買い物、ついでに会話

 それから1時間後、一行は人で賑わう休日の家電量販店にやって来ていた。

 洗濯機や冷蔵庫などの生活必需品は社員寮に備え付けの物が用意してあるが、その他の細やかな品物に関しては自分で買うしかない。


 ドライヤーやライトスタンドなどの生活家電に加え、引っ越しを機に新調すべく購入したマウス、キーボードなどのPC用品などの荷物を両手に抱えた零は、荷物持ちとして働きながら同僚である沙織と他愛のない話に花を咲かせていた。


「へえ、喜屋武さんってもう成人してたんすね。まあ、1人暮らしを許可されるくらいだから当たり前か」


「それでも両親には心配されたけどね~。私ってば良くも悪くもマイペースだし、そんなんが都会の会社勤め出来るのかってでーじ不安そうだったばよ~。まあ、最終的にはごり押して、納得してもらったさ~」


 両手いっぱいに荷物を抱えながら、隣を歩く沙織について歩く零は、自分よりやや低い背をしているが成人女性の平均身長は軽く超えているであろう彼女と視線を合わせ、会話を続けていく。


20歳ハタチなんですよね? 高校卒業してからは、どうしてたんですか?」


「ん~? 実家の商店を手伝ってたよ~! ちっちゃなお店だけど、家族でご飯を食べていくのには困らんかったねえ。離れるのはちょっと寂しかったけど、これも人生経験の1つだし、なにより自分で選んだことだから泣き言は言ってられんさ~!」


「ってことは、沖縄からこっちに出てきてまだ数か月ってことすか。それにしては方言が抜けてるっていうか、なんというか……」


 沙織の話し方は、イントネーションに沖縄っぽさが残ってはいるものの概ね標準語としての体裁は整っている。

 時折、方言らしき言葉が出て来たりはするが、零はここまでの彼女が何を言っているのかがわからなくて困った、ということもなく会話を続けられていた。


「そりゃあ、私だって努力するよ~! なにせお喋りを生業とするお仕事だし、何を話してるか伝わらなかったら観てくれてる人たちもつまらないだろうからね~! イントネーションだけはどうしようもないけど、そこは薫子さん曰く、お前の武器だ~! ってことである程度は許してもらってるさ~」


「ははあ、なるほど……」


 明るくあけすけな性格とエネルギッシュな雰囲気を併せ持つ沙織は、そのままでもいいキャラをしている。

 彼女をモデルとして作られたVtuber『花咲たらば』もその色を濃く残しており、誰からも愛されるキャラクターに仕上がっていると思う。


 健康的な肌色とか、抜群のプロポーションとか、露出が多めの衣装なんかもその性格を引き立てる良いパーツになっているし……と、まんま沙織とも呼べるたらばの容姿も彼女の性格にマッチしていることに頷きながらも、同時に零は僅かに違和感をも感じていた。


(花咲かにもタラバガニも北海道の名産品なんだよなぁ。沖縄とは真反対の土地に関係するものなんだから、薫子さんももうちょいネーミングセンスどうにかならなかったのかね……?)


 【CRE8】のVtuberは全員、黄道十三星座をモチーフにデザインされている。

 零こと『蛇道枢』はへびつかい座。有栖の分身である『羊坂芽衣』はおひつじ座……というような形で見た目だけでなく名前にもそういった関連があることからもそれが理解出来るだろう。


 そうやって、現在13名所属している【CRE8】のVtuberをそれぞれ当てはめていくと、沙織こと『花咲たらば』の担当はかに座であることもわかるはずだ。

 名前もかにの品種から取っていることからも明らかなのだが、どうにもその名前がキャラクター性とマッチしていない気がしなくもない。


 見た目も性格も喋り方も沖縄&琉球感を押し出しているのに、名前だけは北海道の名産品である蟹たちから取られている。

 一応、花咲たらばのデザインには蟹のはさみを模したアクセサリーなどが散りばめられているので見た目的にはかに座のVtuberと言われても違和感はないのだが、零にはどうしても名前だけが浮いているような気がしてならなかった。


(まあ、ここでそれを突っ込んでも薫子さんの機嫌を損ねるだけだろうし、口にするだけ野暮ってもんだよな)


 現在、自分たちは大量に買った品物を車に運ぶために薫子からキーだけを預かって彼女と別行動を取っている。

 花咲たらばの名付け親である薫子にこんな考えがバレたらきっと酷い折檻を味わうことになるのだろうなと思いながら、零は駐車場に向かうためのエレベーターに沙織と共に乗り込んだ。


「うおっ、結構人がいますね……」


だからよーそうだね。都会は人が多いさ~……」


 エレベーターに乗り込むと共に後に続いて乗り込んできた人々に押された2人が、密度が凄い内部の様子に感想を漏らす。

 人が密集しているエレベーター内では両脇に多くの荷物を抱えた零は邪魔くさく感じられるようで、周囲の人たちからの視線に罪悪感を感じながら、零が出来る限り縮こまって大人しくしていると――


「げえっ……! まだ人が乗ってくるのかよ……!?」


「あきさみよー!? そんなに入れるの~!?」


 1つ階を昇っただけで止まったエレベーターの中に、更に多くの人が雪崩れ込んでくる。

 壁際まで追い詰められていた2人が予想以上の密度を見せ始めた内部の様子に困惑し、息苦しさを感じる中、人ごみに押し潰されそうになっている沙織の様子を目にした零は、咄嗟に彼女の前に立つと、押し寄せる人の波から沙織を庇う様にして壁になった。


「れ、零くん、大丈夫!? 無理はせんといてよ~?」


「平気っすよ、これくらい。せいぜい30秒我慢すれば終わるもんですし……」


 思ったよりも沙織の顔が近くにあることに気が付いた零がどぎまぎしながら視線を逸らし、感じている照れを誤魔化すようにして軽い口調で言う。

 背中には結構な重量と圧がかかってはいるが、決して耐え切れない重みでもない。これを沙織が受け止めることになるくらいなら、多少の無理をしてでも自分が踏ん張った方がマシなはずだ。


 エレベーターが屋上の駐車場まで順調に昇ったとしたなら、我慢の時間もたかだか30秒程度で済むだろう。

 キツいはキツいが、男ならばこの程度の苦難は耐え切ってなんぼのものであると、自分に気合を入れた零が両脚に力を込め、踏ん張りに気合を入れようとした、その時だった。

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