 すぐに思い当たるような節はないが、あるいは先日の沙織のうっかり発言のように、誰かが何かを漏らしてしまったのかもしれない。

 そのせいでこんな事態になっているのでは……と、1つの仮説を立てた零は、とにかく何が起きているのかを知るためにもメッセージを確認してみようと、意を決して大量に届いているそれらの内の何通かを開き、読んでみることにした。


 配信によく来てくれる見知った名前のユーザーから、初めて見る名前の相手まで、適当に表示された送り主の名前をタップし、そのメッセージを開く零。

 色々と確認を行った結果、自分の下に届いているメッセージの内容は、大きく分けて2種類に分類出来ることがわかってきた。


 まず1つ目は、心配の感情がメインとなっているもの。

 具体的に内容を挙げるのならば、【あの女に騙されないで!】だとか【もうあいつと付き合うのはやめた方がいい】だとかの、蛇道枢と誰かとの接触を止めるよう指示するようなものだ。


 もう1つは明らかな中傷の言葉がメインであるからかいのメッセージ。

 【元アイドルのおっパイナップルは美味しかったか~?】や【やっぱVtuberって裏でヤりまくってんの?】等の性的な部分をからかうような暴言に顔を顰めていた零であったが、1通のメッセージを目にした瞬間、その表情が凍り付いていく。


 【ビッチの喜屋武沙織に騙されて弄ばれて可哀想でちゅね~、枢くん!】……そんな、挑発と暴言が入り混じったメッセージの後半部分は、零の目に入っていなかった。


 そのメッセージの送り主は、沙織の名前を知っている。花咲たらばの魂が彼女であることを知っている。

 Vtuberとして最も隠したい部分である魂についての情報が出回っていることを理解した零の顔からはみるみるうちに血の気が引いていき、心臓の鼓動が段々と早くなっていった。


 他のメッセージを確認してみても、既に大半の人間が花咲たらばの中身が沙織であることを知っているようだ。

 いったいどうしてその情報が露見したのか? 魂の情報が漏れたのは沙織だけで、自分や有栖は大丈夫なのだろうか?

 そういった部分も気掛かりではあるが……今の零が最も気になっていたのは、沙織に対する中傷の酷さとその内容であった。


 性悪女、尻軽、ビッチ……寄せられている中傷のメッセージの内容は、ほぼほぼ沙織の男癖の悪い女として評している。

 心配のメッセージの送り主たちも枢が彼女に騙されているのではという杞憂から助言を行っているように思えるし、ファンたちの間では喜屋武沙織という女性は性に奔放な人間だと思われているのだろう。


 だが、それはどうしてそうなったのだろうか?

 確かに沙織はガードが緩く、男女問わずに距離を詰めた接し方をしてくるが、そんな風に言われる謂れはないはずだ。


 少なくとも、自分と彼女はそういった行為に手を染めるような雰囲気になったことすらないわけだし……と、出会って間もないながらも沙織と自分との間に起きた出来事を振り返っていた零は、同時にもう1つの気になる部分にも思い至る。


 元アイドル……メッセージの中に散見されるその単語が指す意味はただ1つ。

 沙織は元々はアイドルとして活動していて、何らかの理由があって引退した。

 そして、その際の行動が原因で尻軽女として叩かれているのだ。


「くそっ……! こいつも前世問題ってことかよ……!?」


 確定とはいえないが、ほぼほぼこの騒動の元凶はこれで間違いないだろう。

 沙織はVtuberとして活動する前、アイドルであった頃に、ファンたちから恨みを買う何かをしてしまった。

 その際に生まれた火種が、花咲たらばとして転生した彼女に襲い掛かる巨大な炎として膨れ上がっているのだ。


 おそらくは勝手な推測や話に尾ひれが付いた部分もあるのだろう。

 しかし、その根幹には何か切っ掛けとなるような事件があるはずだった。


 ぎりり、と歯を食いしばり、どうするべきか悩む零。

 沙織のことを信じたい気持ちは強いが、何も知らぬまま行動を起こすことが自分や彼女の首を絞めることになる可能性は十分に存在している。


 取り敢えず、今は事態を静観すると共に頃合いを見計らって薫子に相談を……と、冷静にこの状況に対応しようとしていた零であったが、そんな彼の手の中でスマートフォンが着信を告げる震えを起こす。


 はっとした表情で画面を見つめ、電話をかけてきた相手が有栖であることを見て取った零は、何か並々ならぬ事態の襲来を感じると共に通話ボタンをタップし、スマートフォンを耳に当てると共に彼女の名を呼ぶ。


「有栖ちゃん、どうかした――」


「どう、しよう……どうしよう、零くん……!?」


 自分の言葉を遮るようにして発せられた有栖の声は、明らかに平静ではなかった。

 荒い呼吸と涙交じりの声。それを耳にした零の脳裏に、アルパ・マリ事件の際に目撃した1シーンが蘇ってくる。


 薄暗い部屋の中、薬が散らばった床の上で倒れ伏し気絶する有栖の姿。

 それを思い返した零が息を飲み、緊張に全身を強張らせる中、電話越しでも涙していることがわかるような雰囲気の有栖が、震える声で彼へと告げる。


「私のせいで、花咲さんが炎上しちゃった……私が、配信で変なことを言っちゃったから……!」

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