決意、これが自分の進む道

「……こんな私を気遣う必要なんてないですよ。元々、Vtuber活動に向いてるような性格じゃあないってことは理解してました。遅かれ早かれ、きっとこの性格が露呈して、とんでもない失態をしでかす気はしてたんです……」


「いや、その……気遣いとかそういうんじゃなくって、俺は本気で入江さんが自分を卑下する理由なんてないと思ってます。なんて言うか、あなたはもう十分、強いんじゃないかって思うんですよね」


「え……?」


 予想外の言葉に顔を上げ、零を見る有栖。

 臆病で弱い自分のことを強いと評した彼は、一つ一つの言葉を選びながら彼女へとこう語っていった。


「さっきの話のお返しってわけじゃないんすけど、俺も似たようなものなんですよ。毒親のせいで色々と面倒な人生送ってきたって点では、俺も入江さんと同じです」


「そう、なんですか……?」


「はい。俺には双子の弟がいるんですけどね、両親はどっちもそいつのことを贔屓するんですよ。なんか、赤ん坊の頃に手がかかった弟の方が可愛いらしくて、何をするにしてもそっちを優先する。俺たちが成長してもそれは変わらなくて、むしろ悪化していく一方で……気が付いたら、とんでもない差が出来上がってました」


 ははっ、と乾いた自嘲の笑みを浮かべて語る零が、窓の外を見つめて溜息を吐く。

 今度は先程とは逆に、彼の横顔を見つめて話を聞く立場になった有栖は、そうやって語る零の声に耳を傾け続けた。


「何をやっても認められなくて、逆にどんな失敗をしても弟の方は両親から肯定されて……そんな毎日を送ってたら、色々と諦めた方が楽になるんですよね。この家には俺の居場所なんてない。だったら、別の何処かに行こうって……自分の存在を証明することも諦めて、1人で生きていけるように努力して……でも、それが逆に両親や弟の癪に障ったんでしょうね。家族の一員として認めない癖に、俺が外に出て行こうとするとそれを邪魔する。ホント、面倒くせえ連中だったなぁ……」


「……なにがあったんですか?」


「大したことじゃないっすよ。受かった大学の入学を勝手に辞退して、これまでの努力を全部ふいにされただけです。お陰で今頃送れてるはずの楽しい一人暮らし&キャンパスライフがパー! こうして炎上に耐えながら、Vtuber活動なんてしちゃってるわけです」


 再び、自嘲気味に笑った零は怒りも悲しみも放棄した、無感情な声で有栖へとそう告げる。

 事も無げにそう語っているが、実際にそんな真似をされた側としては堪ったもんじゃないはずだ。

 しかして、諦めることに慣れてしまった彼は、人生を大きく左右する家族からの妨害にもまたかという感想を抱くしか出来なかったのである。


「甘やかされて育った弟が大学受験に失敗したのに、俺の方が志望校に合格したことが許せなかったんでしょうね。俺もドジったな~。まさかあそこまでするとは思ってもみなかったんで、警戒を緩めちまったんですよね~……」


「……どうして、そんな風に軽く語れるんですか? 大きく人生が狂ったっていうのに……」


「ははっ、そうっすよね? 普通はもっと沈鬱だったり、怒り狂ったりするはずなんですけどね……不思議とどうでもよくなってるんですよ、俺は。もう、そんな人生なんだなって諦めがついてる。なるようになって、流れるままに動いて、どうなったって構やしないっていつの間にか諦め癖がついてるんですよ。入江さんみたいに過去を乗り越えようとか、弱い自分を克服しようとか、そんな風には思えない。苦しいこととか嫌なことからは目を逸らす癖が出来ちゃってるんでしょうね。だから……俺は、あなたが羨ましいです」


「えっ……!?」


 炎上をものともせず、自分に手を差し伸べ続けてくれた零の一言に、有栖が眼を見開かせて驚く。

 こんな弱くて臆病な自分を羨ましいと言った彼の真意を尋ねるように視線を送り続ければ、零は自身の素直な想いを彼女に伝えてくれた。


「俺にはなんにもないんですよ。なりたい自分とか、変えたい今とか、叶えたい夢なんて熱いものとかをなに1つとして持ってない。入江さんみたく、苦しんで苦しんで苦しみ抜いたとしても実現させたいって思うような何かがないんです。Vtuberになったのも薫子さんにスカウトされて流されるまま、飯のタネになるからやってるだけ。だから炎上したとしてもそこまでダメージはないし、簡単に諦められちまう。……でも、あなたは違うでしょう? あなたは、なりたい自分になるために、羊坂芽衣として戦い続けてるんだ」


 そこで一度言葉を切り、有栖の目を真っ直ぐに見つめた零は、小さく鼻を鳴らすと再び口を開く。


「あなたの話を聞いて、ようやく理解出来ましたよ。コラボ配信の時からずっと、入江さんはやりたいことに全力でのめり込んでる。目の前のひとつひとつに全力投球でぶつかって、その先にある未来に突っ走ってるんだ。俺は、そんなあなたを羨ましいと思う。無気力に、無関心に、無感動に毎日を生きてる俺の目には、あなたの放つ光がとんでもなく眩しく映るんだ。やりたいことを全力でやるあなたの姿は、本当に輝いて見える。俺には夢はない。だから、そんな風にはなれない……あなたみたいにはなれないんだ」


