翌日、病室の有栖と零
翌日の午後2時頃、片手に見舞い用のプリンが入った小箱を手に、零は有栖が入院している病院へとやって来ていた。
昨晩に薫子にもう一度ここを訪れるよう言われていたこともあるが、純粋に有栖のことが心配でもあった彼は、彼女が入院している個室のネームプレートを確認すると、意を決してその扉を開ける。
「う、うっす……! 失礼、します……」
「……来たね。まあ、座んなよ」
室内では自分を待ち受けていた薫子と、彼女と会話をしていたであろう有栖の姿があった。
自分から視線を逸らし、目を合わせようともせず、一言も言葉を発しない有栖の姿に若干の気まずさを感じながらも、零は薫子に言われるがままに用意された椅子へと腰を下ろす。
「あ、これ、良ければどうぞ。つまらないものですけど……」
「おっ!? フルーツじゃ~ん!! 気が利くねえ! 流石は私の甥っ子だ!! 有栖、後で食べておきな! 病院食だけじゃあ味気ないだろう?」
「……はい」
薫子に声をかけられてようやく声を発した有栖は、それでも零の方を見ようとはしない。
もしかしたら、余計なことをして炎上に巻き込んでしまった自分に対して怒りを募らせているのかもしれないと、昨晩の自身の行動に不安を抱く零であったが、薫子はそんな彼を無視して立ち上がると、2人に向かって陽気にこう言ってのけた。
「そんじゃ、後は若い2人にお任せして、私はちょっと席を外すよ。話が終わったら声をかけておくれ」
「えっ!? か、薫子さん? マジで言ってるんですか!?」
「ああ、本気だよ。そんじゃあ、ごゆっくり~!!」
「あっ、ちょっ!? 薫子さん!? 薫子さ~ん!?」
なんと、この気まずい状況の中で自分を有栖と2人っきりにして退散した薫子は、個室のドアをぴしゃりと閉めると完全に姿を消してしまった。
その行動に呆然としていた零であったが、ここからどうすればいいのかとあれこれ思案した挙句、取り合えず有栖へと無難な会話を振ってみることにしたようだ。
「あ、あの……体は、大丈夫ですか? 退院とかの予定は立ってます……?」
「……今日は安静にして、明日の昼に退院する予定です。一応、倒れた時にどこか打ってないかを確認するための検査はするみたいですけど、自分ではそんな不調は感じていません」
「そ、そっすか! そりゃあ良かった! なははははは、は、はは……」
普通に明るいニュースのはずなのだが、どうしてだかそのことを話す有栖の雰囲気が暗い。
少しでも場の空気を軽くしようと軽快な笑い声を出した零も、そのどんよりとした雰囲気に負けて、乾いた笑いを口にすることしか出来なくなっている。
どうにかして、この状況を打開せねば……と、考えた零であったが、少し考えた後に真顔になって首を振った。
今の状況で、有栖が気軽に笑えるはずなどないのだと、昨晩から続く騒動に思いを馳せた彼は、椅子から立ち上がると大声で彼女へと謝罪の言葉を口にする。
「入江さん、本当に……すいませんでした! 俺のせいで、入江さんに迷惑がかかる結果になっちまって、本当に申し訳ないです!!」
「………」
深々と頭を下げ、有栖へと詫びる零。
土下座までするとパフォーマンスに近い謝罪になってしまうだろうと考え、真摯に頭を下げて自分の失態を謝罪する彼であったが、有栖はそれでも顔を俯かせたまま何も語ろうとはしない。
やはり、相当な怒りを覚えているのかもしれない、と有栖の心境を察した零が表情を強張らせる。
が、しかし……そんな彼の耳に、か細く小さな有栖の声が届いてきた。
「……して……」
「えっ……!?」
「どうして、阿久津さんが謝るんですか? 謝罪すべきは私の方なのに……!!」
ぎゅっと、シーツを握り締めながら、その手を震わせながら、弱々しい声を発する有栖。
俯いている彼女の目の辺りからは後悔と申し訳なさの感情から生み出された温かい雫が零れ落ちており、その声もまた段々と震えた泣きじゃくるものへと変わっていった。
