疑惑、だけどやっぱり勘違いです
「ちくしょう、何だってんだ? どこのどいつが俺に火を付けやがった?」
自分に非がないことを確信し始めた零が不機嫌さを丸出しにした呻きを上げると共にエゴサーチを行う。
この炎上は何が原因で、どうして自分が大勢の人々から犯罪者呼ばわりされることになっているのか? その理由を探す零の胸の中では、言い様のない怒りが渦巻いていた。
「前回の一件は俺も誤解を招くような行動を取ったっていう非があるけど、今回はマジで違うじゃん! 俺、何も法に触れることしてねえじゃん!! なんだぁ? 俺のアンチはあの騒動から何も学ばなかったのかぁ!?」
アルパ・マリに火を付けられた際には、零自身が迂闊な行動を取ったり、社内機密に関わる情報を開示出来なかったりといった彼自身の非とでも呼べる部分が多少なりとも存在はしていた。
が、しかし、今回の一件に関しては完全に彼の知らぬところで犯罪者呼ばわりされており、蛇道枢として活動する以前から犯罪行為などに手を染めた覚えのない零からしてみれば、心外という他ない事態である。
声を上げる者には、それなりの責任が伴う……有栖と共に巻き込まれたあの炎上の最中で啓蒙として自分が発した忠告を、アンチたちは聞いていなかったとでもいうのだろうか?
その憤りと共にインターネット上で今回の炎上の原因を探り続けていた零は、遂にその根幹とでもいうべき動画を発見し、眉をひそめた。
「『蛇道枢は犯罪者! 前世は問題行為連発のゲーム実況者』だぁ……?」
ニヤニヤ動画……【CRE8】や多数のVtuberが主戦場としている配信プラットフォームである【wetube】と双璧を成す古くから続く配信サイトに投稿されたその動画のタイトルを目にした零は、既にこの時点で全くの見当はずれであるその告発内容に青筋を浮かべる。
口の端をひくつかせ、強い怒りを抱きながら件の動画を再生した零は、投稿者の生声ではなく『のんびり音声』と呼ばれるソフトで作られた機械音声が読み上げるテキスト内容に感じている怒りを強めていった。
「んだよこれ!? 丸っきり俺と関係ない奴の話をしてるじゃねえか!!」
件の動画の内容を大まかにまとめるとこうだ。
かつてニヤニヤ動画で活動していた『ついすとこぶら』という名のゲーム実況者が、炎上の末に引退を余儀なくされた。
以前より暴言やマナー違反が多く、嫌われ者だった『ついすとこぶら』は、ゲーム内での不正ツールの使用が露見すると共にこれまでの悪行が全て暴露され、全方面から叩かれて逃亡せざるを得なかったということだ。
そして、その悪行の中で最も重大だといわれているのが、未成年の異性に対する淫猥な行為。
立派な犯罪であり、多くの被害者を生み出した『ついすとこぶら』への批判はとても強く、今でも彼を許していないという人物が多く見受けられるほどだ。
そうやって配信の世界から姿を消した『ついすとこぶら』だが……この動画の投稿者は、彼こそが蛇道枢の魂を担当する人物であると視聴者たちに主張している。
『ついすとこぶら』としての名を捨てざるを得なくなった彼は、全ての罪をリセットする方法としてVtuberへの転生を果たしたのだと、そう言っているのだ。
その証拠として挙げられたものは、零からするとどれもお粗末なものだった。
蛇道枢と『ついすとこぶら』との声の比較、こぶらと蛇という名前の関連性、過去の発言を切り取っての強引なつじつま合わせ等々、疑わしい証拠をこれでもかと出しつつ、さりとて決定的な証拠は出せないでいる動画の投稿者は、最後にこんな言葉で蛇道枢への告発を締めた。
『ついすとこぶらは多くの女性に被害を及ぼし、その後の人生に影を落とした非道な犯罪者だ。そんな人物を女性ばかりのVtuber事務所に置いたままで本当にいいのか? のうのうと配信活動を行わせたままで良いと思えるだろうか? CRE8には、この問題に対する誠意ある対応を願いたいところである』
「誠意ある対応もクソもねえんだよ! 俺はついすとこぶらじゃなくって、阿久津零!! そんな奴知らねえよ! 別人だよ!!」
まるで頓珍漢な内容の動画に突っ込みを入れつつ、このふざけた疑惑に対しての反論を行おうとSNSアプリを起動した零であったが……不意にその手が止まると共に、苦し気な呻きが彼の口から洩れる。
ギリギリと悔しそうに歯軋りし、自室の床に何度か拳を叩き付けた零は、一度スマートフォンを置くと抱えている悩みを声に出して悶えた。
「ど、どう反論すりゃあいいんだ? Vtuberとして、中に人がいることを認めるのはマズいだろ!?」
この疑惑に対して、零が声を上げることは簡単だ。
自分は『ついすとこぶら』などという人間ではなく、阿久津零という男であるということを証明すればそれで済む話なのだから。
が、しかし……今の零は零ではなく、蛇道枢としてこの問題に反論しなければならない。
Vtuberとしてのガワを被っている以上、その内部に阿久津零という人間が存在していることを自ら公表するというのは禁じ手であり、あくまで自分は蛇道枢として振る舞わなければならないのだ。
「で、で、で、出来ねえ……! 少なくとも、この問題に俺が触れることは出来ねえ!!」
『蛇道枢=ついすとこぶら』というこの疑惑に零が触れれば、どう足掻いても枢というキャラクターを演じている存在を示唆することになってしまう。
それは周知の事実ではあるものの、ファンの夢を積極的に壊しに行くことはやはり御法度。幾ら緊急事態とはいえ、カッとなってやったでは許される行為ではない。
この問題に対して零が取れる対応は、無視の一択しか存在していない……少なくとも、薫子たちと相談し、【CRE8】側が何らかのアクションを起こしてくれるまでの間は、零は自身にかけられた嫌疑についての釈明を行うことすらも許されないのだ。
「ぐ、おぉ……! め、めんどくせえ……!! 絶対に自分は悪いことをしてないっていう確信も証拠もあるのに、弁明が一切出来ねえだなんて……!!」
証明は簡単で、後ろめたいことなんて何一つとしてなくて、反論さえ出来れば一瞬で払拭出来るこの疑惑。
だが、零にはこの問題に自ら触れることは許されていない。少なくとも、今の時点で蛇道枢の中の人として声を上げることは絶対に行ってはいけない。
デマを流されたことに関してはマリとの一件で慣れたが、先の騒動とは違って自分からの釈明が出来ないというVtuberならではの事態に苦悶の呻きを漏らした零は、お馴染みの台詞に続いて前々から聞いていたこの問題の総称をぼやいた。
「これが、Vtuberの転生に関わる問題って奴か……!!」
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