 またしても諦めの言葉を口にしながら、有栖への羨望を言葉とする零。

 だが、その言葉と声にはただの諦めではない何かを感じさせる熱があった。


 ひしひしと、彼の心の中で燃えるその何かを感じ取った有栖が息を飲む中、これまでにない力強い眼差しを向けた零が、彼女へとこう問いかける。


「1つ、質問させてください。入江さん、あなたは……もう、Vtuberとしての活動をしたくないですか? ファンや同業者の嫌な部分を散々目にして、気を失うまでのストレスに晒されて、ここから復帰するとなるととんでもない苦労に見舞われることは目に見えてる。それを理解してもまだ、羊坂芽衣でいたいですか? それとも――」


「……私、は……」


 その問いに、有栖が瞳を閉じて自身の本心を呼び起こす。

 自身の活動を妨害され、あらぬ疑いをかけられ、炎上し、バッシングを受け、暴言を浴びせられ……ここから再起して、羊坂芽衣として活動するか否かという零からの問いかけを受けた彼女は、ゆっくりと瞳を開けると涙交じりの、されど力強い覚悟を感じさせる声でこう答えた。


「私は、止めたくないです……!! まだ私はなにも実現出来てない。まだ何にも成せてない。ここで立ち止まってしまったら、私は弱いままの自分で在り続けるしかなくなってしまう。そんなのは絶対に嫌です。私は、私は……こんなところで終わりたくない! やりたいと思ったことを実現するために、なりたい自分になるために、私は――!!」


 その声が、言葉が、有栖の全てだった。

 まだ終われない。まだ立ち止まれない。弱いままの自分ではいたくない。

 ようやく、何かが変わり始めた。傷付いて、燃えて、人の醜さを突き付けられたとしても、まだ終わりたくないと心の底から思えた。


 だから彼女は叫ぶ、自分の中に在る本心を。

 曝け出した自分の弱さを受け入れ、寄り添ってくれるかもしれない零に、自分の想いをぶつけるようにして、彼女は吼えた。


「私は――羊坂芽衣で、在り続けたいです……っ!!」


「……ありがとう。その言葉があれば、俺は迷わずに突き進めます。ようやく、自分が為すべきことが見つかりました」


 目の前の少女が叫んだ、本気の想い。

 ここでは終われない。こんなところで止まれない。自分の夢を、諦めたくないという心からの叫び。


 それが、燻っていた自分の心に火を灯したことを感じ取った零が、全てを曝け出してくれた有栖へと感謝の言葉を述べる。

 そうした後で椅子から立ち上がった彼は、自分自身の意志を再確認した有栖を病室に残し、廊下へと出て行った。


「……見つけられたかい? あんたの進むべき道を照らしてくれる星を、さ?」


「ああ、見つかったよ。ようやく、色々と覚悟が決まった。俺は、俺にしか出来ないことをやらせてもらう。俺の中の熱に従ってな」


 そう言いながら、待ち構えていた薫子へと仕事用スマートフォンを投げつける零。

 そして、やや慌てながらそれをキャッチし、スマホの画面に映し出されているメッセージへと視線を向ける薫子へと、彼はこう告げる。


「その誘い、乗ってもいいよな? 薫子さん。もしかしたらこれまでで一番の迷惑をかけちまうかもしれねえけど、それは俺にしか出来ないことなんだ」


「……ああ、そうだね。ここまで熱心なラブコールを送ってくれてるんだ、タレントとして、それに応えてきな。大丈夫、後のことは心配すんな! 責任者として、上手くやっとくからさ!」


「……サンキュー。そんじゃ、ちょっくら行ってくる」


 事務所の代表である薫子からの許可を受けた零が、彼女の手から自分のスマートフォンを受け取ると大股で廊下を歩んでいく。

 自分の進むべき道と、やるべきことを見つけ出した彼の足取りに迷いはない。

 この先に何が待ち受けていようとも、自分を信じて突き進むだけだ。


「燃えてきな、零。あんたの内側にある炎を、全力で燃やしてこい」


「うっす! ……取り合えず、ああだこうだうるさい奴らに中指突っ立ててくる!」


 自分には何もないことはわかっている。夢も熱も持ち合わせていないことくらい、理解している。

 でも、だからこそ、誰かが本気で叶えたいと願い、前に進む尊い原動力となっている想いを守ることが出来るはずだ。


 今の自分に出来ることは、有栖の、羊坂芽衣の進む道を守り切るということ。

 彼女の覚悟を貫き通すためになら、燃え尽きたとしても構わない。


 やるべきことは見つかった、後はそれを成すだけだ。

 煌々と、胸の内で燃え盛る炎の輝きを瞳に映す零は、ポケットの中のスマートフォンを握り締めながら、獰猛な笑みを浮かべる。

 そして、今晩に控えた決戦に向けて、闘志を燃え上がらせるのであった。




――――――――――


レビューの文章を書いていただき、本当にありがとうございます。

単純に星を下さった方や、フォロー、♡、応援コメントを残してくださっている方々にも、この場を借りてお礼を言わせてください。


本当にありがとうございます。あともう少し、頑張って更新していきます!



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