救援、かに座の同僚

 健康的に焼けた小麦色の肌と、艶やかさを備えた長い黒髪。

 活動的な印象を覚える露出度が高めの衣装に加えて、頭に飾られたハイビスカスの花が特徴的な、南の島の方言を挨拶として用いている彼女が平面の体を左右に揺すって元気にリスナーたちへと声をかける。


 その動きに合わせてぽいんぽいんと跳ねるたわわな胸の果実についての感想がちょくちょく飛び交う中、毎朝の恒例と化した朝活配信を始めたVtuber『花咲たらば』は、軽快な口調でのオープニングトークを行っていった。


『平日の朝、みんなはどう過ごしてる~? 出勤とか登校中の人も多いでしょ~。今日もみんな、頑張ってね~!』


【ありがとう、たらばちゃん!】

【電車の中でいつも配信聞いてます! これがあるから今日も頑張ろうって思える!】

【今日も朝から眼福じゃけぇ……】


『お~? 正直だね~! 素直なのはいいことだから、ちょっちサービスしたげるよ~!!』


 いたずらっぽく笑いながら、体を上下左右に振るたらば。

 その動きに合わせてモデルの胸も揺れを見せ、リスナーたちはその光景を有難く拝見しているようだ。


 こういう、一見あざといと思われる行動を取ったとしても嫌味に感じないのは、たらば自身の明朗快活な性格のお陰だろう。

 何に対してもオープンというか、羞恥心が薄そうな彼女の性格に持ち前の明るさが加わることで、いやらしさというものをあまり感じなくて済むことが大きいと、零自身は思っていた。


『あははっ! 流石にこれ以上は偉い人に怒られそうなんでやめるさ~。そんで、今日のお話だけどねえ……およ?』


「あっ、ヤッベ……!!」


 暫し、配信が始まってからエネルギッシュな姿を見せるたらばに圧倒されていた零であったが、自分がどうしてこの配信を覗いているのかという理由を思い出すと共に呻きを漏らす。

 コメント欄には件の『蛇道枢=ついすとこぶら』説に対してたらばの意見を聞きたいという声が寄せられており、反応から察するに彼女もそれに気が付いてしまったようだ。


 ここで下手にこの件について言及してしまえば、たらばも騒動に巻き込まれてしまうかもしれない。

 芽衣を巻き込んだ先日の事件を思い返した零は焦りの感情を抱き、緊張感に息を飲むが……意外なことに、たらばの方はこの問題についてさらりとコメントしてみせた。


『あ~! 配信準備中にちょっと見たよ~! あれでしょ? 2期生の蛇道枢くんの前世が悪い人~、みたいな! でもあれ、大間違いだよ~。だって私、あの子と顔合わせたことあるからね~!』


 そんな風に、沖縄弁のなまりがちょくちょく顔を出す言葉遣いで事実を告げたたらばの言葉に、リスナーたちも驚きを隠せない。

 心あるリスナーたちがこの件について触れるなとか、視聴者たちもそもそも話題を出すなという忠告を行おうとする前にあっさりと枢にかけられた容疑を否定してみせたたらばは、特に重大な話をするわけでもなく、日常会話の一環としてのレベルでそのことについての話を続ける。


『配信準備で忙しかったから動画は見てないけど、噂されてる人のことは私も知ってるからねぇ。枢くんとは別人だって、胸張って言えるよ~』


【たらばちゃんくるるんと会ったことあるの!?】


『やっさー。前に話したと思うけど、今後の活動のことも考えて、私ってば最近バーチャル沖縄から内地の方に引っ越したんさ。で、生活に必要なあれこれを買うために事務所の社長さんに車を出してもらって、荷物運び要員として枢くんにも手を貸してもらったんよ。その時にはでーじ、枢くんにお世話になっちゃったね~』


 たらばの言う通り、零は少し前に彼女の中の人と顔を合わせている。

 故郷から引っ越してきたたらばのための買い物に何も聞かされずに付き合わされた零は、サプライズのような形で彼女と初顔合わせを行う羽目になっていた。


 だから、たらばは芽衣に続いて枢の正体を知った同期ということになるわけで……それにしても、こんなにあっさりと魂に関する情報をバラしてしまう彼女のあけっぴろげさには驚きを隠せないが、それが零にとっては功を奏したようだ。


【やっぱそうだと思ったんだよ。あの動画、疑わしい部分結構あったもんね】

【声の比較も似てなくもないけど一致はしないでしょ、って感じだったし、蛇道アンチが強引に話をくっつけようとした感じかな】

【これでくるるんが余計な心労を負うことになったら可哀想。起きる前に鎮火しててほしい】


「お? お? なんか、思ったよりも味方が多いような……?」


 デビュー直後の炎上とは違い、ある程度のファンの理解も得られているお陰か、蛇道枢を被害者として見てくれるリスナーが多いことに喜びの声を上げる零。

 考えてみれば、送られてきているダイレクトメッセージの数も最初に比べれば少なく、一部の声の大きい人間が必要以上に枢を叩いているような気がしてきた。


(あれ? もしかしてこれって、俺が思ってるよりも被害が少ないパターン? 下手するとあっさり鎮火して、夜には何事もなかったかのように普通の日常が戻ってくる感じ?)


 炎上という言葉や寄せられるアンチコメントに過敏になっていたが、冷静になって考えてみるとこの問題は結構簡単に収束するのかもしれないと零は思う。

 明らかに、今回の『蛇道枢=ついすとこぶら』説に関しては憶測や妄想といった側面が強過ぎるし、たらばリスナーの反応を見る限り、普通の【CRE8】ファンはあの話をまるで信じていないように見える。


 それに加え、あっさりとその疑惑を否定してみせたたらばの発言がトドメとなったのか、少なくともこの配信を観ている視聴者たちの中には、枢が元犯罪者の魂を持つVtuberであるという話を信じる者は皆無になったようだった。


『まま、きっとその内事務所の方からも何かしらの発表があるんじゃないかな~、ってことでこの話は終わりにしよっか。んじゃ、枢くんの名前が出てきたし、買い物の時の話でもしちゃおうかね~!』


「うげっ!? ちょっと待てよ。俺ってばあの時、色々とヘマしなかったか……?」


 そうやって、たらばのお陰で転生に関しての炎上が収まりつつあることにほっと一安心した零であったが、続いて彼女の口から発せられた言葉を聞いた瞬間、顔から血の気が引いていく感覚に襲われてしまった。


 確か、そう……あの時の自分はちょっとばかりというか、結構なというか、喋られたらマズい失敗をしでかした記憶がある。

 どうかたらばがその辺の話をぼかしてくれますようにと祈りながら、零は彼女との出会いとそこで起きた事件について、思い返していった。

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