告発、されどそれは自分勝手な正義で……


『この動画を観てくれてるみんな、こんにちは。アルパ・マリです。いつものお茶らけた感じじゃなくて申し訳ないけど、今回は結構マジな話だから、おふざけは無しでやらせてもらいます』


 始まった動画の冒頭は、そんなアルパ・マリの挨拶から始まった。

 彼女の言葉通り、昼過ぎに視聴した配信アーカイブの時とは打って変わった真面目な雰囲気で話す彼女は、その様子からこの動画が大真面目なものであることを視聴者へと示しつつ、話を続ける。


『先日、私がVtuber事務所【CRE8】所属の女性タレント、羊坂芽衣ちゃんにコラボの申し出をした件はみんなも知ってるよね? 小火程度だけど、ちょっとした騒ぎが起きて私も芽衣ちゃんも炎上したし……配信を観ていてくれた人もいると思うんだ。これはそこから続くお話でもあるから、軽く状況を整理しつつ話を進めさせてもらうね』


 そう、前置きした後、今現在に至るまでの流れを解説していくマリ。

 自身が羊坂芽衣のデビュー時からのファンであること、彼女の初コラボ相手に問題があり、炎上した後にその話が流れたということ、その後に自分がコラボ相手として名乗りを上げ、自分から体当たりで話をしに配信に出向いたこと……などを解説していくマリであったが、一歩引いた位置からそれを観る零の表情は、彼女の話を聞く毎に困惑と懸念の色に染まっていった。


「なんだよ、これ……? この話を聞く限り、まるっきり俺と事務所が悪者みたいじゃねえか!?」


 マリの語り口には、大きな問題と誤解があった。

 彼女の話は彼女自身の視点のみから語られているものであり、芽衣や【CRE8】側の事情は考慮されていないものなのだ。


 最初に蛇道枢と羊坂芽衣のコラボが持ち上がった時もそう。

 マリは、そのコラボを炎上を続ける蛇道枢の好感度を回復させるために【CRE8】側が芽衣に指示を出したという根拠のない話を持ち出している。


 実際、コラボの提案をしたのは事務所の代表である薫子ではあるが、あれは命令や圧力といった形ではなく、芽衣の中の人である有栖もその提案に承諾し、前向きな形で配信に臨もうとしていてくれていた。

 しかして、そういった話を無視している……というより、知る由もないマリは、芽衣の弱気な性格を理由に、そのコラボが事務所と蛇道枢の陰謀であるとの論を述べているのである。


『羊坂芽衣ちゃんの性格を知っている人ならば、このコラボが持ち上がったこと自体に疑問を抱くはずだよね? 彼女は弱気でおどおどしてて、他人と上手く話せないことを悩んでる臆病な女の子だよ? そんな子が、初めてのコラボで男と2人きりで配信を行う? しかも、相手は炎上の真っただ中にいる蛇道枢? ……どう考えてもおかしいでしょ。少なくとも、こんなコラボを芽衣ちゃん側が望んで提案したとは思えないし、なんのメリットもないこの話をあの子が飲む理由もない。状況証拠から考えても、上からの命令に逆らえない羊坂芽衣ちゃんに対して、事務所が圧力をかけて炎上中の蛇道枢の尻拭いをさせようとしたんだと思う』


 それっぽい理屈を並べ、確実な証拠はないという部分を状況証拠から考えたと言い換えて……あたかも真実を語るかのように、マリが視聴者に語り続ける。

 そうして、この動画を観ている者に羊坂芽衣は事務所から圧力をかけられたいう思い込みを大前提として刷り込んだ後、彼女は本題となる自分とのコラボについての話題へと移った。


『そうして、話は昨日の芽衣ちゃんの配信の件に移ります。ぶっちゃけ、あのやり方は私も褒められたものじゃないとは思ってるし、芽衣ちゃんを困らせちゃったことに関しては反省してるけど……事務所に介入される前に言質を取るには、ああするしかなかったんだよね。さっき語ったようなことをあの子にさせる事務所だし、向こうは個人勢の私と絡ませて芽衣ちゃんに余計なことを喋らされるとマズいってわかってるんだと思うよ。明るく楽しいVtuber事務所の【CRE8】ってイメージ……要するにブランドだね。それを守るために、厄介な相手とは共演NGを出してるみたい』


 これに関しては、一部は正しい情報が入っているのかもしれない。

 新参者である零にはわからないが、自社のタレントと絡むことで著しい被害を及ぼすと考えられているVtuberとの共演を避けるために事務所が動くこともあるだろうし、実際に零は極秘資料ということで、これまで【CRE8】側が共演にNGを出した人物たちのリストを受け取ってもいる。