「配信のコメントを制御出来なかったのも、事務所への疑惑を否定出来なかったのも、パニックになって気絶して、放送事故を起こしちゃったのも……全部、私の責任じゃないですか。阿久津さんはそんな私の尻拭いをして、助けてくれただけ。何も出来ない弱い私のフォローをしてくれただけ。それなのに……あんなに、酷いことを言われるだなんておかしいですよ……!」
そう嗚咽しながら顔を上げた有栖の顔は、涙でぐちゃぐちゃになった酷いものだった。
おそらく、この顔を見られたくないがために俯き続けていたのだろうなと彼女の反応に合点がいった零へと、今度は有栖が深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい! ごめんなさいっ!! 私のせいで、阿久津さんにとんでもない迷惑をかけて……!! コラボの時からずっと、私は阿久津さんに迷惑をかけっぱなしです! 阿久津さんは何もしてないどころか、ずっとずっと私のことを助けてくれていたのに……尻拭いさせてるのは、私の方だっていうのに……阿久津さんばっかり炎上して、私は何も出来ないで! 本当に、ごめんなさい……っ!!」
「い、いや! そんなことないですよ!! そもそも、ほら! コラボに関しては、俺の非の方がデカいじゃないですか!!」
これまでの短い付き合いの中で、一番の声量を出して謝罪の言葉を連呼し、自分自身を責める有栖の様子に慌てながら、零は自分にも責任はあると話を切り替えようとした。
真っ赤になった目をこちらに向け、自分の話に耳を傾けてくれている有栖へと大きな身振り手振りを見せながら、零は必死になって自分の責任を彼女に伝える。
「薫子さんからコラボを持ち掛けられた時、俺って大絶賛炎上中だったわけでしょう? 普通、あの状況なら相手のことを考えて、断るのが当然ですって! それなのに、薫子さんからの提案だったから断りにくくって、結局流されるままに俺が承諾しちまったせいで、入江さんが悪い意味で目立ち始めちゃったでしょう?」
「……い、ます」
「よくよく考えてみれば、あのアルパ・マリが積極的に動き始めたのって、俺と入江さんがコラボするって話になった時からじゃないですか! やっぱしあそこでコラボを断っておけば、入江さんが心労を抱えて入院するようなことにはならなかった――」
「違いますっ! それも、それも……全部、私のせいなんですっ!!」
どうにかしてフォローを入れて、有栖に自分を責めるような真似をさせないようにしようとした零の言葉を、彼女自身が遮る。
やっぱりああいう性格をしているから、思い詰めると人一倍は責任を感じてしまうのか……と、有栖の性格から考察を深めた零であったが、彼女と視線を交わらせた時、それとは違うなにかを感じ取った。
「なにも、なにも悪くないんです……阿久津さんも、社長も、なにも悪くない。悪いのは、全部私なんです……」
そう語る有栖の声が、表情が、確かな罪悪感とそれを抱える理由があることを物語っている。
何もかもが自分のせいだと思い詰めて、強迫観念に駆られて自分を責めているわけじゃあない。
彼女は、この一連の炎上の責任が自分自身にあることを、明確に自覚しているのだ。
「……ごめんなさい、阿久津さん。きちんと、最初からあなたには伝えるべきでした。私が臆病だったばっかりに、あなたをこんな騒動に巻き込んでしまって……」
「伝える? 俺に? いったい、何の話をしてるんですか?」
要領を得ない有栖の言葉に、ついつい率直な疑問をぶつけてしまう零。
その口振りから、彼女が何かを隠しているということを感じ取った零の訝し気な視線を浴びながら、涙を手の甲で拭った有栖が、しゃくり上げながら彼へと真実を告げた。
「あの、コラボは……薫子さんからの提案なんかじゃないんです。私が、薫子さんに仲介してもらって、セッティングしてもらった……私が発案したコラボだったんです……」
「え……っ!?」
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