 だが、それと今回の件は無関係であり、少なくともアルパ・マリと羊坂芽衣が絡むことによって【CRE8】側が困ることなど何もないはずだ。


『話を戻すね。そうやって奇襲戦法でどうにかして芽衣ちゃんとの関わりを持とうとした私だったけど、それを邪魔する奴が現れた。芽衣ちゃんとコラボするはずだった男性Vtuber……蛇道枢だ。あいつは蛇みたいに芽衣ちゃんの配信を見張ってて、私が姿を現した瞬間に全てを台無しにしやがった。世間ではあいつが芽衣ちゃんを助けたってことになってるけど、もっと前の段階から考えてみて? あいつが【CRE8】の手先として、事務所に不利益な事態が起きないように動いてる奴だってことがわかるはずだからさ』


「おいおいおい……なに勝手なこと言ってるんだよ!? 誰がそんな危ない奴みたいな真似するか!!」


 謂れのないバッシングに怒った零が叫び声を上げるも、当然ながらその声が画面の向こうにいるマリに届くはずがない。

 蛇道枢=【CRE8】の手先というイメージを植え付け、その行為を糾弾するアルパ・マリの話はどんどんエスカレートしていくが、ここで彼女は妄想だらけの話の中にひとつまみの真実を加え入れる。


『それで……これが今日、私の所に届いたダイレクトメッセージ。差出人は【CRE8】のTwitterアカウントで、内容は以下の通りね』


 そう、前置きをしたマリは、画面上に自分宛のメッセージをスクリーンショットした画像を表示してみせた。

 そうして、長いとも短いともいえないその文面を声に出して読み上げ、内容を視聴者へと説明し始める。


 羊坂芽衣とのコラボを提案してくれたことはありがたいが、彼女は今、デビューしたばかりで地固めを行っている時期であるということ。

 しかも同期であるVtubeとのコラボ配信を目前に控えており、事務所としてはそちらに集中してもらいたいと考えている。


 申し訳ないが、今はそれ以外のコラボや企画について羊坂芽衣に話を振るのは止めてほしい。

 活動にも慣れ、状況が落ち着いた時になって、芽衣自身がマリとのコラボに前向きな姿勢を見せたら、その時に改めて企画を進行していく形にしてくれ……というのが、【CRE8】から送られてきたメッセージの大まかな内容であった。


『これさあ、丁寧な文章ではあるけど、要するに私に芽衣ちゃんにこれ以上絡むなって言ってるよね? そもそも大事な時期だからそっとしておいてほしいっていうなら、どうして炎上中の蛇道枢と絡ませようとしたわけ? 矛盾してない? まだこの間の騒動のことが気になるから、それが落ち着くまで待ってほしい……みたいな内容だったら納得出来たけど、これって明らかにおかしいでしょ。っていうか、そもそもどうして私と芽衣ちゃんの間に事務所が介入するの? って話になってこない?』


 そのメッセージについての自分の意見を述べたマリが、視聴者に問いかけるようにして【CRE8】への不信感を露わにする。

 確かに彼女の話を聞いていると事務所の介入は不自然に思えるが……裏の事情を知っている零には、何をいけしゃあしゃあと言っているんだという感想しか出てこない話だ。


「ふざけんな! 薫子さんたちが動いたのは、お前が何度もしつこく誘いのメッセージを送ってきたからじゃねえか! それを棚に上げといて、何が事務所が介入するのはおかしい、だ!? 【CRE8】は、入江さんを守るために動いてるだけじゃねえかよ!!」


 ようやく、零にもマリの魂胆がわかってきた。

 彼女は自分の嫌いな蛇道枢だけではなく、【CRE8】自身を炎上させようとしているのだ。


 話を自分の都合の良いように脚色して、まずそうな部分は隠し、あたかも問題は【CRE8】側にあるのだとファンを扇動する。

 この話だけを聞けば、彼女の言葉を信じた牧草農家たちが【CRE8】の行動に問題があると思い込んでしまっても仕方がない。

 そうして大いに炎上を煽り、大問題としてVtube界隈を騒がせた後で、芽衣との話し合いを行える舞台に立てるよう、事務所に交渉を行おうというのだろう。


 しかし、こんな真似をしても後々自分が苦しくなるだけだと、事実無根の情報を垂れ流してどうするのだと、マリの行動に疑問を抱く零であったが、そこでもう1つの事実にも気が付いてしまった。


「まさか、こいつ……のか!?」


 その大いなる勘違いに気が付いた零がまさかといった表情を浮かべるも、自分にはもう、彼女の行動に納得のいく説明はこれしか思い付かない。

 アルパ・マリは自分の語っている内容が真実だと自分自身で信じ込み、【CRE8】から羊坂芽衣を助けるために行動しているのだ。


 そのために、敢えて問題を大きくして、【CRE8】側が無視出来ない状況を作ろうとしている。

 マリの頭の中では相手がこれまでの行動を謝罪し、事務所からの圧力に苦しめられていた芽衣が自分に感謝するといった形でのハッピーエンドが描かれているのだろう。


 だが、しかし……先に述べた通り、それは大いなる勘違いであり、全てが明らかになった時に一番の被害を被るのは根も葉もないデマを広めたアルパ・マリ自身だ。

 ……いや、違う。マリよりも重篤な被害を、現在進行形で受け続けている人物がいる。


 羊坂芽衣こと、入江有栖その人だ。


 間違った情報を流布し、【CRE8】のみならずVtube全体のイメージを悪くしたアルパ・マリが、【CRE8】や羊坂芽衣のファンたちは勿論、自分の味方である牧草農家たちからもバッシングを受けかねない状況に陥ったとしてもそれは自業自得であり、同情の余地はない。


 問題は、それに巻き込まれてしまった羊坂芽衣だ。


 今の彼女は、悪い意味で注目を集めてしまっている。

 事務所から強い圧力を受け、活動に制限をかけられた犬として扱われている可哀想な少女というイメージを植え付けられた芽衣の動向には、Vtube界隈全体が注目していることだろう。


 その状況に、重圧に、有栖が耐えられるだろうか?

 事実無根の情報を流され、実際には被害にも遭っていないというのに可哀想な被害者として周囲から扱われ、なにがなんだかわからないままに世話になっている薫子や【CRE8】のスタッフたちへの悪口を聞かされる有栖が、精神の均衡を保っていられるだろうか?


 十中八九、いや、100%無理な話だ。気弱な彼女が、この状況に耐えられるはずがない。

 むしろ、事務所にマリと自分との間に入ってもらったことがこの騒動の一因になっていると、自分が弱く、きっぱりと相手からの誘いを断れなかったせいでこんな状況になってしまっているのだと、薫子たちに頼ってしまった自分自身の弱さを責めている可能性の方が高いだろう。


『取り合えずさ、私はもう少しだけ水面下で動いてみるよ。コラボのお誘いはするなって釘を刺されちゃったけど、声をかけることは別段禁止されてるわけじゃないし、もしかしたら芽衣ちゃんが自分の境遇を話してくれるかもしれないじゃん?』


「止めろ、止めろ……!!」


『牧草農家のみんなもさ、芽衣ちゃんのことを気遣ってあげて。多分、色々と抱え込んでると思うし……最近の配信でも、芽衣ちゃんからそんな感じ出てるもんね』


「止めろって言ってるだろ、この馬鹿女!! 誰がそんな状況に追い込んでると思ってんだ!?」


 羊坂芽衣の配信にやって来たリスナーの言動の原因を理解した零が、自分勝手な正義の下に動くマリへと大声を出して叫んだ。

 防音室の中に響く彼の声は怒りに満ちており、最初に浮かべていた困惑や動揺といった感情を示す表情もまた、今や激憤の紅に染まっている。


 本当に……こいつは質が悪い。もっと汚い言葉を使ってしまえば、面倒くさいことこの上ない。

 裏方の暴露を装いながら何の確証もない自分の妄想を垂れ流し、ファンを利用して炎上を引き起こし、相手を追い詰めていく。

 何よりも問題なのは、マリをはじめとした芽衣の下に殺到する者たちは、完全なる善意の下で行動していることだ。


 自分たちは困っている羊坂芽衣を救うため、悪徳事務所から彼女を助けるために動いているのだと、彼らは思っている。

 その錦の御旗が、掲げている正義が、何の筋も通っていないぼろ切れであることなど考えもせず、ただ盲目的に芽衣の下に押し寄せているのだ。


 そんなもの、暴徒となにも変わらないじゃないかと零は思う。

 自分たちは正しいのだと、その行いは正義なのだと、だから大きな被害が出ても問題はないと……いや、そもそも自分たちの行動のせいで被害が出ていることなど最初から頭の中に考えとして存在していない牧草農家たちの考えと、彼らを扇動するアルパ・マリへの怒りに拳を震わせる零あったが、今はそんなことをしている場合ではないと急ぎ終了したマリの告発動画を閉じ、芽衣の配信へと戻る。


 自分が動画を視聴し、事態と状況の把握にかかった時間はおよそ5分から10分程度。

 その間、芽衣の配信から目を離してしまった零は、たったそれだけの間にも悪い状況へと変化している配信画面を目にして、声を詰まらせた。

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